第二十話 和解と違和感


 緊張の糸が切れたのか、船を漕ぎ始めたエレーナを部屋に送り届けるといいアデリーナさんが退出していった。


 中に残されたのは俺と師とオリガさん。

 今の俺に悪意がない、ということはわかってもらえたと思うんだけど、それはそれとしてちょっと気まずいよね。師、いつの間に俺を後継者にするとかそういう話進めてたんですか? 


 ふー、やれやれ。

 大人たちは話も手も早いぜ。


 類に漏れず、肉体年齢に引っ張られたのか眠気がようやく湧き出て目をしょぼしょぼとさせる俺に対し、オリガさんは口を開いた。


レオフォードさま・・・・・・・・

「うぇっ、あ、はい」

今日こんにちまでの非礼、大変申し訳ございませんでした」


 そう言いながら、頭を下げる。


 ……え、いや。

 別に全然気にしてないけど。

 今回だってエレーナが強い子だったから何とかなっただけで、あんなことして許されようなんて、そんなことは思っちゃいない。


「当然のことでは……?」


 普通に世話してた娘さんが引きこもる理由を生み出した子供に対して、随分とちゃんと優しいままいてくれたな、とむしろ感謝すらしている。


 遠回しなイジメとかなかったもん。

 へ、へへ。

 会社員時代、無能だった俺に突き刺さる冷ややかな視線を「何でお前と同じ給料なんだよ」っていう後輩の視線……うっ!! 


 ああいうのに比べたら全然チクチクしてないし。

 何なら負い目があるのはこっちだし。

 自覚してるし。

 別に気にしてないし。

 ……本当だし。


「当然では、ありません。あなたは子供で、私達は大人でした。みっともない姿を見せ、大人として最低なことをしたことを、謝罪いたします」


 真面目だなぁ、という感想だった。


 子供相手にわかりやすいように、言葉をちゃんと区切って理解出来る様に言う。


 俺がそっちの立場だったらどうすりゃいいかわからんもんね。


 主君に『私の娘をボコボコにした挙句引きこもる原因になった男の子弟子にするからよろしく! 好きに対応してくれていいよ!』って言われたら困惑するじゃん。

 どうとっても角が立つ。

 だからまあ、ギリギリ問題ないラインを見計らってくれたんじゃないかって、俺は思う。

 そういうことにしておきたい。


「頭を上げてください」


 俺は過去の出来事を反省した。

 エレーナは過去の出来事を克服した。

 悪いやつアッシュは死んで、新しいおれアッシュになった。


 それでいい。

 そして俺はこれから、新たな道を歩む。

 そのためのスタートラインに立つ権利を、今手にしたんだ。


「俺は、俺のためだけに、エレーナに立ち上がって欲しかった」


 包み隠すようなことはしない。

 彼女にこの意図は伝えてあるし、構わないだろう。

 それを知ってなお立ち上がったエレーナの強さが際立つと考えれば、それでいいんじゃないかと思える。


「だから、俺の行動は本当に身勝手なもので、そうされて当然のことをしていました。むしろ優しくしていただいて感謝しています」


 そう言うと、オリガさんは狼狽えたような表情になり、口を横に強く結んだ。


「エレーナは立ち上がって、俺は許されなくても、前に進めるようになった。それだけで十分です」


 少なくとも。

 これから俺とエレーナは共に魔法を学ぶことになるんだ。

 学び舎に通うようなこともせず、あの街で親元を離れたまま、師の教えを受けて闇魔法使いになる。


 俺に聖銀級魔法使い、ヴィクトーリヤ・パトリオットの後釜は務まるのだろうか。


 わからない。

 闇魔法以外使えない、そんな男が魔法使いとして大成出来るのかもわからない。

 だって闇魔法は弱いから。

 俺はそんな闇魔法に絶対的な適性があるんだと、師は教えてくれた。


 その適性を生かすも殺すも、俺次第だ。


「…………強いですね、あなたは」

「そうでしょうか。あんなことをしてしまう程度には、弱いですよ」

「こうやって会話していると……レオフォードさまがまるで歳上のように感じます。おかしな話ですが」


 え゛っ


「オリガ。まだこいつは6歳だ」

「ええ、奥様。わかっていますとも。それでもどうしてか、大人と話しているような、そんな気持ちになりますね」

「あ、はは。背伸びしているみたいで、すみません」

「褒めてるんだ、それくらい素直に受け取れ」


 ぐりぐりと師に頭を撫でられる。

 ふ、ふおおっ! 

 銀髪美人が俺の頭を撫でている! 

 嬉しいねぇ、日本人男性も喜んでいる。アッシュ? あいつはずっと喜んでるよ。


「さ、今日はここまでにしよう。オリガ、アッシュを部屋まで送ってやれ」

「はい、わかりました。いきましょうか」


 高揚してるのを隠すように無表情を貫き頷いた俺の手を引く、オリガさんの後についていく。


 ……しかし、冷静に思い返してみれば。

 俺ってさっき、エレーナに殺されかけてなかったか? 

 それくらいのことはされてもいいと思ってたが、いざ実際にやられると、多少なりとも現実味が薄れて恐怖感もあまり湧かないもんだな。


 喉元に空いた手を添える。

 特に違和感はない。


 跡は残ってない筈だけど、ざり、と皮膚を撫でる感覚が薄寒く感じた。

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