第11話:比翼
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リーシアが私の商談に秘書として同行するようになってしばらく経った。気の合う友人たちは「新妻を俺たちに自慢するなよ」と笑い、昔からの取引先は一瞬驚くが、やがてリーシアのまったく物怖じしない立ち居振る舞いを賞賛するようになった。やはり彼女は了家の令嬢だ。商談の場にいて当然、という顔でいれば誰も文句は言えなくなる。
淘家の、ひいては私の扱う品は貴金属や宝石だ。武器や道具となる鉄や、建築に用いる石材などと違い、これらは職人によって加工されて美しい装身具や調度品となる。これらを愛するのは権力者の妻女や令嬢だ。そうなると当然、リーシアという女性の視点は大いにありがたい。私も商人としての視点が狭まり、リーシアに助けられることは多々あった。
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その日、私は北東の癸州を視察に訪れていた。ここは昔から良質の陶土が取れ、それらは隣の州の粘土と共に陶磁器となって売られていく。先帝の頃からここには沢山の窯が設けられ、各地から多くの職人が集められていたと聞く。いささかその招集には後ろ暗いものがあったらしいが、港に降りるとそこはなかなかの賑わいだった。
「砂漠をラクダの背に乗ってここまでやって来た香辛料だよ! うちの店以外じゃこんな値じゃ買えないよ!」
「見てご覧、この棗の色艶のよさ! 一つ食べれば仙郷に行けるほどおいしいよ!」
「どうだいこれは! 今朝さばいた羊だよ! 脂がのっていてどこも捨てるところはないぞ! 脳から骨の髄まで全部売ってるぞ!」
港から町へと続く道にはずらりと露店が並び、店主たちは呼び込みに余念がない。
「すごい活気ね」
私の隣のリーシアが周りを興味深そうに見ている。今日のリーシアは髪をまとめ、動きやすい軽装で来ている。人混みの中でも裾を踏まれたり髪飾りをすられたりしない格好だ。しかしそれでも、彼女の美しさは周囲の目に留まるらしい。
「旦那! そこの美人の奥方にこいつはどうだい!?」
果物を売っている露天商が私を手招きする。普段ならば余程関心を引かない限り一瞥で終えるのだが、ついリーシアに言及されるとそちらに足が向いてしまう。昔はこれでも「ユエンの気を引くには船いっぱいの銭が必要らしい」と揶揄されたほど鉄面皮だったのだが、今は見る影もない。
「なんだ?」
「見てくれ! 皇帝陛下のご寵愛を賜る瑪妃もお好きな九門山の紅玉茘枝だ。これを食べれば旦那の奥方も瑪妃に負けず劣らぬお方になるよ!」
私とリーシアは顔を見合わせた。確かに瑪妃は巷では美姫として有名だが……。
「私は今のままの妻で充分すぎるほどだ」
もったいぶって私はそう言う。未見の瑪妃より、今ここにいるリーシアの方が余程美しい。
「あっはっは! お熱いねえ。羽毛も嘴もないけど比翼の鳥じゃないか。羨ましいったらないぜ」
店主が楽しげに笑う一方で、リーシアはすました顔をしている。彼女は美貌を鼻にかけることはないが、かといって謙遜しすぎることもない。
「じゃあ奥方はどうかね? 旦那は既にあんたにぞっこんだけど、美貌は磨けば磨くほどいいもんじゃないかね?」
店主がリーシアに宝石のような茘枝を差し出す。彼女はわざとらしく間を持たせて首を傾げてから、笑顔でうなずいた。
「ええ。一つもらおうかしら」
その言葉を聞いて、店主はこれ見よがしに大声を上げる。
「さすが奥方! やはり美人の好む果実は美人が価値が分かるみたいだ!」
人が集まってきたそこから離れつつ、私はリーシアに尋ねた。
「何か作戦があったのか? リーシア」
リーシアは手の中の茘枝を眺めながら言う。
「特にないわよ。単に気が向いただけ。私だって、軍師みたいに一から十まで計算ずくで動けるわけないもの。あなたがよく知ってるでしょ?」
「はは、そうだったな」
最初に彼女を見たときヤマネコを連想したように、リーシアは気が強い上に案外気まぐれだ。
「口が上手な店主だったな」
ついリーシアに言及されて足を止めてしまい、結局財布の口を緩めることになった。
「私だって綺麗でいたいのは本音よ。まして、あなたがぞっこんになってくれるならね」
いたずらっぽくリーシアが流し目で私を見たので、私は少し顔が熱くなった。
「玉も金も珊瑚も、身体あってのものよ。体は食によって成り立つの」
「粗食に走りすぎず、飽食に溺れすぎず、か」
私はうなずく。仙人のように五穀を断つことはせず、暴飲暴食に耽ることもしない。口で言うのは簡単だが、なかなか実践は難しい。
「中庸も大事だけど、たまには、ね?」
茘枝をちらりと見せるリーシア。
「私としても、君が美しいのは嬉しい」
「四角張った物言いね。でも――ありがとう」
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