第八話 謝っていいのは許されない覚悟を持つ者だけだ
さーてどうすっかな。
悩んだところで事態は好転しないが、多少は考えて向かっていかないと何も解決しない。ゆえに一先ず作戦を考えようと思い、紙とペンを借りて部屋に閉じこもったのだが……
「いや……俺があまりにも悪すぎて何もできる事がないぞ……」
マジでどうしたものか。
誠心誠意謝るなんてのは当たり前のことで、それを相手が受け取るとは限らない。でも少なくともこの蟠りだけはどうにかしないといけないって感じがするんだよな〜。
多分、アッシュとしての人格が強く訴えている気がする。
わかる、わかるよその気持ち。
冷静に考えなくても対戦相手の魔法を小馬鹿にして蔑んで必要以上に痛めつけてるの、悪い奴のやることだ。
しているわけがない。
あの人は
弱いものいじめなんてするわけもないし、許すはずもない。
お前のやったことは100%悪いことで反省するべきことで、取り返しのつかないことだ。
それを自覚出来たのは成長したな。
……俺のことだけど。
「……まあとりあえず謝るだろ。それからどうするか、なんだよな」
山荘から引きこもって出てこないってことは、魔法の訓練とかもしてないってこと。腕をあれから磨くのもやめちゃったんだろうし、その原因は俺。そんな相手に「一緒に訓練しようぜ!」って言われてやる気になるやついる?
いねぇよなぁ!
円堂でも助走つけて蹴るレベル。
俺とエレーナの共通点。
まずは、魔法。
闇魔法に対する適正。
一人一人違う適正がおんなじってのはまあまあいい共通点だと思うけど、そもそも光と雷で闇を見下してたやつが今更擦り寄ってきたところでいい印象は持たないだろ……
それどころか「当てつけ?」と睨まれてしまう。
姉弟子として共に修練を積んでほしい。
闇魔法バカにしといて?
「う……うおおおおおっ!! どうすりゃいいんだ!?」
未来は暗い。
闇魔法だけにってか?
やかましいわ!
コンコン、と扉をノックする。
一応屋敷の見取り図ももらったし、使用人から嫌われてることは理解しているから一人で基本問題ないと伝えたので単独行動だ。
道行くメイドさんに睨まれました。
当たり前だね。
「師、アッシュです。お時間よろしいですか」
『問題ない、入れ』
前世(日本)を思い出すぜ……
入社面接、入社式、社長への挨拶、ああ、うっ……嫌な記憶が……闇が溢れる……!
「今ちょうど仕事が終わったところだ……どうした?」
「あっ、い、いえ。少し切ないことを思い出して」
「……そうか。そんな時もある」
あれ、これ励まされたのか?
さっき話した時も思ったが、思っているより俺に対するヘイトが低い。
もっと、こう……「よくも私のかわいい娘を可愛がってくれたなクソガキ……!」って闇魔法打たれてなぶられるの覚悟で来たんだけど。
師はため息を吐いた。
「顔に出ているぞ」
「えっ……な、なんのことでしょうか」
「一応言っておくが。確かにお前はエレーナを痛ぶり闇魔法を侮辱した」
「うぐっ」
「勿論頭に来た。その場でボコボコにしてその光を全て塗り潰してやろうかとも思った」
「本当にすみません……」
そこまで言ってから、師は背もたれに寄りかかって苦笑した。
「怒りはあるが、お前は反省した。己の魔法適正を失って馬鹿にしていた闇魔法しか使えないと知ってもなお諦めず、
「………………」
「まだ不遜な態度を取り続けるようなら、この手で自ら矯正してやろうと思い弟子に取るつもりだったが……」
あ、ボコるつもりだったんですね。
まあ食事中に魔法撃つくらいだしそりゃそうか。
「少なくとも、以前までのアッシュ・レオフォードとはまるで別人だ。子供が反省し謝ると言うなら、それが取り返しのつかないことでない限り許してやるのが大人のやることだろう」
し、師っっ!!
美人がそんないい顔で微笑まないで!!
人妻とかそういうの関係なしに、う、うおおっ!!
俺は今銀髪の美人にめちゃくちゃ励まされてる! 日本人男性が喜んでいる!
「……それはそれとして、怒ってはいるからな? 勘違いしないように」
「はい。ごめんなさい」
「ああ。この借りはエレーナ自身が返すものとして──で、なんの用だ」
「あ、えーとですね。先程言ったことに関してですが」
そして俺は洗いざらいを吐くことにした。
ぶっちゃけ言うと、許してもらおうとするのがそもそも間違いなのだ。俺に許されているのは彼女に謝ることのみで、そこから先を決めるのはエレーナ自身。俺が考えてやれることなんて何一つもない。
捧げるものをいくつか選んでおくくらいのことだろう。
日本とは違いそういう部分での刑罰がちょっと甘め(貴族社会の強権があるので)だから、自分の体から支払えるものはしっかり選んでおくべきだ。
その旨を伝えると、師は眉間を指で抑えながらつぶやいた。
「つまり……お前は『自分から何かをするなんてことは烏滸がましいので謝罪だけ行い、何か要求があるなら飲むし顔も見たくないと言うのなら何度でも足を運んで謝罪を続ける』と」
「そういうことになりますね」
「なぜその考えが出てくるのにあんなことをやったんだ……」
わ、若気の至りというか……
アッシュ(5歳)がやったっていうか……
「師も、厄介な話を持ち込んできたな」
「申し訳ありません。ですが、俺ではそのくらいしか思いつかず」
「その年齢にしてはよく考えている、と言ってやりたいが……だがまあ、娘を傷つけた張本人にはそのくらいやってもらわねばな」
「どんな扱いでも受けます。なんとしてでも姉弟子と共に修行を……」
「……まあ、いい。だが、エレーナが受け入れなかった場合どうする。ただ飯食らいを置いておくつもりはない」
あっ、確かに。
うーん、元社会人として雑用でもなんでもやる覚悟はあるけど、多分使用人に嫌われてるからな。
ああでも、その嫌われ程度解消できなくちゃな……
向こうからしたら帰ってほしいと思うけど、俺はそうもいかない。
強くなるためには闇魔法を覚えなくちゃいけないんだ。
そして未来の俺に負債を押し付けないためにも、今の時点で5年間の負債を少しずつ精算しなければならない。
「……雑用でもなんでもやります。というか、やらせてください」
「使用人の仕事を奪うのか」
「俺に給金は必要ありません。ただ、衣食住を確保して頂けてるだけで十分です」
「私は無賃で子供を働かせる趣味はない」
「無賃ではありません。弟子入りしてもいない他所の子供が勝手に屋敷に住み着き、その代わりとして勝手に働いているだけです」
「…………なぜそこまでする。エレーナは姉弟子と呼べるだろうが、お前にとってはなんの特別性もない一般的な魔法使いだ。……それも、才能に長けたわけでもない、ただの」
やっぱりエレーナ、才能あんまりないんだ。
いやそんな気はしてたよ。
むしろ闇魔法に適正がある方がおかしいんだよ。
死に近いほど適正が高いってどういうことだよ。
欠陥属性すぎるしそりゃいいイメージも持たれないだろ。
闇魔法で聖銀級になれるお母さんから生まれたらそりゃあ、闇魔法習うよな……当たり前だよな、うん。
そしてどうしてエレーナを特別視するんだ、という話だが。
そりゃするだろ。
聖銀級の師の一人娘で、俺との戦いが原因で引きこもってるんだぞ。
前の俺はただのアッシュ(5歳)でしかなかったが、今の俺は大人の入り混じったそこそこ常識のある男だ。
聖銀級の母親が弟子をとった。
引きこもった自分は無視して。
しかもその弟子はかつて自分をボコボコにしていじめてきた最低な男の子。
──流石に心が痛ぇ……!
絶対よくないだろ!
放置していいわけがない。
これは俺の問題であり、俺がどうにかしなくちゃいけないことだ。
俺はアッシュ・レオフォード本人。
決して紛い物じゃなく、混ざり合っただけの本人なんだから、そのけじめはつけないといけないんだよ。
なんてことを正直に言えるわけもなく。
嘘と本音を混ぜた言葉を紡いだ。
「同じでしたから」
「
「はい。偉大な親を持つ者として、同じでした」
同じだったからこそ元のアッシュはその弱さに憤った、ってところもあるんだ。
自分勝手がすぎるよな。
自分はこんなに頑張っても追いつけないのに、なんでお前はその程度でやれると思ってるんだって。
傲慢だ。
「だからこそ。俺が決定的に間違えてしまったからこそ、どうにかしたいんです。俺の手じゃなくても、彼女がもう一度立ち上がれるように何かできる事があるなら……」
だから、俺に出来ることはなんだってやろう。
死ねという命令以外はなんだって聞く。
ただ、謝るチャンスももらえなくても、俺は何度でも赴く。
時間をかけて、彼女が傷ついた時間分、俺は苦労する覚悟だってある。
泣いて蹲るエレーナの姿は、今でも鮮明に思い出せる。
「…………だめ、でしょうか」
頭を下げてつぶやいてから、大体1分。
師は大きくため息を吐いて、椅子から立ち上がりこう言った。
「いいだろう。ただし、なんの鍛錬もしないのは無駄が過ぎる。午前に一度山荘へと赴き、その後使用人と共に雑用を夕刻まで。それから私と魔力に関する学習を行うぞ」
「……いいんですか?」
「これでも詰め込みすぎだが、お前は罰を求めているようにも見える。落とし所はこのラインだと判断した」
す、すげえ……
これが大人……仕事のできる大人だ。
日本人男性なんて仕事が終わったら疲れた〜って言いながら家のパソコンの前に座って配信見るだけだったのに……終わりだよ終わり、もうお前の大人としてのプライド全部ゴミな。
大人との融合という唯一のアドバンテージすら失ってしまった俺に残るものは果たしてあるのだろうか。
厨二病の如き闇魔法適正だけ残ったかな。
くそが……
「……それに、あまりやりすぎて
一言師が呟いた。
聞こえなかったが、別に大したことではなかったのだろう。
そんなことよりも、俺はこれから一体何ヶ月間通い続けることになるのかと考えて、少しだけ切ない思いが胸に宿った。
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