西欧への帰還



 翌日、GS(グレートシップス)の一行は地下街を観光しながら、監視ポッドを設置して歩いた。


 夜には、再び倉庫街にある〈岩燕の巣〉へとやって来た。

 明日にはこの街を出て別の都市へ向かうことを、リンに伝える。


「確かに、皆さんはこの大陸を実際にその目で見て回ることが必要なのですね」


「ええ。仮想空間では得られない体験が、そこに待っていると確信しています」


「美人を前にすると、ジュリオはそういう恥ずかしいセリフを平気で言うのよね」


「目の前にある暑苦しい顔と突き出た腹や加齢臭は、仮想空間内では得られない心躍る体験だとオレも確信しています」


「こら、ガキども、うるさいぞ!」


「もう私も成人したので、ここにガキはいないのだ」



 どこの街からでもVR空間にはアクセス可能なので、また対戦ができるといいですね、と社交辞令なのか本気なのかわからない挨拶を交わし、別れた。


 実際、端末のアドレス交換さえしていれば、どこにいても仮想空間内で会える。


〈岩燕〉が闘議会に求めているものが何なのか。それはまた次の機会にでも聞いてみよう。

 その前に、この大陸を見て回ることが重要だった。



 中原で新たに六人用のキャンピングトレーラーをレンタルし、全員揃って南西へ向かった。


 そこにあるのは、南沙の国だ。そこから反時計回りに南洋、東亜、北原と周り、元の西欧へと戻ることにした。


 主要六ヶ国は、確かにそれぞれがオールドアースにかつて存在した地域の、中世風の都市を模している。



 南沙は北アフリカや中東の乾燥地帯。アラビア調のお城と城下町が広がる。故郷のエランドを思わせるような、砂漠の街であった。


 南洋は海に近い密林と、サンゴ礁の島。比較的温暖な気候と豊かな日照。奇跡的に残された塩湖が、オールドアースの海を少しだけ再現している。


 ただし、そこに住むのは塩分濃度が高い湖水に適応するよう遺伝子改変された特殊な生命だった。


 豊かな緑の中に、高床式の木材を使った壮大な建築が目を引いた。


 東亜は山がちの地形で、森と少ない平地を切り開いた農地の調和が美しい。


 堀と石垣に囲まれた美しい漆喰と瓦屋根の城と、木造家屋の城下町は、狭いが細部まで細工の施された工芸品のような街である。


 北原は、永久凍土の荒れ地と針葉樹の森。西欧と中原を合わせたような、壮大な石造りの宮殿が、平坦な石畳の広場の中央に聳える。



 どこの都市へ行っても、物語で知る暗黒時代と呼ばれた中世の血で血を洗うような闘争とは無縁な穏やかな街で、人々も親切で旅人に大金を吹っ掛ける露天商も、荷物をひったくる泥棒もいない。


 それでいて活気のある楽しい暮らしが営めるのだから、ある種の楽園に近い。


 エランドの砂漠の街でも人々はゆったり楽しく暮らしていたが、あそこには入植以来くすぶる闘争の歴史が裏に隠れていて、いつその闇が噴き出すかわからなかった。


 ハロルドのようなテロリストの活動や内戦の続く岩の大陸など、いつ戦火が拡大するかわからぬ不穏な世界だ。


「この世界は、どうなのだろうか?」

「決まっている。いつ爆発するかわからない爆弾を抱えて、日々を生きているのさ」



 だが過去に起きた悲惨な戦争の記憶が、破滅を辛うじて引き止めていた。


 二つの惑星を壊滅し、絶滅しかけた星域の最後の生き残りが、この冷たい星だ。


 過去の悲惨な歴史は、あらゆるところに悲劇として隠れている。街と街の間には多くの古戦場が、今でも溶けた岩や古代都市の廃墟となり残されている。


 その争いの記憶は、たったの百年ほど前まで延々と続いている。


 この星の住民は、今でも決してそこから目を背けない。


 如何に過酷な試練でも受け入れ、反省し、決して繰り返さぬよう教訓とし、生き続けようとするために、この病んだ星がある。


 ネットワークに垣間見える虚構の裏社会は、過去と現在の禍根を浄化する廃棄物処理場のような場所なのかもしれない。


 真っ赤な血に染まった、呪われた星を生きる人々の、これが生き様だった。



 そして、一同はぐるりと円周を回る旅を終えて、西欧の街へ戻った。


 コリンとシルビアを除く四人にとっては6ヶ国目の城塞都市であり、初めての街だったが。


 長い旅を共にしたレンタルキャビンを返却し、以前に宿泊したホテルの予約を取っていたので、六人は午後早い時間にチェックインした。


 コリンとシルビアは一度オンタリオへ戻り、アイオスと共に情報の整理を行う。

 他の四人は、やっと到達した西欧の街へ、観光に出かけた。


「本当はすぐにハルカに会いに行きたいんだけど、それは明日ね」


 会えば色々と話も弾むだろうけれど、その前にこの大陸の六都市を巡って得た情報の整理をしておく必要を、シルビアは感じていた。


 各都市に設置した監視ポッドや、旅の途中で通信ケーブルのメンテナンス業者に仕掛けた機器などから得た通信データを、毎日アイオスが解析している。


 しかしいくら優秀なAIでも、アイオスの能力は宇宙船団の運行管理に特化されているものだ。



 こういった異質な文明から集積される微細な情報の断片の整理や分析まではどうにか可能だが、そこから導き出す推論や、それに対する様々な影響などの考察を求めるのは、やや荷が重い。


 それこそが、人間のクルーの仕事なのだ。


「AIが人間の仕事を全て代行すると言われていた時代もあったから。良かったね、シルにも仕事があって」


「今迄だって同じじゃないの。みんな私に押し付けて。今回はコリンも手伝ってくれるんでしょ?」


「うん、そのために船に残ったんだからね」


「さて、ではアイオスレポート最初の項目から」


「仮想空間の種類と分布、か」


 惑星ネットの中に中原のメインサーバーを中心に構築された一番大きな仮想空間があって、表向きには制限なく誰でもアクセス可能な場所だ。単純に第四惑星チャンネルを略してC4またはチャンネル4と呼ばれる。


 例えば中原で最初にアクセスしたツーリストインフォメーションなどは、このC4内に設置されている。


 その他にも生活に必要な物品の購入やサービスの依頼や予約、行政機関の手続きや様々な情報発信など、公共のインフラとしての機能がここに凝縮している。


 そこから派生した、C5と呼ばれる、いわゆるサブカルチャーに特化したチャンネルがある。特定個人の集まる多くの趣味的な仮想空間は、このチャンネル5内にアドレスを持つ。



 そしてC4確立以前から第二、第三惑星と繋がっていたC1がある。これは最初期の移住者が惑星の気候改変事業用として主に利用していた、この惑星で最初のネットワークだ。


 C1は今でも軌道に置かれた太陽集光システムやその他の衛星管理など、エネルギーや宇宙開発、今も続く惑星の気候安定化事業など、惑星規模での最重要プロジェクトの基盤として利用されている。


 C1の次に誕生したチャンネル2は民間の情報インフラとして、五百年前の大戦禍を超えて今も生き残っている。


 大きな仮想空間のチャンネルは、このC1、C2、C4、C5の四つである。


 そしてオンタリオが傍受した多くの怪しい会話は、C5内に乱立する中小コミュニティが発信源だった。


 闘議会が行われるのは、惑星共通プラットフォームであるC4内に置かれる特設サイトである。



 問題は、C2であった。何故かこれだけは、実態がよく掴めない。


 一般には逆にして2Cと呼ばれることが多く、2Cは、つまり2チャンネルである。


 C3が事実上存在していないので、C2とC3を合わせた2チャンネル分、という意味であったらしい。


 これは、第四惑星を意味するC4に対して、失われた第二、第三惑星にかつて存在したネットワークを現している、という説がある。


 C2はC1と共にこの惑星で一番古いチャンネルだが、五百年前の大戦以降は荒廃が進んでいる。


 仮想空間内の迷宮、或いは九龍城砦と呼ばれるが、一番有名な呼び名は、〈東洋の魔窟〉だ。



 五百年前の戦乱の時代、今の東亜と南海が手を組み、主に西欧と北原を相手に戦った。その頃から暗躍したのが、東洋の魔窟と呼ばれたC2だった。実はその頃までは並行して密かにC3も運用されていたのではないかという噂もある。


 隣り合った北原と東亜の間は睨み合いが続き、二つの勢力に挟まれた形となった中原と南沙が、激しい戦場となった。


 以来、表社会からC2はフェードアウトして2Cと呼ばれるようになった。今でも裏社会には、2Cの陰が見え隠れする。


 先日岩燕の本拠地でアクセスした仮想空間は、一般的なC4やC5ではなく、その2C内にある、とアイオスのレポートにあった。


 そしてこの西欧でも、ハルカとその兄ミシェルを含む地元の若者が作るチームの本拠地が、同じ2チャンネル内に置かれていることが判明した。



 終



  

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旅する酒場の魔法使い 第二部 アカホシマルオ @yurinchi

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