第十一話 メイドに勘違いされてるのは火を見るより確定的に明らか


「すみません、これ手伝います」

「いいえ。客人・・にそんなことはさせられません」


 そう言ってにっこり微笑んでから、執事はスタスタと歩いて行った。


 取り尽くしまもないってのはこう言うことだな。

 うん、もう何も聞き入れてもらえないもんね。

 俺と師がこの別荘にきてから3日経ったが、関係性は何も変わらない。

 それどころかどんどん悪くなっている気がする。


 子供になんてことを言いやがる……

 その子供がやったことが悪辣すぎたんだよなぁ……


「……しょうがない、しょうがない」


 ま、切り替えていこう。

 えーと、洗濯は手伝わせてくれないでしょ。清掃もだめ、ウロウロしてたら睨まれるし仕事の邪魔をしたい訳でもない。チャンスがあるとすれば飯の時くらいなんだけど。


 エレーナとの仲を修復する前に、彼女の外堀から埋めていく必要がある。


 この数日間でそれをよく理解した。


 師は大人だし地位もある人だから割とさっくり認めてくれたけど、仕えてる主人の娘に非道なことをしまくったクソガキの態度がいくら変わってもそう許せるものじゃないってのも確か。


 よって、今だにメイドやコンシェルジュには冷ややかな目で見られている、という訳だ。


 ちょっと悪いことしただけならともかく、衆目のあるところで一方的にボコった挙句闇魔法アンチ掲げた罪は重い。


「ふー……」


 好きに使えと与えられた部屋の中、ベッドに寝転んで次の手段を考える。


 手伝いをするとか、そういう部分で懐柔するのは無理。


 というか逆効果だと思う。

 なんか生意気じゃないか、許して欲しいからって手伝いとかやりだすの。

 そうじゃねぇんだよな……

 反省しろ、俺。

 打算を持って臨むから駄目なのだ。

 必要なのはとにかく真摯に謝罪を続けること。そして何を言われてもそれを揺るがさないこと。


 でも見向きもされないってのは結構キツイぜ。


「会えもしないしな」


 そもそもエレーナがどの部屋にいるのかすら教えてもらえない。

 謝りに行くことすらできないので、まず使用人と仲良くなって信用されるくらいにならないと。


 んでもって、師に言い渡されている鍛錬も忘れない。


 魔力を全身に満遍なく浸すように、初速はゆっくり、徐々に加速させてやがて海流程の速度まで。


 魔力を無駄なく扱える、と言うことは。

 魔法を無駄なく扱える、と言うことと同意義である。

 アッシュ(5歳)はそこまでやばい奴じゃなかったけど、魔法の才能があった。だから鍛えなくてもセンスで戦えた。


 今の俺はそうではない。

 理論立てて感覚を忘れないように身に染み込ませて、毎日毎日365日24時間60分1秒──僅かな瞬間に忘却することすらないようにしなくちゃいけない。


 多分、師はそれを見抜いた。

 俺にセンスがなくて、闇魔法に対する適性だけじゃ強くなれないことを理解したんだと思う。

 だからとにかく地道に強くなる道を提示してくれた。

 時間も精神も消費する苦しい道だが、これが最も近いと言うのなら従おう。

 サンセットの爺さんも努力は1日で実らない、的なこと言ってたしな……


 まだ闇魔法を教えてもらえてないが、【深淵アビス】とやらの感覚はなんとなく掴んだ。


 自分の掌で生み出した闇。

 そして師に撃たれた深淵。 

 この二つの感覚は忘れることなく俺の中に刻まれている。

 いつか闇魔法を実践するときに役立ってくれるでしょう。知らんけど。


「努力努力にまた努力。異世界に来たのに現代日本とやることが変わらないってのも、どうかと思うけど」


 勉強にスポーツに社会学習。

 やらなくちゃいけないことばかりが山積みで、現実は刻一刻と迫ってくるこの感じ。受験前とかテスト前に似ててすごく不愉快だ。


 でもこの胸の苦しみは誰もが味わうものだからな。

 辛い目に遭うのも、苦しむのも、それでも歯を食いしばって自分を抑え込むのも。

 俺は子供だが子供じゃない。

 だから、『子供のやったことだから』と許されることを期待するな。

 たとえ俺の存在に世界が気が付かなくても、そこを履き違えることだけはだめだから。


 ──コンコンコン、と三度ノックされる。


『レオフォードさま。お時間よろしいでしょうか』

「かまいません。どうぞ」


 女? 

 師ではないし、メイド長的なあの人とも違う声。


 扉を開いて入ってきたのは、メイド服に身を包んだ青髪の女性。


 ペコリと綺麗な所作で一礼をしてから、蒼の双眸で俺を見る。


「アッシュ・レオフォードさま。まずは度重なる非礼に謝罪を」

「……いいえ、悪いのは俺なので。その謝罪は受け取れません」


 別に嫌味ったらしく言ってるわけではなく、本当に心の底から出てくる言葉がこれだ。


 悪いのは俺だもん。

 それなのにその悪い俺に対して怒っている人たちの行動を謝罪されてもどうしようもない。許し合うのが大切だと偉い人はいうが、人間そんな簡単な生き物ではないのだ。


 それに、今の俺は没落してると言っても過言じゃない。


 父上は変わらず光の剣聖などと呼ばれる存在だけど、その息子である俺は光も雷も失った弱い生命体に過ぎない。

 これで父上が「貴様など知らん! どこへでも消えてしまえ!」ってスタンスの強さのみを追いかけるタイプだったらもっと酷かったんだろうな。多分めちゃくちゃ差別されてたし過去の因縁返し食らっただろうし転落してく悪役みたいになってたと思う。


 そうじゃないのは偏に家族の愛とサンセットの爺さんの縁があったから。


 謝罪を受け取らなかった俺に対し、青髪の女性は困ったような表情になった。


「俺は……許されないことをした自覚があります。そしてそんな事がありながら、恥知らずにもヴィクトーリヤさんに弟子入りした。今回こちらへ来た理由を、貴女はご存じですか」

「それは…………伺っています」

「許されようとは思っていません。ですが、俺のやったことが原因で塞ぎ込んでしまったのなら、俺の手で前を向けるようにしなければならないのです。たとえ俺が踏み台になっても、それでエレーナが前を向けるのなら……」


 なんなら俺のこと踏み台にして欲しいけど。

 かつて倒した闇魔法使いに劣る程度だ、と世間に誤認させたいという感情と、父上の息子なのだから名を馳せるべきだと言う思考が入り乱れてぐちゃぐちゃだ。


 会話しながら魔力もグネグネ動かし続ける。

 う、うおっ……やば、ちょっと目に溜まりすぎてる。


 ──魔力を一点に集中させることのデメリットとして、その部分に疲労が蓄積する、と言う点がある。


 具体的に言えば、手足ならば腱鞘炎のような怠さと痛みを伴い、首や肩ならば肩こりが悪化しそれに付随した副作用が出る。だから魔法使いと呼ばれる連中は大概そう言う痛みや苦しみに耐え抜いてきてるんだよな。

 センスのあるやつは程よく力を抜いてやれるからあんまり実感ないらしい。

 俺? 

 俺は……デメリット食いまくりです……


 目に魔力が集まりすぎるとどうなるか? 

 答えは目から涙が出る。

 一日中モニター見続けた後とかに近い。

 目がとにかく疲れて、シパシパと擦りたくなるのだ。そして涙がじんわり出る。


「──……!」


 数度擦って、魔力もそれに合わせてじんわりと緩く腹の中へと戻していく。


 ふー……

 未熟だぜ。

 エレーナ以下と罵倒された魔力操作は伊達じゃない。

 やはりセンス、天性の才能と引き換えに転生したのは間違いだったのかもしれん。


 でもアッシュ(5歳)、俺が何もしなくてもくたばってたからな……お前は納得してるか? 


「……レオフォードさま」

「あ、ああ。すみません。ちょっと、目に埃が」


 魔力操作ミスりましたとは言えないな……

 エレーナを差し置いてヴィクトーリヤさんから師事を受けてることはあまり大っぴらにしたくない。いや気が付かれてもいいんだけど、あんまりじゃん? そう言うのは関係性を修復してから伝えたいワケよ。


 急に泣き出したように見えて正直困っただろう。

 いや、申し訳ないねメイドさん。


「頑張ります。頑張りますから、俺を許してくれなくても大丈夫なので──どうか、エレーナが前を向くための手伝いをさせてほしいんです」


 そしてあわよくば闇魔法を完璧に覚えて偉い地位をゲットして不労所得だ! 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る