厨二病の星



「俺たちがその闘議会に出るなんてのは、無しだぜ」

 その気になっているメンバーに、ジュリオが釘を刺した。


「私たちは外から来た人間だから、内政干渉はダメよ。ただ、この惑星の実情を慎重に観察して、場合によってはエレーナを通じて教会へ報告することになるかも」

「珍しくシルが順法精神を発揮して……」


 ケンの後頭部にシルビアの鉄拳が炸裂し、言葉は途中でかき消えた。


「うう、暴力反対!」

 ケンが頭を抱えて叫ぶ。


「そうなのだ。この星のように、ゲームで決着を着けるべきなのだ」

「あんたは遊びたいだけでしょ」


「ああ、そうか。闘議会は遊びではないのだ!」

 バカなやり取りの中で、彼らは一番重要な部分に気付いた。


「とにかく例のVR空間や闘議会について、もっと詳しく調べなければな」



 そこで翌日はホテルの部屋から正式なIDでネットにログインして、各自が思うままに情報の海を泳いでみた。


 好きなゲームを見つけたらそれだけを一日中やっていたい、という役立たずを含めて、自由時間としている。


「困った時には躊躇せずに専用端末でアイオスを呼び出し、助言を乞うこと」

 始める前に、ケンがそう付け加えた。


 専用端末とはGS(グレートシップス)乗組員に支給されている指輪やブレスレットを意味する。


 この惑星用に改造した端末はホテルのネットワーク接続に限定して使用し、接続用のIDは、シルビアが用意した西欧国のものを使う。


 ちなみに、この惑星で言う国の概念は、独立した行政区といった程度の認識に過ぎない。この大陸全体が、一つの惑星政府を作っている。だから国家間の移動も移住も、自由だった。


 そもそもネットワーク内での交流が主となれば、大陸のどこに暮らしているかはそれほど重要でない。


 多くの住民が、ログアウトすることなく24時間ネットに繋がったまま暮らしている惑星なのだ。


 特殊なVR用の機器がなくとも、この惑星の汎用端末は簡易的なVR空間を演出可能だ。


 この惑星の住民の多くが利用している簡単な体内埋め込み型デバイスを利用すれば、より深度のあるVR体験が可能だが、銀河ネットでは違法とされる医療行為に該当するため、エレーナが許さない。


 銀河ネットのナノマシンとこの惑星の生体チップ技術が融合すれば、かなり高度な技術に発展するだろうとケンは言うが、残念ながらそれを教会が許可するとは思えない。


 広いVR空間の中に多くの会員専用コンテンツがあり、先ずはそこへ登録することから始める。


 シルビアがやっているような不法な侵入では、どの程度正しい情報なのかを見誤る。その結果、怪しいインチキ情報を本物と勘違いしたのが今回の失敗だ。


 まさか狂人の妄想のような情報が、これ程まで厳重に秘匿されているとは夢にも思わなかった。



 例えば、この中原国の中枢を担う行政機関の上層部が作る秘密クラブがある。


 それは厳重に隠されていて、シルビアが不正侵入しなければ、存在自体がメンバー以外に知られていなかった。


 実在の、地下深くに隠されたクラブハウスに集まった男女は、将来自分たちの立場を脅かす可能性のある優秀な部下を排除すべく、様々な陰謀を巡らせている。


 そこで使われるのは、個人の秘密を探るスパイAIではなく、古の邪神の呪いや超能力による未来予知だとかの意味不明な能力である。


 同様に、部下たちも上司を追い落とすための策略を練るために、VR空間内に秘密の会議室を持っている。


 中身は、役人が部下や上司の悪口を言いながら楽しく酒を飲んでいるようなものなのだ。


 そこで重々しく話し合われた内容が現実を変えることは一切なく、その内部だけで完結している。


 実に不毛な行為だが、ストレスの解消には有効な手段のだろう。



 一般人が普通に会員になれる、もっとオープンな組織もある。


 悪魔を召喚する儀式とか、邪眼による古代遺物の鑑定だとか、異星人との交信による未知の物理法則の発見だとか、並行世界からの旅人との懇親会やら、別次元への回廊の発見だとか。


 数え上げれば、きりがない。


 その頂点に、謎の討議会が君臨している。



「つまりあのドロドロの戦いは、全ておとぎ話の中だったってこと?」


 しかし、それだけではない。


「現実に、闘議会で勝利した街が栄え、負けた国の人口が減っていたりする」


「何らかの形で、あの闘議会という名の戦争ゲームが現実とリンクしている可能性が高いんだよ」


「それが、コリンの見た西欧の街に残る戦禍の跡地ってこと?」


「もしかしたらあれは闘議会のルールで、ゲーム内で起きた通りに後から街を破壊したのかもしれない……」


「その考えはあまりにも狂っていて、楽しいな」

 ジュリオは何故か大喜びだ。



「それにしても、シルとアイオスがこれだけ調べてもその狂った仕組みが表に出てこないのは、どういうわけだろう?」

 コリンが珍しく渋い顔をしている。


「私たちの常識を超えたこの惑星特有の常識というか、共通認識みたいなものがあって、住民は当然のように現実と区別できているんでしょうね」


「でも闘議会の秘密は、何故ここまで厳重に隠されている?」


「それはやはり、闘議会がそれだけ重要で権威のある政策決定機関だからじゃない?」

 シルビアはそう言いながら、自分も納得していない。


「過去の闘議会の記録とか、内容の詳細がどこかに保管されているのでしょうが、まだ見つからないわ。それどころか、〈岩燕〉の人たちが言っていた今年の討議会の開催要項すら、まだ不明なの」


「闘議会自体が、ペテンなのか?」


「その可能性もあるけど、確かにネット上では闘議会というキーワードが最近増えていて、それなりに話題になっているの」


「どんな話題なの?」

「それが……見てみる?」


 シルビアが、空間スクリーンに幾つかの会議室やサロンのようなVRログを表示した。



「これは、三年前に行われた討議会出場者たちの、祝勝会とか反省会のようなものなのか?」


「でも、内容が……」


「これは、東亜のチームか? 北原ほくげんの城壁に迫っていた戦闘部隊が、城塞の特殊能力者チームの召喚した流星により壊滅した、だって?」


「どんなゲームをやっているのだ?」


「オレたちのやったゲームはまるで違うものだったぞ」


「そう。でもその北原側の書き込みには、流星とかの記述は一切出て来ないの」


「どういうことだ?」

「さあ」


 これでは幾ら調べてみても、混乱が増すばかりである。


「これは全部、何かの暗号とかじゃないの?」


「アイオスにも解けない暗号?」


「その可能性は否定できません」

 アイオスが律義に回答する。



「で、最終的にどこが勝ってどこが負けて、どんな紛争が解決してどんな政策が決められたの?」


「だから、このログを見て、コリンにはそれが理解できる?」

「いや、無理みたい……」


「これは、何のための戦いなのだ?」

「やはり闘議会自体が架空の、トンデモ空間での絵空事なのか?」



「全ての国というか、城塞都市を見て回る必要があるな」

「それに、このVR空間の秘密も調べないと」


「オレたちも今後に備えて、もっとあの空間の中でトレーニングをする必要があるんじゃないのか?」


「一つだけ、はっきりしていることがあるの」

 シルビアが、最後に伝える。



「あのVR空間の本体は、恐らく闘議会とそれに関連したゲームを管理する、中原国家が押さえているわ。少なくとも闘議会システムが導入された、この百年間はね」


「それが間違いないのなら、本当に〈闘議会〉は存在するんだな?」

 ジュリオが、心底嫌そうな顔をする。


「そうよ。これがハックされればこの惑星の秩序が乱れて、本物の戦争に発展する恐れがあるわ。だから、そこは聖域として守られている」


 これは、シルビアも手が出せない。いや、さすがに、迂闊に手を出さない方がいいだろう。


 シルビア自身がそう言うのだから、間違いないのだろうと皆が納得した。


「だからここの人々は地下に隠れ、秘密のVR世界で色々とこじらせているのか……」

「そんなことしなくても、銀河ネットは探知する気もねぇのにな」

「オレたち銀河ネット側のMT技術を、必要以上に恐れているんだろう」

「面倒な星なのだ」


「でも、ゲームで決着を着けるのはいい考えだと思うよぅ。ね、船長」

「この船には導入しないよ、副船長」

「ちぇっ!」



 終




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