第十四話 深夜の暗闇に紛れた遭遇
深夜。
日中にひたすらテキストで知識を増やしながら魔力に慣れていく鍛錬をしているが、これが中々疲れがたまっていく。
なんだろう……
初めて魔力を動かした時に比べれば疲れなくなってるんだけど、それでも疲労度が高い。どれくらい疲れるかって言うと、全力疾走をした後ちょっと休むじゃん。その休んだ後くらい疲れる。
めちゃくちゃわかりにくいな……でも本当にそれくらいなんだよ。あの仄かに身体がだるい感じね。
でまあ、基本的に夜は爆睡なんだけどさ。
「…………はぁ、眠れな……」
今日はどうしてか、目が覚めてしまった。
それもこんな真夜中に。
街灯が少しついてて、動物が寄らないようになってるくらいで、基本的に外は暗闇に包まれている。
それは屋敷の中も変わらない。
闇だねぇ……
暗闇だ。
俺が闇魔法に適性があるのなら、この根源的な恐怖は無くなるのだろうか。
暗闇は怖いよ。
何が出てくるかわからないから。
音もしない、気配もない、でもなんか出てきそうなこの空気感が、あんまり好きではない。
ただ、ベッドに寝転んで既に一時間経過するのに眠気がやってこないのだからしょうがない。暗闇の中でテキストを解く訳にも行かないから、とりあえず魔力をずっと練り続けてたのに一向に眠れる気配はない。
しょうがないから立ち上がって、音が出ないようにそっと廊下に出た。
「うわ……暗いし寒い」
暖房も何もついてないし、雪国ではない為防寒は期待してないけどこれは酷い。
隙間風が入り込むような作りには見えないけど、素材の関係かね。
底冷えするような寒さを浴びて腕を摩りつつ、廊下をゆっくりと歩く。
特に何処に行こうとかは決めてないけど、とりあえずトイレだけ済ませてしまいたい。尿意を催して眠れなくなるってよくあることじゃん。俺は身体だけは若いから大丈夫だと思ったけど、とにかく寝るための作戦は実行しておかないと。
明日もあるんだ。
寝て体力を回復しないとまずい。
夜目に慣れてきたからちょっとずつ歩く速度をあげつつ、それでも慎重に進む。
変に怪しまれる様な行動だと思われたくない。
ただトイレに行ってるだけなのに『お嬢様になにかしようとしたな!』ってなるのだけは避けたいんだよね。
アデリーナさんは味方……言い方がおかしいかもしれんけど、俺に比較的好意的に見てくれている人だ。その人の評価を覆しちまうような事はしたくない。
師?
師はなんだろうね。
もうなんか冗談でチクチク言ってくるから逆に仲いいんじゃないかな、うん。
「うー、さぶさぶ……」
いつもよりゆっくり歩いたため、おおよそ一分もかけてトイレに到着。
ウォシュレットはないが水洗だ。
その水どこに廃棄してんの?
その水どこから来てんの?
答えは魔道具だそうです。
便利だね、魔力ってのは。
ノックをして音が出たら嫌だが、この屋敷のトイレ共有だからな。
開けて中に人がいましたからの『キャー!』はやばい。
トントン、と二回ノックを小さくする。
『…………は、い』
「あ、ごめんなさい」
やべ、先客いた。
この屋敷広いけど、階層が二つしかないから上にいかないとトイレ無いんだよな……
くそっ、難易度が高い。
上に行けば師が寝てる部屋がある。
あの人戦争でも活躍してるタイプの人だから、足音とかで悟られそう。
『……………………ごめん、なさい。すぐ出ます』
声は女性っぽい。
屋敷に来て多分、ほぼ全員に話しかけたけど初めて聞くかな。
そもそもそんなに人の声を正確に覚えているのかって話だが……
扉の横に避けて、出来るだけ音を聞かないように絶妙な距離を保ちつつ、待つ事およそ一分。
ここらへんは最低限のエチケット。
現代日本で培ったこういう部分は、異世界でも役に立っている。
闇魔法使いに対するヘイトはそこそこ高いけど、サンセットの爺さんが言う通り最近は学説的に否定され始めてるからなぁ……(めっちゃ昔の犯罪者が興した技術、みたいな部分)
別に技術は技術だから気にしなくていいと思う。
今の時代で闇魔法使いが筆頭になって犯罪侵してたらヤバイけど。
父上の反応見る限りなんか、こう……
ありそうなのが嫌だ。
ジャー、と水を流す音と、手を洗う音の後に扉が開く。
「…………ごめんなさい、ご迷惑おかけしまし……た……」
「……………………あっ」
正直な事を言おう。
『やっちまったな』、という予感はしていた。
考え過ぎはよくないと思って、その可能性を遠くに飛ばしていた。
だってさぁ、接触するなと言わんばかりに居場所教えてくれない少女だけどさぁ。同じ屋敷に住んでるんだし、普通にしてたら遭遇する可能性はある訳じゃん。
それすらもこの数日間無かった。
別に移動する場所を阻害されてた訳でもなく、飯時も朝も夕方も、どこでだって姿形すら無かった。
同じ屋敷だぜ。
人が一人生きてくのに、どれだけ手厚い保護をしたとしても、必ずどこかでゴミを出すんだ。
食事を摂らないと死ぬし、トイレをしないと死ぬし、身体を洗わなければ病気の可能性も出てくる。お嬢様にそんな扱いする訳もないし、あり得るとすれば──俺と全く合わない生活周期を送っているか。
元々その可能性は考慮してたが──今遭遇するのは非常にまずい。
「……あ…………ぅぁ……」
少女────エレーナは、俺の顔を見て酷く動揺している。
過呼吸気味に荒げた息、強く握った服の皺が残り、一歩後退った。
──ここで叫ばれたら終わる。
勘が告げていた。
トイレから出てきたエレーナ。
酷く動揺した彼女。
その正面にいる、トラウマを作り出した本人。
やばい。
やばいやばいやばいやばい!
どうする、どうするどうするどうすりゃいい!?
「な……んで、どうして、こ、こに……ぁ、あ、ああ────」
やばい!!!!
そこからは早かった。
速やかにエレーナの目の前まで接近し、口元を押さえつける。
ごめん、本当にごめん!
でもこれが見つかって問題がややこしくなるのはもっと嫌だ!
折角謝るチャンスだし、ここを逃したくはない。
「ん! ん゛んー!!」
「ごめんマジでごめん、何もしない。頼む、落ち着いてくれ」
ふーっ、ふーっと息を荒げてエレーナは抵抗する。
でもどっちかっていうと、身体が震えてる。
うわ、これ完全に俺を見てトラウマ再帰してないか……? フラッシュバックって奴。
後ろに回って、あんまりやりたくないが、落ち着かせる為にとりあえず抱き締める。
流石にこんな幼い子供(同い年)に欲情する訳もなく、俺の所為でこんな風になってしまったという罪悪感だけが胸の内を支配した。
「なにもしない。なにもしないよ、エレーナ」
「う、う、んん゛っ!!」
ぎゅっと抱き締めると少しずつ彼女の身体から震えは引いていく。
パニックになってたから、本当につらかったんだな……
おいアッシュ、お前ちゃんと見てるか。
お前がやったことの末路がこれだ。
二度とこんなことはさせないし、しない。
人の人生を狂わせることの重さを、こんな齢で味わうことになるとは。
エレーナが落ち着いたのはそれからおよそ10分後の事で。
そして、俺にとって、最も始めに取り除かなければならない障害との戦いが始まった。
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