第二十一話 意味深な会話と意味深な描写は主人公の特権


 くらい。

 薄暗い。

 世界が真っ暗だ。


 身体が動かない。

 でも視界は開いている。

 それなのに世界が黒に染まっている。


 あ────これ夢だな。


 そう悟るのは容易いことだった。


 身体が金縛りのように動かずに、諦めたように力を抜く。

 こんな状態で出来ることなんて何もないし、のんびり夢を楽しむことにしよう。……とはいえ、背中を這いずるこの感覚は不快だが。


 真っ暗な世界。

 師に放たれた魔法と同じくらい暗い。

 つまるところ、これは──夢だけど、夢じゃない。

 俺が根源的な恐怖を抱いている、闇そのものではないだろうか。


 夢に見るほど適性があることを喜べばいいのか呪えばいいのか、どうにかしてるぜ。


 両手足に絡みつくような粘度の高い漆黒。

 それだけがどうしてか視認できて、光なんてない世界の中なのに、暗闇の中で光り輝く闇があるようだった。






 ──ッシュ……


 頭の痛さと体調の痛さは比例するのだろうか。


 現代日本であればただ頭が痛い程度は体調が悪いと認識されないのだが、それが熱という形で現れた途端病人として扱われるようにあんる。ウイルスや風邪、まあその他いろんな理由はあるが、やっぱ熱ってのがキーなんだよな。


 ──アッシュ……おい……アッシュ……


 例えばこの頭の中で響く鈍痛は、一体何が要因で齎されているのか。

 いやぁ皆目見当もつかんね。

 魔力操作は出来るが、それ以外のことが何もできん。


「──アッシュ! 大丈夫か?」

「……あ、師。おはようございます?」

「……何を言ってるんだお前は。さっき食事も済ませただろう」


 ……あ、あー。

 そうだったわ。

 昨日の騒動が落ち着いて、寝て起きて飯食って、いつも通り鍛錬だ、と師に言われてはじめて数十分。


 なんとなく、いつもより深く潜れるような気がして魔力に意識を集中させた。己の体の中にある魔力に話しかけるように、いや、違うな。なんていうか……乗り込むっていうか。

 俺の一部分でしかない魔力に自分を預けるような感じで、どぷんと。


「魔力に溶け込む、か……」


 俺の話を聞いて、師は考え込むように顎に手を当てた。

 美人は何しても絵になるな。

 前世の俺がやったら厨二病の抜けてないおっさん扱いされること間違いなしだ。

 闇の炎に抱かれて消えろ! 

 あ!? 

 待てよ。

 今冷静に思ったが、もしかして闇と火の適性があったら黒炎とか出来たんじゃね!? 


 うっっっっっわもったいな!! 

 やりてェ〜〜! 闇の炎生み出して「なんなの、あれは……!?」みたいなムーブしてぇ〜〜! 闇しか使えない雑魚が通りますよっと。


 冗談はここまでにして。

 俺の予想だとおそらく、エレーナに殺されかけたのが要因じゃないかって思うね。


 闇魔法って死に近ければ近いほど強い、みたいな大雑把な概念出してたじゃん? あれだよあれ、完全に。二度死んだとはいえ多少死から遠のいていたのは事実だ。

 おい、この理論で行けば定期的に死にかけないとダメだが? 


「中々聞いたことのない事例だが、嘘をつく理由もない。他には?」

「えーと、手足にこう、暗いものが絡みついてた感じがします」

「……こんな感じのか?」

「うおっ、そ、そうです」


 脈絡なくブワッと部屋の中を漆黒が支配した。

 もちろん犯人は師である。

 師を中心として躊躇いなく放出された魔力は闇へと染まり、床も壁も机も本も、何もかもをその黒で塗り潰して暗黒を作り出した。


「お前の闇適性は計り知れんな……」


 †闇†適正もあります。

 闇に飲まれよ! 

 闇の炎に抱かれて消えろ! 

 闇でしか裁けない原罪つみがある! 

 これが……現代日本の結晶だ! 


「ふへ、そうでしょうか」

「とはいえ、魔力の扱いはド下手だ」

「ふへ、そうでしょうね」

「あぐらをかいている余裕はない。現時点では、エレーナの方が優秀だ」


 そう言うと師は魔法を戻して、元の空間へと変わっていく。


 うむ、変わらない書斎だ。

 俺もそのうちあんな感じで闇を奔らせて遊べるのかね。 

 やっ、やりてぇ……! 

 闇魔法でイキリてぇ……! 

 せっかく異世界を楽しめるようになったんだ(エレーナ関連を処理したため)! 

 満喫してぇよ! 


 ぐるぐる回る魔力を今日も自在に操りながら、俺は今日は歴史の問題を解いていく。


 この国の年表とかそう言うのだね。

 前世で言うところの戦国を今学んでいる最中だ。

 300年くらい前かな? 

 ナジェズダ・フョードロフという闇魔法使いが国の危機を救い中興の祖と謳われるほどに活躍したらしいが、その後突如として裏切りクーデターを扇動。闇魔法使いを率いて過去最大規模の戦いに発展し、その際の小競り合いで国土を周囲の国に奪われたままだとかなんとか。


 闇魔法使いが嫌われる理由って、いろんな要素が積み上がってるんだなぁ。


「師、一つ聞いてもいいですか?」

「どうした?」

「師が闇魔法を究めようと思った時、この国はどんな空気だったんでしょうか」


 俺の言葉にわずかに目を細めてから、師は手を動かすのを一度止めた。


「……悪くはなかった。少なくとも、今よりは」

「え…………」

「闇魔法は時代によって評価が分かれている。それは、その年表からも読み取れるだろう」


 まあ、はい。


「10年前に起きた戦い──300年前の焼き直しだと言われるあれを境に、この国はまた、闇魔法使いという存在に対して忌避感と嫌悪感、何より危惧を覚えるようになった」

「10年前の、戦い……」

「お前の父親が【光の剣聖】と言われるようになった所以でもある」


 まだそこまで進んでないんだよな。

 まだ近代の学習内容まで進んでないから、なんとなくの空気で察することしかできない。アッシュ(5歳)もそんな詳細は把握してないっぽいし、これは自分で学んだ方がいいのかも。


「……いずれ、お前も真実・・に手を触れる時が来る」

「…………はぁ」

「お前ならば大丈夫だと、私は思う」


 そうですか……

 なんか意味深なことを言って、師は言葉を切った。


 う〜ん、異世界らしく何か深いところで色んなことが起きてそうなんだよなぁ。


 だが俺はまだ6歳。

 そんなことも自分で探せるほど力も知恵もなく。

 結論、今は俺にできることをやるしかないのだと悟った。

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