第十話 使用人からの好感度はマイナスからのスタートです
街から馬車でおよそ一時間程度。
遠いが行けなくはないと言った距離を揺られて、俺と師は目的地に辿り着いた。
屋敷ほど大きくはないが、複数人が暮らすには十分な大きさを誇る別荘。レオフォード家も別荘いくつか持ってたけど、改めて俺の父親とんでもねぇなと思ってしまった。
「着いたな。魔力制御は行え」
「うっ、手厳しい」
「魔力を操作し続けることは無茶でもなんでもないからな」
おっふ、言うねぇ。
楽しそうに笑ってくれるあたり、そこそこ関係性はほぐれてきたんじゃないだろうか。これからめちゃくちゃ拗れる原因になった人に謝りにいくんだが……
息を吸って、吐く。
もう一度吸って、吐いた。
魔力の渦巻きとは別に、心臓がドキドキしている。
これは不安からくる不整脈ですね。
何一つ良い要素はありません。
今の精神状況をよく表しています。
「……怖いか?」
「……はい。怖いです」
許されることはないだろうな、と。
正直なことを言えば諦めている部分はある。
母親から離れろと言われることも覚悟している。死ね、くたばれくらいで済むと良いかなって感じだ。
それでも俺は、ヴィクトーリヤさんに教えを請うと決めた。
俺が死なないためには、闇魔法を鍛えるしかないから。
父上は【光の剣聖】なんて呼ばれ方をするくらい強くて偉大な人だけど、その家族は違う。長男の俺が弱いままだったら、いざって時に足を引っ張っちまうかもしれない。
それは嫌だ。
臓腑が煮え繰り返る気分だ。
そして、助けられないと生きていけないような貧弱な自分にもなりたくない。何もしなくても生きていけるくらい強くてなんでもできる自分になりたい。そしてゲットだ不労所得。
そのためにはまず、後腐れなく教えを受けるためにも、エレーナとの仲を──違う。
エレーナが前を向けるようにしないと。
それが最低限、俺がやらなくちゃいけないことだ。
ゴクリと喉を鳴らして、師の言葉を待った。
「……私もだ」
「……え?」
「私も怖い。一度、拒絶されたからな」
…………。
そう言いながら、師はゆっくりと息を吐いた。
「大人の私でも、拒絶されることは怖い。私の娘として産んだのが間違いだったのかと、後悔することもあった」
「…………そんなことは……」
「だから、望むがままに距離を取った。私とエレーナは親子だが、今はもうその絆すら危うい」
本当に申し訳ありません。
責任とってなんとかこう、前を向けるように頑張りますので……
「…………私も無責任な親なんだ。他所の子供の所為にして、親としての責務から逃げ出すような」
「いや、100%俺が悪いのでそこは気にしないでください」
加害者である俺が一番悪いのは確定的に明らか。
ゆえにそんな思い詰めたりしないでほしい。
首根っこ捕まえて叩きのめして欲しかった。
あ、でもそれが出来ないのか。
表面上はただの試合で、しかも光属性の天才が相手で、それも光の剣聖の息子……
父上はこういうことにこそ怒りそうだけど、なんで注意もしなかったんだろう。
「そ、そうか」
「はい。絶対に俺が悪いですし、俺以外に悪者はいません。最低だったのは間違いなく俺です」
だから許されなくても、せめて俺を踏み台に立ち上がれるようにはなって欲しいと願ってる。そこからやっと、俺はスタートラインに立てるのだ。
はぁ……他にやらかしてることねーよな。
王族と戦った記憶なんてないし、大丈夫だよな?
金髪どころか銀髪も普通にいるこの世界じゃ見た目で王族とか判別出来ないんだよ。
「ですので、師は堂々と俺を罵ったり貶したりして下さって構いません。その程度のことでは収まらないようなことを、俺はしてしまった」
「……覚悟は受け取る」
「はい。俺に与える処罰を俺が選ぶなんて、烏滸がましいことは出来ませんから」
「…………………」
師は、なんとも言えない表情で俺のことを見た。
それきり会話はなかった。
「お久しぶりです、奥様」
「久しいな、オリガ。しばらく世話になる」
「はい。お疲れでしょう、荷物はこちらへ」
師が先行し屋敷に入ると、すでに数人の使用人が並んでいた。
にこやかな表情で師を迎え入れた後、その荷物を受け取っている。……ただし、俺の荷物はそのままで。
ああ、これは師の方針かな。
堂々と雇い主の前でそんなことをするわけがないし(今回は違うが平時なら失礼にあたるため)、大方「お前たちの好きにしろ」とでも伝えてあるんだろう。
と言うことは、現状の俺に対する好感度はマイナスに振り切っていると見てもいい。
当たり前だ。
お嬢様が引きこもる原因になった子供が
しかも闇魔法適正しか無くなったから馬鹿にしてた癖に媚び諂ってきたプライドのないガキ、って印象だろうしな……
「よしっ」
改めて鞄を背負い直した。
使用人の目線は冷たい。
でも大丈夫。
このくらいのことは社会人の頃に何度か味わったし、学生時代も幾度となく味わった。
オタク趣味とかそういうの関係なく、面白い奴はいろんな人に受け入れられて、面白くない奴は受け入れられず孤立していく世界。現実とはそのようなものだ。コミュニティに馴染めず、昼飯を食うときはひとりぼっち。
話しかけてくれる奴は一人もいなかった。
睨まれることもなかったけど、でも、体育の時間とかあぶれもの同士で組むことが多かったなぁ……
俺は面白くない奴だった。
だからせめて、面白くないやつでも、不愉快じゃないやつになりたい。
「お世話になります」
頭を下げた。
無視された。
とっとと歩いていく使用人と、僅かに足を止めた師。
しょうがない。
俺が悪かったんだから、受け入れよう。
俺がここで逆上する意味はあるか? いいや、一つもない。
過去はひっくり返らず、未来は急には変わらない。
わかってるだろう、いや、これで真の意味で理解したか、アッシュ。
これが
「……よし、頑張ってくか」
性格の悪い先輩にハブられたことだってある。今更このくらいで挫けるかよ。いつか絶対謝罪を受け取らせてやるからな……!
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