電脳魔術



 コリンたちグレートシップスの一行は、〈岩燕〉の本拠地で六対六の対戦を何度も挑んでは、悉く敗れた。


「皆さんの溢れる闘志には、たいへん感服しました」


 他に褒める部分がなかったのだろうな、とグレートシップスの六人は納得する。

 ゲームなら何とかできると思っていた自信を打ち砕かれる、完敗であった。



「皆さんは現実世界で、格闘技や武術などの心得があるのですか?」

 最後に、魂の抜けかかったシルビアが問う。


「いえ、私たちは店舗のオペレーションだけでなく、パフォーマンス集団として音楽やダンス、アート作品の制作なども一緒にやっているので、チームワークだけは負けない自信があります」


 リーダーのリンが笑顔で答えるのを見て、シルビアは絶望的な表情になる。


「ああ。うちはチームワークの悪さだけなら、絶大なる自信があるわ……」


「そんなことはないよ!」

「そうなのだ」


「そもそも、あんたたち二人のせいでしょ!」


「……」

 ニアとエレーナが、不思議そうに顔を見合わせている。


「いやぁ、半分はシルのせいでもあると思うけど……」


「何ですって?!」

「ほらね」


「……」

 シルビアが黙り込んだところで、本日は解散となった。



「で、今日のゲーム大会は、一体何だったの?」


 夜になり、六人は一旦オンタリオの居間に集まった。そして開口一番、シルビアがジュリオに詰め寄る。


「いや、わかるだろ。お前なら、あのゲームの意味が」

 のけ反るジュリオの、歯切れは悪い。


「それよりシル、闘議会だよ。何それ?」

 コリンは、シルビアに向かう。


「じゃ、それも含めてジュリオに説明してもらいましょ」

 シルビアが、今度は逃がさないとばかりに攻めかかる。



「闘議会ってのは、この惑星上の六つの国家が、国家間の紛争解決の最終手段として、一世紀ほど前から導入しているシステムだ」


「それが、三年に一度なの?」


「ああ、そうだ。そしてその方法は、今日やったVRゲームに似た、仮想空間内での戦争だ」


「それが、闘議会……シルは知ってたんだ」


「そうね。ただ私たちには直接関係ないし、闘議会の名も軽々しく口にしてはいけない暗黙の了解があって、実際に各国の出場者選考会が終わり開催日が正式に各国の承認を得て確定してから、初めて公表される。それは大体、開催の直前みたいよ」


「それまでは人前で口に出さないのが、この惑星の慣習だそうだ。それに、過去の闘議会自体の記録も極めて少ない」


「どういうこと?」


「俺たちが恐れていた裏社会だが、実はその頂点にあるのが、闘議会だった。だからこそ、表社会には極力出ないようになっている」


「あくまでも、そういう共通認識というか、舞台設定になっているのよ」

 シルビアがそう結論付ける。


「意味がぜんぜん分かりませーん」

「何のために隠すのだ?」


 ジュリオとシルビアが説明をした結果、余計に混乱した。



「闘議会の舞台は今日俺たちがやったゲームと違い、恐らく俺たちが裏社会と呼ぶあの陰謀論とオカルトの渦巻く、怪しい電脳世界だ」


「えっと、魔法も魔法科学も存在しないけど、代わりにニセ科学と超能力が跋扈するトンデモ世界ってこと?」


 言いながら、コリンは鳥肌が立つのを感じた。すぐにケンも続ける。


「オレたちが傍受した通信に乱れ飛ぶ不穏な動きは、ここの特殊な電脳世界での出来事だった。そこまでは、まぁ理解したよ。だけど、それが何の為なのかが不明だった。で、結局それがどうして国家間の最終的な問題解決の手段になる?」


「シル、助けてくれ」

 ジュリオがシルビアを横目で睨む。


「この星系は、第三惑星と第二惑星がMT崩壊後に戦乱で壊滅して、この第四惑星だけが残った。その後は破滅的な危険な星域のレッテルを貼られて銀河ネットから抹殺されることを恐れて、隠れ住むことを選択したの」


「うん」


「その後も銀河ネットを監視しながらも、そこに発見されぬように隠れ暮らしていたのだけれど、紛争は続いてついに五百年前には再び文明が滅びそうな大きな争いが生まれた」


「それが古戦場の跡だったのか」


「その後も小さな争いは続いたけれど、その頃に今の六か国に分裂して互いに不干渉の条約を結んだ」


「そして約百年前に、紛争解決の手段としてVR世界での決着を考え出した」


「いやだから、それとあのトンデモVR世界との関係がわからない」



 この第四惑星もまた戦乱の歴史があり、それが余計に銀河ネットから孤立する運命を際立てた。


 裏社会で活発な動きのあるニセ科学は、VR世界では正常に機能し魔術のような効果を発揮する超科学となる。


 そして、このVR世界での勝敗により現実世界も評価されるのがこの星の政治となった。


 これこそが、誰一人戦死者の出ない戦争や大量殺戮兵器や陰謀、裏切り、諜報合戦の秘密であった。


 これは五百年前の戦乱が、せっかくテラフォーミングの進んだ地上を焼き払うという大きな代償の末に手に入れた結果の一つである。


 第二、第三惑星のような廃墟にならなかったのは、当時の第四惑星の技術レベルが低く被害が少なかっただけ、との見方もある。


 仮想現実は、同時にこの惑星が鎖国政策を進めるにあたり、銀河ネットワークの監視を逃れるための手段でもあった。


 無駄な戦火を地上に撒き散らし、派手に電波を飛び交わしていれば、自分たちの存在が銀河中に知られてしまう。


 危険な闘争を続けて来た歴史を振り返れば、この惑星ごと抹殺される可能性が高いのではないかと、当時の指導者たちは恐れた。


 そしてそれを隠すため、闘いはバーチャル空間へと転変したのだ。



 その間に、VR世界もまた変転した。表の世界は争いも少なく穏やかになったが、その分だけ人々の闘争と破壊のエネルギーは、仮想世界で花開く。


 その結果、現在のような現実離れしたもう一つの仮想世界が惑星中に広がり、収拾がつかなくなっている。


 ただ一つだけその存在意義を認めるならば、闘議会というゲームの中で平和裏に現実の問題解決をするという、大義名分だった。


 こうして第二惑星メタ・アースの電脳世界は後戻りのできない無法地帯へと進化していったのである。



 ジュリオとシルビアによって続いていた説明が、終わった。


「なるほど」

「バカにもわかったのだ。というか、本当にバカバカしい歴史なのだ」


「今は意外と平和な星なんだね」


「裏世界のガス抜きが効いているうちはいいが、空想と現実の区別ができない阿呆が増えれば、また同じような戦乱の時代に突入する恐れがあるな」

 そうジュリオが締めくくる。



「でさ、結局今日のゲームは一体何だったの?」

 シルビアがもう一度繰り返して、ジュリオに問う。


「えっ、いやだからよ、つまり……」

「つまり……」


「〈岩燕〉の連中は、将来的にこの惑星の鎖国政策を覆したいとの目標を掲げている」

「それで?」


「ああ。それで、俺たちのような擦れていない田舎者を、仲間に引き込みたいのさ」

「本当に?」


「まあ、俺は昨夜話していて、そんな印象を持った」

「つまり、私たちにも闘議会に出場しろってことね」


「いや、まだそんな話は全くしてねえぞ」

「でも、そのために私たちは今日誘われたんじゃないの?」


「そうかもしれないし、単なる好意で田舎者に遊びを教えてくれただけかもしれない。もう少しこの国や惑星全体を調査してみなけりゃな」


 どちらかと言うと、仲間に引き込む価値があるのか試されたというところだろう。ジュリオはシルビアの機嫌を考えて、そこまで言わずに話を変えた。



「僕は、この星が一刻も早く銀河ネットに加われればいいなとは思うけどね」

「オレもだ」

「それは別として、わたしはゲームに参加したい!」


「でも教会がこの惑星の実態を知れば、簡単には容認できないと思うのだ」

「問題はそれだなぁ……」


「気が早いよ、エレーナもジュリオも。ここには精霊魔術師もいないし、転移ゲート装置もないんだよ。銀河ネット圏からここまで100光年以上離れている。行くのも来るのも、表に出せない僕らの船だけだからね」


「ということは、開国論自体がほぼ空想の世界、仮想現実なのだ……」


「今すぐ銀河ネットに向けて通信を送っても、届くのは百年後か。他に何か現実的な施策を用意してるのかな?」


「さあね」


「うーん、さすが陰謀論の星」



 終

  

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