第十三話 含みのある一言は師匠キャラの特権
魔力を操作する、というのは、手足を動かしたり呼吸をするのとは全く別の感覚が必要だ。
端的に言うと難易度が高い。
へその周りにあるよくわからんものを知覚し、その上でなんらかの形へと変質させる。
火、水、雷、光、闇。
それぞれ難易度は変わるものの、総じて言えることは、この力は人類が最初から持っているものではなかったんだろうな、ということ。
もし最初から持ってたのなら、こんな風に悪戦苦闘することはなかった筈なのだから。
「よし、次の問題だ」
「へっ、へい」
「疲れたか?」
もう疲労困憊やぞ。
ぐるぐる魔力を体内で回しまくっている間、師より課題として渡された問題を解いていく。
内容は至ってシンプル。
この世界の歴史や地理、あと物理現象の名前とかそういうの覚えてやれっていう前世の筆記テストと大差ないもの。一番困ってるのは魔法関連なんだよな。
えーと、これは光魔法だろ。
でも光魔法って発動するとき、なんかこう、マジで精神性で左右されてるイメージがあるんだよな。混ざり合う前のアッシュは性格が悪かったが前を向くと言う力だけはすごかった。本当だ。誓ってもいい。
『あの人の息子であるおれがこの程度出来ないわけがない』と言う傲慢さと言ってもいいかも。
あんな精神性持ってるやつが光に選ばれるのならそりゃあ俺が選ばれるわけがないんだよな。あいつはなんだかんだ言いながら頑張れる光の御子(闇落ち寸前)だったけど、俺は頑張れないしやる気もないし寿命で死にたいって言う闇の御子(闇堕ち済み)なので……
「手を止めるな。魔力が固まっている」
「はい」
そしてこの変わらない厳しさである。
思考を回しながら魔力を練る。
これ、めっっっっっちゃ難しい。
集中していれば魔力を回すのは、たまにミスもするけど、大体いける。
話しながらでもどうでもいい世間話なら余裕だ。
ただ、問題を解くのに頭を使いつつ、それでいて第三の手足とも呼べる魔力を動かすのは、集中しても上手くいかない。
「……………………」
そして師はそんな俺をじっと見ている。
き、気になる〜!
でもそれを口に出しても「集中しろ」とか「気を散らせるな」とか言ってくるだろうから、俺としては閉口してこの眼前に聳え立つ魔法問題に手をつけなければならない。
いや歴史も結構難しいけどね。
織田信長も豊臣秀吉も徳川家康もいない。
日本史が恋しいよ……
うんうん唸りながら問題を解いていると、コンコンコン、とノックの音が響いた。
『奥様、お食事のお時間です』
「……此処で食べる。持ってきてくれ」
『はい、かしこまりました』
「ああ。二人分頼む」
おっ。
これってもしかして昼休憩ってやつじゃねえか?
午前は早くきてくれと祈り、午後は終わらないでくれと願う。
全人類の1日を支える大切な時間が今、俺の目の前に迫っている。手を伸ばせば届く距離に、その時間はある。
「それとアデリーナ。追加のテキストを書斎から持ってきてくれ」
「ウェッ」
『承知しました』
アデリーナさんかよ。
積み上がったテキストの半分、やっと終わったのにまだやるんですか……
もう頭の中パンパンだし集中力も終わってきてる。でも魔力はぐんぐん動かせてるから、少しずつ土台が完成してきているのだな、と言う感じはある。
へ、へへ。
これが強くなるって感覚。
異世界ファンタジーの味わい……まあ父上には一瞬で惨殺される程度の実力すらないし、師にすら瞬殺されるけど。
魔力を練る。
ただそれだけの行動を繰り返してるだけなのに、一つずつ階段を上がっているような感じがする。達成感ってのは何者にも変え難いモチベーションになるんだなぁ。
「レオフォード」
「はい」
「この屋敷にきて一週間。何か思うことはあるか」
…………。
どういう意味だろうか。
言葉のまま受け取るべきか、それとも真意を探るべきか。
「お前が感じた通りでいい」
「……思うことはありませんよ」
「本当に?」
「本当です」
全くもって本当だ。
現状正面切って悪さをされたわけでもない。
まあ、アデリーナさんが部屋に来るまでは、ちょっとね……誰にも言えない事とかはあったけど、そこら辺を引き摺るつもりはない。
露骨な嫌がらせのようなものはされてないからな。調理ミスとかなら何回かあったけど、焦げてたり砂糖の塊が混ざってたりとかで危険なものではなかった。
「お前が気が付いてないはずはないと思うが……この一週間。屋敷の者には『我慢するな』と伝えてある」
「……………………」
「そして、止めないとも。それが人命に関わらない限り、私はお前に何があってもその行いを止めるつもりはなかった」
最初の時点で悟っていた事だった。
師が連れてきた弟子候補を、いくら恨みがあるからと言って、露骨な仲間外れにするわけがない。
その程度の品格なのかと侮られる理由になるし、聖銀級を持つ師にとって政争は慣れ親しんだもののはず。それなのに汚点を残したままにするのは、些か不自然だった。
「とは言え、そこまで破錠した人物を雇い入れたつもりもない。エレーナの豹変ぶりとその顛末を見てきた彼ら彼女らからすれば、その原因となったお前は多少憎い相手であった筈」
「……はい。それは察していました」
「許されるために謝るのではなく、前を向いてもらうために謝罪をする──アデリーナが狼狽えていたぞ」
あっ、ですよね。
ドン引きしてたもんね。
「なぜお前のような子供がエレーナをあれ程までに追い込んでしまったのかわからない、とも言っていた」
「そ、それはその……なんとも言えない事情がありまして」
「事情……? 人の子供を再起不能にするのも已む無い事情か」
あっあっあっ
師は薄く笑っている。
か、揶揄われた? もしかして。
「これを聞けば、お前にとっては……ああ、いや、すまん。聞かなかったことにしてくれ」
「えっ。気になるじゃないですか」
「お前が
えぇ〜、含みがある言い方だなぁ。
そしてそのまま俺から視線を逸らして仕事に戻ったので、俺もテキストをやれと無言で示された。
結局アデリーナさんが昼食と追加のテキストを持ってくるまでの20分、俺はセコセコ問題を解き続けたのだった。
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