第十二話 勘違いでもあり勘違いでもないともいえる どう見るかだ


『何か困ったことがあったら言って下さい。私にできる事であれば、全力でお力添えいたします』


 そう言ってメイドさん──アデリーナさん、というらしい──は部屋を退出していった。


 俺またなにかやっちゃいました? 

 勘違いさせてしまった感が否めない。

 これは計算外だ。

 俺の計画ではあと一週間くらいゆっくり時間をかけて俺に対する印象を薄めていくイメージだったのに……


 俺が考えていたより、大人達は善良らしい。

 見た目は子供だから、あんな発言してる子供が居たらまあ……多少は柔らかい態度にもなるものか。


 そういやそうだった。

 俺、見た目は子供なんだよ。

 それを自覚してた筈なのに頭から抜け落ちていた。


「ま、結果オーライということで」


 別に冷めたご飯を出されるとか、露骨ないじめを受けるとかそういう陰湿なことをしてくる人達ではない。やっぱりお嬢様を傷めつけた最低な子供ってイメージが先行してるだろうから、その事実はそのままで、更生したことを前面に押し出していきたいぜ。

 過去に起きたことは変えられん。

 ならばせめて、少しでも明るい未来になるように努力を積み重ねていくことだ。


 努力の重み自体はアッシュもわかっていたけど(5歳で、すごくないか?)、それを理由に他人を蔑んだり見下して良い理由にはならない。


 単純でいて難しい。


 でもでも待てよ。

 今更子供らしさを意識しても意味なくないか? 

 ある意味で更生したからこの、年齢から鑑みれば『大人びている』感じが活きるか……? 


 最初からこうだったわけじゃなく、前の印象が『闇魔法なんかカスだ! お前らは光の踏み台になるんだよ!』くらいの子供だった筈。


 それが次会ったら『よろしくお願いします、すみませんでした』と言いながら頭を下げる子供に変わっている。


 ……うむ。

 更生してると判断して貰えない事もない、か? 


 許してもらうのが目的ではないとしても、恨みは少ないに越したことはない。


 この調子、この調子だぜ、俺。

 油断なく前向きに、そしてひたむきに頑張っていこう。








 翌日になっても、特段変化する事はない。


 しいて言うならメイドのアデリーナさんが度々様子を伺いに来るくらいか。


「レオフォードさま。こちらお召し上がりください」


 そう言って手渡されたのはお菓子。

 わかりやすくいえばクッキーだ。

 至ってシンプルな一品だが、えーと。


「…………もしや、あまり好みではありませんでしたか」

「あ、いいえ。有難いんですが、その……」


 俺が貰っていいの? 

 そういえばこの記憶を取り戻してから滅多に甘いものなんて食べてこなかった気がする。アッシュ自身も殆ど口にしてこなかったし、父上の教育方針なのかな? 


 飯はちゃんと食わせてもらってたし、異世界と言えどご飯が美味しいからあんまり気にしてこなかったが────そうか、お菓子はあるんだね。


 アデリーナさんの表情を伺う。

 にこりと、口元を僅かに歪めた笑顔。

 へへっ、美人さんだ。

 ていうか異世界だからなのか知らないけど顔面偏差値が高い。

 アッシュも成長すればかっこいい大人になるだろうな、という印象を受ける。


 前世のメガネデブはもういないんだ……


「……いただきます」


 まあ美人なメイドさんにお菓子渡されて喜ばない男はいないよな。


 ワンチャンこれで毒殺もあり得たりするんだろうか。

 でも少なからずヴィクトーリヤさんは俺のことを弟子と認めてくれてる訳だし、そんな人の顔に泥を塗るようなことするか? 異世界の基本がわからんぜよ……


 クッキーを一つ手に取って、至って普通のものだと思う。


 香りを嗅いだりとかは失礼になりそうだから、そのまま口に運んだ。


 パキッ、と音を立てて、甘い香りが鼻腔を擽った。


「美味しいです」

「そうですか。それは良かった」


 アデリーナさんはほっと息を吐いた。


 えぇ……? 

 なんだろう、何が狙いなんだろ。

 まったくわからん……

 ただこのクッキーは美味しい。

 現代で食べた記憶すらもう薄れてるから何とも言えないけど、ちゃんと美味しいと認識できるくらいのクオリティだ。


「沢山ありますから、好きなだけ食べてくださいね?」

「あっ、はい。いただきます」


 そこにはバスケットに沢山入ったクッキーが────いや作り過ぎだろ! 


 砂糖とかって貴重品じゃないのかこの世界。

 ますます異世界がわからないぜ……

 でも魔法なんてよくわからない技術があるんだから、現代と違う形で発展しててもおかしくないよな。経済学とか考古学とか、そう言うの興味なかったからなぁ、俺。


 学者がこういう世界に来たらやっぱ喜んじまうのかな。


「……あの、アデリーナさん」

「はい、なんでしょうか」

「この、ええと……名前はなんでしょうか」

「クッキーです」


 合ってた。

 もしかしたら現代との微妙な名前違いとかあるかなと思ったけどそんなことはない。


「クッキー、俺が食べてよかったんですか」


 使用人の間で軽食に、と差し出されたモノなら申し訳ない。アデリーナさんは女性だし、甘いものは特に好きだと思われる。それを分けてもらってたのなら今すぐ吐き出して返すのも厭わない。あくまで言葉の綾だからな。決して本当に吐き出してやりたいと思ってる訳じゃないからな。


 俺がそう聞くと、アデリーナさんは少しだけ逡巡するように視線を惑わせた。


 うっ、なんかありそう……

 でも挫けるな俺。

 清く正しく真っ直ぐに生きていくと誓っただろう。

 問題が起きてもそれから逃げ出すな、俺に逃げ道はもうないんだ。


 スゥーッ……よし、覚悟した。


 なんでもこいや! 


「…………レオフォードさまは聡いお方ですね」

「そう、でしょうか」

「ええ。とてもお嬢様と同じ年齢だとは思えません」


 おいやめろってそういう遺恨残しそうなコメント! 


 俺がそのフラグ圧し折る為に今必死になってんのに気が付いてくれよ! 気が付かなくてもいいから優しくしてやれよ! 


 アデリーナさんはクッキーを一枚手に取ってから、それを寂しそうに見つめながら続ける。


「このクッキーはですね。エレーナお嬢様が、初めて私達使用人に振舞ってくれたお菓子なんです」


 ホゲッ


「とてもお優しいお方でした。私達のことも家族だ、なんて言ってくれて……偉大な母親の後を継ごうと必死に、毎日机に向き合い魔法を学んで──レオフォードさま!?」


 俺は土下座した。

 もう許されなくてもいい。

 この罪悪感に俺が耐えきれなかった。


 アッシュのやったことは重い。

 犯罪じゃないが、人の人生を狂わせるに十分すぎる事だった。


 あ~、重たいな……

 でも受け入れて生きていかねぇと示しがつかない。

 人は受けた恨みというのは簡単に忘れないものなのだ。40歳50歳になって子供の頃に言われた何気ない一言を永遠に恨んでるような人だっているし、現代日本なら人を傷つけるのに多少の抵抗はあるから大丈夫だったかもしれないけど、ここは異世界。


 魔法も剣もある異世界ファンタジー。


 そんな世界で恨まれてみろ。

 絶ぇっっっ対後で痛い目見るから。


「顔を上げてくださいませ! 申し訳ありません、言いたかったのはそうではなく」

「アデリーナさん」


 わかってる。

 嫌味を言いに来た訳じゃないんだと思う。

 そうじゃなかったら、あんなふうにクッキーを食べた子供をみて、安堵の息を吐いたりするものか。


 目的はそうじゃないんだとわかっていても、ハァ~~! 


 やっぱ肉体に精神引っ張られてんのかな……

 かなり胸の奥がズキズキする。

 これが恋かな~、ハハ。

 ハハ……


「俺は、自分が最低な男だという自覚があります」

「俺は、自分がどれだけ最低なことをしているのかという自覚があります」

「俺は、自分が多くの人間に疎まれ嫌われていることを、自覚しています」


 そうじゃなけりゃこんなことするもんか。


 俺が世界中に愛されてる寵愛を受けた転生者ならこんなことはしてない。

 光と闇が対立するような風潮があって、前もってあんな出来事起こしてなければこんなことをしているわけがない。だが事実としてアッシュは同い年の闇魔法使いを嬲り、その上でその親に弟子入りしようとしているのだ。


 最低すぎる……


「ですが、これは全て己の身から出た錆。俺がこの手で禊切るまでは、折れません」


 だからそんな心配しなくていいっすよ。

 どうせ二度死んでるし、次に願うのは平穏な死だ。

 もうあの激痛の最中で死にたくないんだよね。眠るように息を引き取るって表現あるでしょ? あれが理想なの。


 寿命で死にてぇ……

 願う事はそれなので、そのためには力を付けなければならない。

 そのために魔法を学ばねばならない。

 そのために、そのために、そのためにそのために。


 巡り巡って今目の前にある問題に立ち向かわなければ、最終的に苦痛の中で死ぬかもしれないのだ。


「……どうして、そんな……」


 どんな表情をしているのかはわからんけど、俺の言動にドン引きしてるなこれ……


 子供が見せる覚悟じゃ無さ過ぎた? 

 いやでも、これでいい。

 そうだ。

 俺は子供だが、子供の立場に甘えるわけにはいかないんだ。


 過去の清算、父上との差、10年前に起きた戦争と同じくして起きるかもしれない戦いに備えて強くなる事。


 やらなきゃいけないことは山積みだ。


「…………ごめんなさい、失礼しますっ」


 アデリーナさんはそう言って部屋を飛び出してしまった。


 バスケットもそのままに、まだ暖かいクッキーを置いていっている。


 その中から一つ摘まんで、口に放り込んだ。


 甘くて美味しいなぁ。


 ……うん。

 甘いよなぁ。

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