第九話 微妙にすれ違ってることに気が付いてない元天才転生者


 光が怖い。


 太陽が怖い。

 閃光が怖い。

 光輝が怖い。

 光彩が怖い。


 この世界を照らす何もかもが怖い。


 一歩外に踏み出せば、そこは支配的な光が常に輝いている。


 ──怖い。


 光が怖い。

 この世界の輝きが怖い。

 肌を突き刺すような、目を焼くような、あの輝きが、怖い。


 だから、私は……光から遠ざかった。


 もう二度と、あんな思いをしなくていいように。


「…………おちつく……」


 暗闇は好きだ。

 私を追い詰めない。

 世界から孤立できる。

 ここにいる間、他の誰も私のことを見ることはしない。


 だから、好きだ。

 暗くて、何も見えないこの世界だけが、私に残った最後の居場所。


「……………………」


 静かだ。

 他の誰もいない、私だけの世界。

 誰にも会いたくない、誰とも話したくない、誰の顔も見たくない。


 私は、この世界から消え去りたかった。






 ◇





 息を吸って、吐く。

 ぐるぐると腹の中で回る魔力のような不思議な感覚を話さないように、ゆっくりと全身を循環させていく。


 目を瞑って、光が入らない視界の中で、思考だけを回す。


 嗅覚も触覚も今は欲しくない。

 ただひたすらに脳に全てを回したい。


「──闇魔法に魔力を変質させるには、独特なコツが必要だ」


 師の声が脳に響く。

 すいません、ちょっと待ってください。

 めっちゃ集中してるんです。出来るようになったけど別に得意じゃないんです。魔力の操作とか生えた尻尾の操作並に難しいんじゃないだろうか。尻尾なんて生えないけど。


「雷や光に変質させていた時、お前はどのようにしていた?」

「うぇっ……ええと、感覚で?」


 あの頃の俺は天才だったからさ。

 そのくらいのことは呼吸をするのと同じくらい簡単だった。今の俺にはとても難しい技能である。

 口で説明しろってのが難しいんだよな……こう、うーん、うん。

 無理。


「同じように出来るか?」

「無理です」

「だろうな。光と闇の感覚はそれほど遠くないが、雷は全くの別物だ」


 ほほう。

 言われても全然差がわかんないけど。


「火、水、雷──これらは所謂『物質』というものに分類される」

「ぶ、物質……」

「ああ。光や闇といった概念とはまた違い、現実世界の物質に干渉するものだ」


 燃えたり濡れたり灼いたりね。

 わかります。


「ゆえに、取り扱いは然程難しくはない。私は闇魔法を究めたが故に闇魔法使いとして語られるが、光以外の魔法は問題なく扱える」

「えっ、そうなんですか」

「その程度出来なければ【聖銀級】にはなれん。────魔力の制御を緩めるな」


 あ、やべっ。

 ちょっと魔力が溢れてる。

 危ない危ない……いやでもさ師、こうやって魔力を身体に巡らせておくだけなの、めっちゃ疲れるんですけど。


「これまで日常的に魔力を操作し続けて来たか?」

「い……いいえ。日に五時間ほどしか」

足りん・・・。最低でも睡眠の時以外は常に巡らせておけ」


 うぇえっ!? 

 マジっすか……

 まだ初めて10分くらいでこの疲労感なのに、これを常に? やっておけ? 


「お前は闇魔法に対する適性は非常に高い。それこそ、私を凌駕するほどに」

「マジすか師!」

「だが魔力の扱いが杜撰だ。エレーナ以下」

「マジすか師……」


 しょぼしょぼとアッシュはやる気を失っていく。


 やる気を失ったというよりちょっとだけ不貞腐れた。

 改めて自分が才能がない部分があると面と向かって言われると、俺もまあまあ寂しい気持ちになる。元天才光魔法使いの現状がこれだもんなぁ……魔力、結構使えるようになったと思ったのに。


「話を戻すぞ。光や闇と言った概念を取り扱うには、前提として魔力を自分の手足のように扱えなければならない」

「手足のように……以前の俺はそこまで出来ていたわけではないですが」

「逆に聞くが、手足を満足に扱えないのに剣だけが上手い奴など居るか?」

「いないと思います」

「そういう事だ。まだお前は剣を扱う段階ではなく、手足を意のままに動かす必要がある。自分の身体のスペックを理解する段階というわけだな」


 わかりやすいな〜! 


 サンセットの爺さんもわかりやすかったが、流石聖銀級にまでなった魔法使い。


 教育まで完璧だ。

 父上も見習って欲しいよな。あの人感覚派だからよく弟子に「ここはこう、ぐああーーっとやれ」とか言ってた。


「四六時中動かせというのは、そうすることで得られるメリットがあるからに過ぎない。魔力量の増加、一度に使用できる魔力の限界値上昇、より柔軟で高速な魔法行使、その他にも多数あるが……聞きたいか?」

「いえ、十分です。ありがとうございます」

「何もかも答えてやるのはこれきりだ。次からは自分で考えた上で理解できなかった際に聞け」


 理想の教育じゃん……

 最初にどういう意図があるのかを説明して、その意図を理解できたか問い、次からは自分でどんな意図があるのかを考えろ。え、もうめっちゃ好きだけど師のこと。


 今はまだ魔力を循環させるので精一杯だけど、これが当たり前に出来るようになれば何がやれるようになる? 


 例えば、一回一回手のひらに集めたりしなくて良くなる。

 師はあの食事の時どこから魔法を放ったのかすらわからなかった。到達するべきはあの域か。


 前のアッシュ(5歳)も手のひらを起点に魔法を放ってたが、そうかなるほど。

 全身隈無く魔力が及んでいれば、わざわざわかりやすい手を起点にする必要なんてない。あれ? これ応用すれば指パッチンからの炎使えた可能性が……? 


 う、うおおおっ! 

 なんで俺は闇の才能しか残ってないんだ! 

 全ての才能が残っていれば! う、畜生! 指パッチンからの魔法発動は全世界の男の夢なのに……!! 


 いや待てよ。

 逆に言えば今、指パッチンからの闇魔法発動が出来るんだよな。


 想像してみようぜ。


 ──指を鳴らす。

 その刹那、暗黒そのものと呼ぶに相応しい災禍が溢れる。

 光が全てを照らす正義ならば、闇は全てを飲み込む悪。この世全てを飲み込むほどに暗く濃い闇が、生まれ出るその時。


 俺の闇は、最も輝くのだ。


「……ふふ、ふふふふ…………」

「…………嬉しいか?」

「はい! それはもう!」


 魔法ってサイコー! 

 異世界サイコー! 

 ちょっと記憶が戻る前の俺がやったことが色々ありすぎて絶望する毎日だったけど、師は優しいし魔力は便利だし俺は強くなれそうだしでもう最高だね。これで殺し合いとかが起きなければベストだったんだけど。


「一歩でも早く追いつかないと……」


 過去の俺に。

 追いつけないとしても、必ずアッシュに縋りついてみせる。


 それくらいのことはしてやらないと、俺に申し訳ないだろ。


「……………………アッシュ」

「はい?」

「無理はしなくていい。お前には、お前のペースがある」

「……? はい、わかりました」


 え? 

 なんか勘違いされてね? 


 う、うう〜ん。

 あんまり思い当たらないけど、その直前の言葉は──『一歩でも追いつかないと』。


 無理はするな。

 俺には俺のペースがある。

 一歩でも追いつかないと……? 


 ここから何を読み取れる。

 まさか俺が過去の俺を追いかけていることに気がついた? いや、それは別にいいことだろ。前の自分くらい強くなりたいと思うのは普通じゃなくても納得できることだ。


 つまりこの場合、俺以外の誰かに追いつきたいと呟いたと思われた……? 


 …………ん! 

 うん、ちょっと待てよ。

 俺って父上にコンプレックスある感じの発言してたよな? 

 それ、師はばっちり聞いてたよな。


 つまり────本当はめちゃくちゃ父親にコンプレックス感じてると思われてる? 今すぐにでも強くなりたいって無茶するタイプの小僧だと思われた? 


 ……………………。


 チラリと師の表情を窺ってみる。

 師は馬車の外を眺めていて、俺にはその横顔しかみることが出来なかった。


 でもその表情には、複雑な寂しさが含まれているような気がした。


 ──そうだよね! 

 エレーナも似た感じだもんね! 境遇。

 そりゃ気になるし気にするよな……


「師」

「ん……どうした」

「俺は強くなりたいです」

「──…………」

「でも、無茶をして魔法が使えなくなったりとか、そういう思いをするのは嫌です」


 その間めっちゃ無駄だし。

 効率よく強くなるのは大賛成だ。それが特大の苦しみでもないのなら、喜んで飛び込もう。苦しめば死ななくていいんなら安いと思う。


「だから安心してください。俺は師に従いますし、信じてます」

「…………余計なお世話だ、バカ弟子め」

「バ、バカ弟子……ですか」

「ああ。お前なんかバカ弟子で十分だ」


 不名誉な呼び名をいただいてしまったが、少しだけ師は微笑んでいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る