廃墟
各自に最適化された船外スーツを着用した六人は、再び列を作ってヴォルトのナンバー7ゲートから外に出た。
先ほどの通路の途中から分岐した廊下が新たに出現し、そこだけ洞窟に擬態していない新品の船内通路となっている。
その通路の先に、エアロックが設けられていた。
「オンタリオのエアロックと変わらないな」
先に中を調べたジュリオが、五人を招き入れる。
そこはお馴染み、メンテナンス用簡易エアロックの前室で、主にスーツの着脱をする空間である。
壁面には各種スーツの保管庫が並び、船外活動用の様々なオプションパーツも一通り揃っている。
必要なものは全てオンタリオから持ってきているので、六人は念入りにスーツのチェックをしてエアロックへ入った。
室内の空気が抜けて、いよいよ船外への扉が開く。
扉を出ると、背後にある壁は宇宙船ナイアガラの船体なのだろう。
そこに等間隔に並んだ照明が、前方に広がる暗い地下都市を照らしていた。
そこは、都市というより神殿のような場所だった。
高い天井から太い柱が何本も下がり、広大な空間を支えている。
床の部分は同心円と放射線状に延びる道で区切られ、背の低い建物が並ぶ。
中央にある一番太い柱が何の用途であったのかは不明だが、オールドアースの西洋風の街並みを再現しているのだろう。
その構造からして、中央にそびえる本殿が、この惑星の中心地であった可能性は高い。
しかし広大な地下都市はこの神殿だけでなく、投光器の届かぬ遥か先まで広がっている。
アイオスによると、この惑星の地下都市は、陸地の四分の一を覆っていたらしい。
何故こんな地下に旅客船が埋まっていたかと言えば、かつてここは吹き抜けになった宇宙港の一画で、転移ゲートが使用できなくなった後も、軌道上のステーションとの間をシャトル便が往復していたらしい。
ナイアガラは自力航行で地表と惑星軌道上を往復可能な大型旅客船だったので、きっと惑星からの脱出に利用されていたのだろう。
その吹き抜けの宇宙港が全て埋まるほどの溶岩に覆われているのは、人為的な破壊兵器によるものか、火山の噴火のような自然現象に巻き込まれたのか、不明だ。
とはいえ、どう考えてもこんな場所に溶岩流の痕跡があるのは不自然で、何らかの強力な武器が使用されたのは確実だろう。溶岩流は、そのオマケみたいなものかもしれない。
いずれにしても、船は大きな損害を受け最低限の機能を維持するために自らの船体を変形させ、盾として利用した。
中枢処理装置にも大ダメージを受け、内外の記憶装置も多くが失われた。
しかしそのおかげで、ブリッジの一つとヴォルトを繋ぐ最低限の通路を確保し、千五百年の眠りについたのだ。
現在の銀河ネットではMT崩壊前の情報が乏しく、この惑星の情報はほぼ残っていない。アイオス自身も、ナイアガラが持っていた筈のデータが欠損している以上、ここで何が起きたのか知る由もない。
アイオスの場合はそれ以上に、コリンたち現代人クルーへの情報開示に様々な制限がかけられていることは、間違いない。
とにかくここは宇宙港のある大きな市街なので、惑星の中心地であった可能性は高い。
ケンとジュリオが調整した探査機を送り、地表と空から市街の状況を調査する。
「普通、こういうのは、私たちが外へ出る前にすることなのだ」
エレーナが正論を吐くが、コリンたちにとっては、これが普通だ。
「あのさ、うちの魔導師二人の手に負えない事態がここで起きるって、あんたは想像できる?」
シルビアが、簡潔な回答で黙らせる。
「アイオスも警告していないし、それなら興味本位の見物が正解っていうのが、僕たちの基本スタンスだから」
「大丈夫。この見通し距離なら、わたしでもすぐに転移で逃げられるし」
(やはり、この船の連中の頭の中は、普通に異常なのだ!)
それ以上エレーナが何も言わないのは、決して納得したからではなく、呆れてモノが言えない、という精神状態だったからだ。
コリンたちにとっては、未知の場所の潜在的な危険よりも、銀河ネットの圏外にいる自由や気楽さの方が勝っている。
(でも、連中が過去へ戻った時の慎重さを考えると、この違いは何だろう?)
エレーナは因果律云々というあのよくわからない話を、もう一度考え直してみなければいけないと思うのだった。
調査の結果、この階層の都市跡は恐らくナイアガラを襲ったのと同じ高熱による被害で、人造石や強化コンクリート製の建造物の骨格を残して、ほぼ何も残っていない。
ただし、強固な人工地盤の下にある下層については、今後の調査次第では何か残置物が期待できる、との見解だ。
「よし、じゃ下層への通路を探すとするか」
「空中探査で、ある程度下層の状況もわかって来たぞ」
「通路は?」
「幾つか候補がある。先にドローンで確認してから、クロウラーを向かわせよう」
「ねえねえ、じゃ、道路を歩いてもいいよね!」
「ああ、そうだな。みんなで移動するか。建物は脆くなっている可能性があるから、近寄るなよ」
「よし、行こうぜ」
コリンの防御結界に包まれたまま、全員で都市の廃墟の中へ足を踏み入れる。
船外服のヘッドライトと、バイザーの高感度モニターのお陰で、視界は良好だ。
細かい砂に覆われた広い道路は穴だらけだが、砂の下は硬質で、それなりに歩ける。惑星の重力は、オールドアースと変わらぬ数値だった。
廃墟の中を覗いてみたが、建築物の耐力壁以外はきれいに燃え尽き風化して、何も残っていない。
人の暮らしの痕跡のようなものは、何一つ見ることができなかった。
「こりゃひどいな……」
コリンが呟くと、突然目の前に大型のムーンバギーが現れて、皆が声を上げて驚く。
「さ、これで移動しよう」
「あのね、こういうのを出すときは、事前に言ってよね!」
シルビアの抗議に、みんなが黙って頷いた。
それでも、どこから出したのかとか無粋なことは誰も口にしない。コリンのやることに一々驚いていては、きりがないのだ。
船外服のまま十人以上が乗れる屋根のない八輪バギーに乗り、中心の塔へ向かって走る。
運転は自動で、アイオスが請け負っているようだ。
仮に本殿と呼んだ、中央のひと際太い柱を目指して、バギーは進む。
先行して本殿内部に入ったドローンは、本殿の内部が同様に破壊され尽くしていることを知らせる。
探査の先は、更に地下へと延びる。
本殿地下は入り組んで、次第に蒸発しなかった瓦礫が残るようになった。
逆にそれが災いして、邪魔な瓦礫を避けることに時間を使い、遂にはルートが途絶えた。
そこから先はバギーからクロウラーにスイッチし、瓦礫の隙間に搭載したスパイバグを放ってルートを追う。
コリンたちが本殿に着くころには、バグによるルート探査が進行して、三階層下に本来の設備の姿が僅かに残る空間を発見した。
ドローンの重力・素粒子探査によれば、その下が最下層のはずである。
その最下層が単なる排水ピットなどではなく、金属の機器に囲まれた施設であることも、調査結果からわかっていた。
問題は、そこへ至るルートだ。
バギーを降り、本殿の中へ入る。内部の仕切り壁はかなり残っているが、大雑把な迷路のような感じだ。
角が溶けて半分滑り台のようになっていた危険な階段を下り、行けるところまで行く。
そこから先は、階段を塞いでいる瓦礫をニアとコリンの土魔法で片付けながらルートを開拓し、ついに最下層へと到達した。
そこは広い円形の部屋で、都市機能のコントロールルームだった場所のようだ。
しかし機器は荒れ果て、元の機能が想像できるものは少ない。
しかしその中央の台座に、何か光るものがあった。
「おいコリン、あれって……」
ケンが震える手で指差す先には、バスケットボールサイズの魔導クリスタルと思しき球体がある。
六人が、其の場に無言で駆け寄る。
「これが本当に魔導クリスタルだとしたら、とてつもないお宝よね!」
興奮しているのはシルビアだけで、他は意外と冷静だった。
「罠じゃないの?」
「こんなに何もない廃墟に、罠もクソもないのだ。シルは下心があり過ぎて、心が曇っているのだ」
エレーナの言葉にシルビアは赤面するが、小さな声で反撃した。
「可愛い女の子が、クソとか言わないの!」
「か、可愛い女の子……」
エレーナが自分の両手でヘルメットを挟み、同じように赤面する間に、コリンとニアが、そっと透明な球体に手を触れた。
「マナは空っぽ。それに、機器からも取り外されていて、このままでは利用できないよ」
ニアの判定に、コリンも同意する。
ケンの魔導クリスタル発見以来、二人は回路上のマナの動きを見る機会が増えている。その中で、クリスタルの存在にも慣れて、直接クリスタルにマナをチャージしたり、その逆に放出したりする技術も覚えていた。
「恐らくこの部屋のどこかに、入出力装置があったんだろうね。そこからここへ、わざわざ運んだみたいだ」
MT喪失後かなりの時間、このクリスタルのお陰でこの都市は機能していたのかもしれない。
だがそのマナも空になり、機能が停止した。
「ここを捨てて脱出する際にこれを運ぶことを断念したのか、その前に焼け野原にされたのか……」
ジュリオが独り言のように呟く。
一見電子機器が残っていそうに見えるこの部屋も、重要なパーツは全て剥ぎ取られた後だった。
「人が簡単に運べる重さじゃないぞ。どうすんだ、これ?」
「このままにしては、おけないよぇ」
「とりあえず、ヴォルトへ送っておくよ」
コリンが言い終わらぬうちに、クリスタルは掻き消えた。
「一度戻って、出直すか?」
「そうね」
「なのだ」
「はあ、なんだかなぁ」
何となく、全員の毒気が抜かれて、放心状態になっていた。
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