第15話:名器・三



◆◆◆◆



 没義道なことならばお断りだったが、フーの提案は至極まっとうなものだった。


「知っての通り、ここの焼き物は安く買い叩かれ、よそでろくな値もつけられずに売られている。なぜだか分かるか?」

「一部の商人が市場を独占しているからだ。よそからここに来る商人が少ないので競争が起こらない」


 私はすぐに答える。


 実際、今回私たちはこの癸州に比較的長くとどまる必要がある。他の場所なら商談を手早くまとめて買い付けに行くのだが、癸州では商売の土台から作っていかなければならない状態だ。よそから商人が来ることがほとんどないらしい。だから地元の商人が安く焼き物を職人から買い上げても、職人たちは買い手を選べない状態だ。


 私は最初にフーと会った時の、職人たちの貧しい様子を思い出す。


「言っておくが、陶工たちの腕は悪くないぞ。原因はつまらん世迷い事さ」


 フーは忌々しそうな顔で吐き捨てる。


「行雲老師とかいう山師が適当なことを抜かしたのさ。『癸州は非常に土地の相が悪い。ここの産物は建物の気流を乱し、気脈を歪め、ひいては富の流入を妨げる』とな」

「よくある話だな」

「山師の言うことも当たらずとも遠からじだ。確かにここの『地脈』には特大のよくないものがあった。でも、そいつは既に移動している。お前さんにしてほしいのは、癸州の悪い噂を取っ払うことだ」


 フーはずいぶんと詳しいことを口にするが、もちろん彼が行雲老師という山師の同類である可能性はある。


「俺のような手合いが何を言おうが、悪い噂を取り除くことはできん。だが、お前さんのような金持ちの商人や、何よりも細君にはできそうな話じゃないかね?」


 フーの頼みに私は腕を組んで考える。


「俺の言ってるのは単なる慈善じゃない。うまくいけば、お前さんは癸州の焼き物を仕入れる際に大いに贔屓してもらえるかもな。悪い話じゃないだろう?」



◆◆◆◆



「ユエン、一つ聞きたいわ」


 フーと別れてロバの背に揺られる私の隣で、リーシアがそう切り出した。


「なんだ?」

「今回の旅で、私はいくらまでなら好きに使える?」

「そうだな……」


 私は自分の予算の全てを含めた額を正直にリーシアに伝える。リーシアは「まあまあね」と言うとしばらく考え込む。


「あなたは、あの器が欲しい?」

「もちろんだ。あれは金を払ってどうにかなる代物ではない」


 私はうなずく。美品や珍品は、単に好事家が大金を積み上げれば買えるものではない。しかるべき経路でしかるべき者から買えるのだ。言わば縁である。私としては、あの器をリーシアと共に使いたいと強く願う。


「それに、この土地が商人たちに嫌われて、陶工たちが貧しい生活を強いられているのは事実のようだ。現状を変えられるのならば変えたいし、そのきっかけになれるのならば面白い」


 よく誤解されるが、淘家は豪商だが悪辣ではない。しかるべき品には、しかるべき額がつけられるべきだ。暴利はもとより陰陽の流れを狂わせ、やがて天に見放される。


「同感ね。歪んだお金の使い方はやがて淀みを生むわ。――了家のような淀みを」


 ふと、リーシアが悲しそうな顔をした。


「リーシア?」

「あ、ごめんなさい」


 すぐに彼女は取り繕う。彼女にとって実家は良い思い出のある場所ではないのだろう。


「ユエン、お願いがあるの」


 改めてリーシアが私に頼むので、私は微笑む。


「君の望みなら、不老不死の秘薬の入手以外は何でも叶えよう」

「そんな御大層なものは欲しくないわ」


 リーシアは苦笑する。


「これから私は愚かな方法で大金を使うわ。一つだけお願い。何があっても、あなたは何も言わずにお金を出して」


 彼女の頼みは拍子抜けするようなものだった。


「なんだ、そんなことか」


 私は笑って承諾した。


「ユエン?」

「私は商人で奢侈は好まない。でも、その前に賢い君の夫だ。私は君を全面的に信じている。どんな風に金を使っても従おう」


 散財をしたいといきなり妻が言ったら、普通夫は嫌な顔をするだろう。しかし、私はリーシアが見栄を張ったり、金をまき散らして憂さを晴らすような愚人でないことをよく知っている。彼女を信頼することなど当然だ。


「よかった。じゃあ、これから私たちは、金に糸目をつけないバカな女と、その言いなりの男ということになるわね」

「君は大変だな。それに比べて私は楽だ」


 正直に私は言う。


「私はいつも通りにしているだけで充分なのだからな。既に私は君の虜だ」


 私はそう言って、妻の肩に頭をわずかに預ける。


「もう、こんな時に変なこと言わないでよ」


 照れたようにリーシアが私の頭を押し返す。


「本心だ。君と一緒にいると、私はどんな時よりも私らしくいられる」


 肩肘張ることなく自然体でいられる妻が側にいることは、私にとって千金に勝る幸福だった。ホアンがロバの手綱を引きつつわざとらしく咳払いをしたが、私は聞こえないふりをした。



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