ナンバー7ゲート



 二日間の休暇から、死んだような目で船に戻って来た二人を、四人は不思議な思いで迎えた。


 ニアならば、大いに興奮して膨大な量のお土産を皆に配りながら、話が止まらないだろう。そう覚悟をしていたのだが。


「で、どうして二人はこんなにしおれているんだ?」

 仕方なく、ジュリオが代表して聞き役となる。


「魔法を使いたい……」

 コリンがぽつりと言う。


「うん、本物の魔法を思い切りぶっ放さないと、気が狂いそう……」

 何てことはない、魔法ゲームへの参加は、かえって本物の魔法を使えないフラストレーションを溜める結果になってしまった。


「じゃ、次の休みにはちょっと冒険してみないか?」

 船に残っていた四人は目くばせをして、二人に微笑む。


「ほら、コリンのお父さんが昔一度開けたっていう、ゲートがあるじゃない?」

 シルビアが切り出した。



 現在ヴォルトから行けるこのオンタリオ以外の唯一の扉は、正体不明のナンバー7ゲートである。


 以前、コリンの父親が子供のころに開いたところ、どこかの洞窟の中に繋がっていたと言っていた場所だ。

 洞窟内は暖かかったので、その時は惑星エランドの赤道大陸イクエイターズの地下だろうと想像した。


 エランドに三つある岩の大陸の地下は、例外なくどこも内戦の続く物騒な国なので、それ以来開けていない、と言っていた。


 だが、今の彼らが考えると、そこが惑星エランドである確率はかなり低そうだ。

 こうして宇宙へ進出した彼らなら、容易に想像できる。


 ナンバー7ゲートはきっと、どこか未知の惑星の地下に繋がっている。そしてそこにはきっと、船団グレートシップスの別の船が、コリンのマナチャージを待っているのだ。



「い、行こう!」

 コリンは興奮して、ニアの手を握る。

 ヴォルトには、00番から12番までの扉が並んでいる。

 この小型レストラン船オンタリオへ続く扉はナンバー06で、上部に緑色のランプが点灯している。


 赤い色のランプが点灯するナンバー02扉は現在修復中のスペリオル、つまりエランドの砂の下に眠る、砂丘の底のあった大型旅客船だ。


 そしてもう一つだけ、開閉可能の緑ランプになっている扉がある。それがナンバー07の扉だ。


 コリンは、緑のランプは通行可能な扉で、不点灯はリンク切れだとアイオスから聞いている。つまり、緑ランプの灯るナンバー7扉は、新たな船に接続している転移ゲートに違いない。


 二連休の後に七日間連続で営業し、8日目に店を閉めて静かな星系へと正規のゲートを通り転移した。



 そこから通常空間を移動して、ステルス状態で自由転移フリージャンプを行う。


 オンタリオは、周囲数光年以内に人類の居住惑星のない、空白地帯に留まる。

 これから、この船へ戻れる保証のない冒険へ出発するのだ。


 少し大げさな表現ではあるが、文字通り未知への扉である。どんな危険が待ち構えているのかわからない以上、自然と体は強張る。


 さて、準備はこれで完了した。


 その日の午後、ジュリオが作った味の濃いパスタと、コリンが修行時代に作ったらしい甘すぎるフルーツゼリーを食べ終えたGS(グレートシップス)一同は、コリンを先頭にしてナンバー7の扉を開けた。



 扉を開けるとGSの船ではお馴染みの前室があって、そこには何も置かれていない。

 続いて前室の扉を開くと、確かにむっとした熱気に包まれる。気温は33度。昼間の砂漠に比べれば、涼しげに感じるだろう。


 緑のランプが点灯しているということは、外敵や生存環境の心配がなく、危険が排除されていることを意味している。


 しかし、先には岩を削ったトンネル状の通路が続いていて、階段もエレベーターも見当たらなかった。

 念のために身に着けているプロテクターのヘッドライトを頼りに、通路を進む。


 今回は、六人が一列になって歩いている。

 やがて、廊下状の通路が一つの小部屋に突き当たった。


 小部屋の壁面には、お馴染みの操作パネルが光っていた。

「おお、あったな」


「やはりここは宇宙船の中なのだな」

「コリン、早くマナを充填して」

「うん、じゃ、やってみるよ」



 そうしてコリンが右手をパネルに当てると、青い光がパネル全体に広がり、マナの充填率がカウントされた。


「マナ充填率100%。本船は船団グレートシップスの大型旅客船二号艦ナイアガラ。本船はアイドリング状態を維持し、システムを再起動します。よろしいですか?」

「YES」


「システムの再起動に成功いたしました。新しいバージョンがあります。システムを更新しますか?」

「いいから、アイオスの好きなようにやってくれ」


「承知しました。小型レストラン船オンタリオのデータを基に、システムは最新の状態に上書きされます。元のデータを保存しますか?」

「YES」


「システムは異常なく更新されました。本船はコリン様を艦長とし、ニア様を副艦長と認め、艦の修復作業に入ります。その前に、ヴォルトと艦橋ブリッジその他現在利用可能な生活空間を開放しますか?」

「YES」


「保存された艦橋の一部を開放します」

 すると小部屋の壁面が宇宙船の室内に変化し、艦橋へ続く扉が開かれた。


「本船は、地下都市を覆う冷却固化した溶岩塊と一体化し、惑星都市の廃墟に擬態しています。船を修復し、宇宙船形態に戻るには、およそ9千2百万秒の時間を必要といたします。周辺都市廃墟への多大な影響を考慮する必要がなければ、惑星からの強制離脱も可能です」


「アイオス、この惑星に人類は居住しているのか?」

「地下を含めたこの惑星上に、地球由来の多細胞生物の生存は確認されておりません」


「アイオス、この船の外へは出られるのか?」

「地下都市は惑星表面と同じ環境下にあり、船外作業用スーツの着用が必要です。外部への通路は、3千秒ほどで用意可能です」


「約一時間か。じゃ、一度オンタリオへ帰って、出直そうか」

「そうだな」

「一度戻ろう」


「あ、肝心の、惑星の位置と名前を聞き忘れた!」

「どこだったんだよ、あそこは?」



 オンタリオのブリッジへ戻り、気を取り直して、一時間の休憩の間に、アイオスから詳しい報告を受けた。


 ナイアガラはエランドの砂漠に沈んで修復中のスペリオルと同型艦で、MT喪失時には、とある星系の第三惑星に停泊中だった。


 そこは1500年前のMT崩壊時に銀河ネットワークから隔絶された、失われた星であるらしい。


 現在は、周辺宙域に人類の生存が確認されていない、空白地帯と言われる場所に位置する星系である。

 トレジャーハンターが通常航法で向かうには遠すぎて、詳細な情報は何もない。


「最後に調査が行われたのは、いつだ?」

「MT崩壊の混乱の中で、第三惑星政府から教会宛に、救援不要の通信を受けたのを最後に、以後一度も調査は行われておりません」


「遠隔からの観測は今でも続けているんだろ?」

「特に目ぼしい記録は見つかりません……」


「おい、自ら孤立を選んだということか?」

「通信記録は残っていますが、短い事務連絡だけですね」


「第三惑星政府、ということは、他にも政府があったのね?」

「はい。当時は第二惑星の開拓も進み、移住者が第二惑星政府を名乗っておりましたが、第三惑星政府は正式にこれを承認していませんでした」


「つまり第二惑星は、当時の銀河連合には認められていない惑星政府だったわけだ」

「当然、どちらも今の銀河ネットに加わってはおりません」


「ナイアガラを再起動させたアイオスは、今の第三惑星が地球の生物が居住できない廃墟だと言っていたよな……」

「第二惑星も調査しないとな……」

「期待薄だけどね」



「さて、とりあえず、その第三惑星へもう一度行ってみるか」

 ジュリオが船外活動用の宇宙服の着用を終え、歩き出す。





  

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