実験場



 六人が船へ戻った後も、残った探査機は勤勉に周囲の調査を継続している。


 その結果、周囲の広大な地下都市は更に大規模な損傷を受け崩壊しかけており、これ以上の探査は危険と労力に見合わない、無駄な行為に思われた。



 だが、それで目を輝かす者が一人いる。


「ねえ、どうせ廃墟で誰もいないんだからさ、ちょっとくらい魔法をぶっ放してきてもいいよね?」


「あ、そうだ。色々できなかった魔法の実験を、まとめてここでできるよね!」

 ニアの提案に、コリンの目も生き生きとする。


「おい、コリン。普段はブレーキをかける側の人間がそんなに浮き浮きしていたら、オレたち止め難いじゃないか」


「でも、いいんじゃない。あんなクリスタルみたいなのが他にもあるとは思えないし」


「確かに、お宝は望み薄だし、この星には他に誰もいない。銀河ネットは遥か遠いし、壮大な地下実験設備と思えば、周囲に何の影響もないだろ?」


「じゃ、いいのね!」


「明日の朝までに探査機が何も発見できなければ、その情報を元にどこを実験場にするかを決めよう」


「了解~。ねえ、コリン。何からやろうか。実験メニューを一緒に考ようよ!」

「おい、コリン。程々にな……頼むよ!」


「そうよ。この猫娘だけにしたら、何するかわからないんだから。ちゃんと首輪とリードを手離さないでおいてね!」

「わたしはイヌじゃありません!」


「私だって、何かやりたいのだ!」


「あ、じゃ、わたしのマナをエレーナに送ってドカン! ていうのを試してみようか?」

「おお、それはいい考えなのだ」


「コリンは?」

「僕は、ジュリオとシルとケンの協力が欲しいんだけど……」


「この際だから、何でも言って」

「おお」

「もちろん」


「じゃ、教会の禁呪を少し試してみたいんだけど」


「それって、即死とか呪いとか人心操作とか……ヤバい奴じゃねえのか?」

「そんなことは、私が許さないのだ!」


「いやいや、もう少しライトな奴で……」

「おい、ライトな禁呪って?」


「わかったわ。魅了チャームとかね?」


「そ、そういうのならアリかも、なのだ」

「違う!」



 翌日、コリンが収納から出した、重力下でも飛行可能な改造小型ランチにより地下空間を五十キロメートルほど飛行して、アイオスの指定した廃墟へ六人はやって来た。


 万が一天井が崩れてもランチが潰れないよう頑丈なトーチカを土魔法で築いて、そこを拠点兼避難場所とする。



 ニアが以前使った爆裂魔法は、炎と風を圧縮した融合弾だったと本人が説明している。


 砂漠で、トレジャーハンターのトレーラーを爆破した時に使った魔法だ。


 ニアがせかすので先ずは一発撃たせてみて、その後ニアのマナ補充によりエレーナも試し撃ちをした。


 ついでにコリンもその改良版として、土と水を加えて重力により圧縮度を高めた強力な魔法を爆発させる。



 もう一つ、トレジャーハンターが使用していた古代遺物と思われる、光学兵器を再現できないかを試してみる。


 太陽光励起レーザーという古い技術がある。

 収束した太陽光を効率よくレーザー光へ変える純粋科学ピュアサイエンスの単純な仕組みだ。


 エランドでコリンが乗っていた旧式のサンドバギーはこれを利用したエンジンが乗っていた。


 太陽光のない夜間には使えないので後に電動機が主流になったが、太陽光を持て余す砂漠の町では今も大規模な動力源として利用されているし、惑星開拓時代には大活躍した技術だ。


 恐らく、古代の光学兵器も魔法技術MTを利用したレーザー砲なのだろうとコリンは考える。

 それを爆裂魔法の加熱に応用したのが、コリンの魔法だった。


 だが正確にビームを収束して爆裂点に向けるのは、難しい。おかげで何度も爆発を繰り返してしまう。

(これ絶対後でシルに叱られるパターンだよなぁ……)


 それでもコリンは、止めるつもりはない。


 宇宙船の魔導エンジンは、魔法により作った水と高熱による爆発を障壁で効率的に推進力へ変える技術が利用されている。


 高温のプラズマを噴射する魔法とそれを押し返す障壁に重力制御を加えて移動するのならば、その力を攻撃と防御に利用することも簡単だろう。


 コリンはそう考えていた。ガーディアンにも叱られそうな、危険な発想だ。



「そんなことまで試すのか?」

 もう充分だろうと、ジュリオが呆れる。


「うん。でも、いきなりやらかして大失敗ないためにも、こうしてこっそり練習しておかないと、即実戦というのも怖いから」


「まあ、そんな物騒な魔法を使う場面は考えたくもないが、失敗すれば大惨事を招くとなれば、仕方がないのか?」


「よし、ジュリオの許可が出たから、次の段階に行っていいよ」

 コリンがニアにウインクする。


 更に威力の増した爆発が遠く離れた場所で炸裂して地面を揺らす。


 宇宙船の推進力のような、指向性のある爆弾が試されていた。


「この推進力で超高密度の固体弾を発射すれば、すごい破壊力だぞ!」

「おいコリン、魔法の軍事利用は禁止だ!」



「教会が教えていない魔法があることは、気付いているよね」

 コリンが眉を顰めるエレーナに声を掛ける。


「禁忌魔法として、隠しているものがあるのだ」


「ほら、例えば転移魔法がその代表的なものさ」

 ジュリオも、コリンの言いたいことがわかった。


「なるほど。時間転移を禁忌とし、空間転移に限定して使えるように、ゲートを介さないと利用できなくしているんだったか。他にも危険な魔法は使えないように、ということだな」


「でも、禁忌としている魔法の中にも、実用的なものがあるんだ。そしてその中には、表立って禁止していないものもある」


「それは、口に出してはいけないようなヤバいやつなんじゃねえのか?」


「そうでもないよ、例えば僕らが使う認識阻害系の魔法とか、あとは忘却系の魔法なんかも」


「それは、ゴーレムが使っていた奴だな」

「そう。多分、高位の魔術師は密かに使っていると思うけどね」


「だろうな」


「教会の秘密を守るためには、ある程度は仕方がないのだ」

 エレーナも、教会の話になると歯切れが悪い。



「今では宇宙空間で大規模な探知魔法を使う技術がないけど、アイオスにはそれを回避する能力がある」


「つまり、MT喪失以前には、普通に使われていた魔法だということか」


「だから、その対抗手段を私たちは用意しておかないといけないのね」


「そう。教会では教えてくれない大切なこと……それを確認したいんだ。例えば僕が使うマジックキャンセルの発展形とか、それがどんな魔法にどこまで通用するのかとかね……」


 いよいよ、本格的な実験が始まる。



 広大な地下空間に防御シールドと耐性を高めた物理結界を展開する。


 その中で、ニアが爆裂魔法やら高熱源ビーム魔法やら、超高温&超低温による物質破壊魔法など、極端な魔法を存分に試した。


 ニアが有効性を確認した幾つくかの魔法をコリンが試し、二人での魔法研究が進む。


 それ以外にも、本来禁呪とされていた認識阻害や忘却魔法などに代表される精神系の魔法や、コリンの得意とする空間系魔法の確認作業も行う。



 次は、精神や肉体強化魔法に関する発展形。


 嘘を信じさせるような信頼感の向上、逆に憎悪や嫌悪の感情を自分や特定の誰かに向けるヘイト。自然と何かに興味を向ける感情誘導、幻視や幻聴などの幻覚魔法は、催眠術のような効果をもたらす。


 これらの技術的な実験を、非魔法使いである仲間を実験台にして、色々試してみた。


 これは面白かったのだが、本気で取り組めばかなりヤバい魔法である。


 これらの多くはヤバすぎて、遂には見ていたエレーナが切れて怒り狂い、封印されることになったのだが……


「そもそも正確な予知による未来の改変は、過去の改変と同じ禁忌なのだ!」

 教会の活動が正しいことを改めて確認され、何故かエレーナは自慢気だった。


(でもそれって、教会自身のペリルネージュの否定にならないのかな……)

 コリンは首を傾げながらも、何も言わなかった。いやエレーナのドヤ顔の前に、口に出せなかった……



 五感の強化に続く六感、七感の強化、それに体感的な時間加速、減速する能力も、可能な限り試してみた。


 物品や特定の場所に関連する過去の出来事を掘り起こしたり、未来を予測したりする能力は、時空間転移の能力に似ている。


 これもエレーナの言う通り今の教会では、推奨されない力のうちに入る。


 もしかしたら、何らかの形で因果律への影響があるのかもしれない。そうなると色々面倒で、慎重に進める必要がありそうだった。


 よって、これも深入りするのは、別の機会にしようとコリンは思った。



 そして、思考加速による処理力強化は、限定的ながら、かなり効果が高い。


 周囲が一瞬止まっているかのような感覚は、人間でも一流の武芸者やスポーツ選手特有の感覚として古代より伝えられているが、それを意識的に魔法として発動する。


 だがこれも、ある意味時空間転移の能力に近いものがあり、コリンには馴染みのある感覚だ。それに、因果律の乱れを気にするリスクが、幾らか低そうだ。


 一人で黙々と練習するコリンには、相性のいい魔法なのかもしれない。



 そうして、一連の魔法実験は、丸一日をかけて予定していたメニューを全て消化した。



  

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