第12話:邂逅
◆◆◆◆
私たちが向かったのは、陶芸家の工房が軒を連ねる一角だった。空気は窯の煙突から立ちのぼる煙で濁り、職人の出で立ちや外見も煤や土で汚れている。港の賑わいとは裏腹で私は驚いた。すれ違う人々はリーシアをじろじろと無遠慮な目で見るが、彼女はそれをとがめることもなく凜としている。
「――骨身を削ってろくろを回し、灯火に目を焼かれつつ絵付けをする。土からやっと作り上げたものが、どうして今さら戻ってくるのか!」
突然、誰かの大声が辺りに響き渡った。地べたに敷かれたむしろの上に、壮年の男が寝そべっている。手足は細くてあばら骨が浮き出、髯は伸び放題の上に体は汚れきっている。
「私たちをあざけっているの?」
明らかに私たちに向けて放たれた暴言に、リーシアは立ち止まって男の方を向く。男はリーシアを睨め付けた。まずいな、と私は思った。了家の娘として、嘲弄されるのは気に食わなかったのだろうか。リーシアが柳眉を逆立てて「無礼者」と言い出すのではないかと私は身構える。
「さあ、どうだろうな」
男は耳の穴をほじりつつはぐらかす。
「了家の小鳥が、老木の枝から商人の懐に飛び込んだか。雛はいつ生まれるのかね?」
男はリーシアが誰か知っているらしい。
「君、私の妻を侮辱する気か」
私はリーシアと男の間に割り込んだ。淘家の商人として、私は時折言われなく中傷されることがある。大抵は無視だ。しかし、リーシアに暴言を吐かれるのは我慢できるようなことではない。
「若造、お前に用などないわ。どけ」
詰め寄る私を男は寝そべったまま、うるさそうに手で追い払う。
「私が何かしたか? 君が絡んできたのだろうが」
そう言うと、男は歯をむき出してどなった。
「お前が陰になって日が遮られるのが分からんのか! 俺たち貧乏人にとって日の光は暖だぞ!」
確かに、私の体の陰になって男に日光は当たっていない。
「……すまない」
そこで「だったら君が動けばいいだろうが」と言うのは簡単だが、それでは売り言葉に買い言葉だ。ますます向こうはわめくだけだろう。私が折れて退くと、男は露骨に鼻を鳴らした。
「ふん。おい、女」
「何かしら?」
顔色一つ変えないリーシアに男はため息をついた。
「ぼさっと突っ立ってないで、少しはない頭を使わんかい」
これ以上の会話は無意味だ。
「行こう」
私はリーシアの耳元で囁いたが、彼女は首を左右に振る。
「いいえ。逃げたって思われたら癪よ」
そう言って、リーシアは男の側にしゃがむ。男は近くに転がっている杯と酒瓶を顎でしゃくった。リーシアは杯を手に取って男に渡し、そこに酒瓶の中身を注いだ。人妻に酌をさせるとは。私は腹立たしかった。
「貧しい者の味方らしいけど、女は下女のように黙って男に仕えていればよい、と考えておいでかしら?」
まるで鋭い棘を隠したバラのように、リーシアは皮肉を口にする。男は金持ちの私たちを揶揄していたが、していることは女性を顎でこき使うような行為だ。およそ君子の仁義には程遠い。それをリーシアはわざと酌という行為で示したのだ。
「ふん。ならば俺もやろうじゃないか」
男は怒るわけでもなく、にやりと笑って後ろに積まれたゴミの山に手を突っ込んだ。
「おい、これをやる」
そこから無造作に取り出した器をリーシアに手渡す。一目見て、その器の出来のよさに私は驚いた。安物の土器ではない。一見すると粗雑なようでいて、荒々しい造りがかえって手に馴染みそうな形状だ。
リーシアが器を受け取ると、男は側の甕の蓋を取り、ひしゃくを突っ込んで中身を器に注いだ。思いのほかよい酒の香りがした。
「いただくわ」
私が止める間もなく、躊躇なくリーシアは中身を干す。興味津々と言うよりは、まるで男の挑戦に意地で応えているようだ。
「……懐かしい味ね」
器から口を離したリーシアはそう呟く。
「遠い故郷を偲ぶところは、俺とお前さんは同じだな」
何がしたいのか分からない男だ。だが、リーシアは戸惑いを表に出す様子はない。
「両人対酌山花開
一杯一杯復一杯
我酔欲眠卿且去
明朝有意抱琴来」
酒についての詩を私がそらんじると、男はくぼんだ眼窩の奥の目を光らせた。
「ほう、淘家の若造も銭ばかり数えてるわけじゃなさそうだな」
しばらくすると、私たちの周りに人だかりができてきた。それもそうだろう。浮浪者に酌をする美人の若妻と、その側で詩を読む夫だ。それに気づいたのか、男は大あくびをしてから立ち上がった。
「もういい。俺は行く。どかんかい」
私を手で押しのけると、男は甕も柄杓も酒瓶も置き去りにして、ひょこひょこと歩いて人ごみに消えていった。
「まるで仙人のようだったな」
私はあっけに取られてそう言う。伝承では深山幽谷にいる仙人も、時には浮浪者に身をやつして下界に降りてくるそうだ。そこで出会った人間に難題を吹っ掛けるとか。
「私たちとつながりが欲しいみたいね」
「どうしてそう思う?」
「だって、これを私に渡したままだもの」
リーシアの手には、あの素晴らしい器があった。
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