テーマパーク



 ニューアースは、オールドアースの自然環境を的確に再現して保存し、しかも自然だけでなく都市や文化、生活様式や歴史的建造物なども再現した、アトラクション惑星である。


 他の似たような惑星が現代的な都市に変貌し、独自の文化を発展させているのに比べると、ここは惑星全体がテーマパークなので、その変化が少ない。


 ただ、惑星全体が遊戯場扱いなので、惑星上だけでなく軌道ステーションでもレストラン船の営業許可が下りず、ただ大金を投じて遊ぶのみだった。



「商売できないって?」

「却下だな」


「いいじゃないか。さあ、遊ぶぞ!」

「早く遊びに行くのだ!」

「たまにはいいか」


「でも僕たち、ヴィクトリアで遊んできたばかりだよ」

「固いこと言うな、コリン」


「ダメだ。俺たちの目的を、忘れるな!」

「ジュリオは真面目過ぎ!」


「目的なんて、あったの?」

「だから、最先端の銀河文明を見に行くんだろ」

「それならやっぱり、ニューアースは却下なのだ!」

「どこでもいいから、遊びに行こうよぅ」



 そんなこんなで、シルビアが調べたトゥルーアースと呼ばれる惑星が、現在銀河の流行の先端を走っている中心地らしい。

 そこで商売をしながら観光も可能な、巨大転移ゲートステーションへ到着した。


「ジュリオは来たことがあるのか?」

「ああ、昔は何度か来たが、その時より拡張されているような気がする……」

 そこは無数の船が停泊するコロニーの港を十倍に拡大したような場所で、とても軌道上の転移ゲートステーションとは思えない大きさだ。


「おい、オレたちこんなところで商売するのかよ……」

 既にケンは怖気づいている。



「いや、小型船の停泊所はもっと奥だから、先へ行こう」

 コリンは港の管理AIとアイオスの交信を確認しつつ、真剣な顔で周囲を警戒する。

 この場合の警戒は、魔法による様々な探知を意味している。


 同時にシルビアも悪い笑顔を浮かべながら、手元の端末を楽しそうに操作していた。

 その内容については、触れない方がいいだろう。


 五百メートルクラスの恒星船がピアノの鍵盤のように並ぶ中、爪の先ほどの黒いレストラン船が進んでいく。

 楽器の長い鍵盤の列が終わると、収穫期を迎えた果樹園のように、鈴なりの果実を抱えた樹木の列が続く。


 次第に小粒になる果実の間に指定された停泊地に、オンタリオは静かに接近する。


 オンタリオの周囲に接岸しているのは、多くが個人所有の外洋船で、ヨットと呼ばれるプレジャーボートの豪華版だ。

 法人所有のビジネス用途の船は、もう少し質素で小さく、さらに奥の停泊所に無数に並んでいた。



「これだけ銀河中の金持ちが来ているんだから、単価を五割り増しくらいで行けるんじゃねえか?」

「ジュリオは甘い。五割り増しじゃなくて、五倍よ!」

「いくら何でも、そりゃねえだろ……」

「でも、停泊料はエランドの七倍だよ……」

「げっ、それなら十倍にするか……」


「よし、じゃあすぐに客用のゲートを登録して、開店準備だよ」

 客室入口の転移ゲートをステーションに登録して繋いでしまえば、船の停泊位置はどこでも全く関係がない。

 最初の三日は様子を見ようと、先ずは恐る恐る五倍の値付けで営業を始めた。その分だけメニューも手探りで、コリンは普段作らないようなものも含めて色々用意してみた。



 そして、すぐ三日目からは、本当に十倍の価格にした。

 それくらいに、この惑星系内では、物価が高い。


 ちょっとステーション内へ遊びに行っただけでも、どの店もコリンたちの相場観の十倍くらいになる。

『カラバ侯爵の城』も、そのくらいの価格で営業しないと不審に思われる。普通の店なら、完全に赤字になってしまうのだ。


 惑星に降りて観光しようと思えば相当の出費を覚悟せねばならない。

 その分だけある程度思い切って稼いでおかないと、堂々と遊ぶこともできない気がする。


 高い停泊料と売り上げにかかる税率以外には、ほぼ人件費しかかからない仕組みの『カラバ侯爵の城』なのだが、仕入れや光熱費などのコストが基本的にゼロに近いこの店でさえ、そんな感じなのだ。


 一般的なの飲食店の利益など、惑星に降りて遊べば一瞬で吹き飛ぶだろう。

 ここでは稼ぐだけ稼いで、他の惑星でその金を使うというのが正解なのだ。


 十倍の価格設定にしてもこの惑星系では比較的安価で、しかも酒も料理も本物で美味いとくれば、連日店には客が押し寄せる。


 元々この店の料理は、ヴォルトの素材を生かしたオールドアース由来の料理が中心である。

 たとえ大昔は庶民の食べ物だったとしても、今ではその多くが、立派に高級料理の範疇に入る。



 四日目からは、メニューも手間のかからない軽い料理を中心に据えて、回転数で勝負する。

 六人でフル回転して毎日営業するのは初めてなので、エレーナにはいい経験になるだろう。


 いつもならステーションの従業員などが客層の中心なのだが、ここトゥルーアースでは、完全に観光客と出張組のビジネスマン相手の商売になっていた。

 一般庶民は、気軽に外食などできない世界なのだ。

 いつものように、一旬二日の定休日でひと月も働くと、そこそこの稼ぎになる。



「明日の休みは、下へ遊びに行くか?」

 早朝に店を閉め、寝る前に六人で軽い朝食をとっている。

『カラバ侯爵の城』は酒場なので、どの惑星でも夕方から翌朝までが通常の営業時間だ。


 店を開く場所ほしと客層により、開店時間が遅くなったり、閉店時間が早くなったりと変化するが、基本的には深夜や早朝までの営業は当たり前だった。


 ジュリオはゲートステーション内にも飽きたので、そろそろ本格的な惑星観光を提案してみた。

 正確に言えば、今夜から明日の朝までの営業が、休みになるのだ。


「私は疲れたから、休みたいのだ……」

 慣れぬ仕事で、エレーナは気力体力、共に削られていた。


「うーん、私もVRで見たからいいかなぁ」

 シルビアは調査と称してネットワーク上で情報を集め過ぎた結果、面倒に思うようになっている。


「オレは、人のいないところで静かに過ごしたい……」

 ケンは連日の接客で人に疲れ、都会に足を踏み入れる勇気がない。



「僕は行くよ!」

「わたしも」

「じゃ、二人で言って来い」

「ジュリオは?」

「おじさんも、お疲れなんですよーだ」

「わーい、デートだね!」

 ここは、ジュリオが気を利かしたというところなのだろう。


 ということで、店は二日休むことにして、コリンとニアは久しぶりに二人で外出する。



「それはいいけどよ。あいつら二人で大丈夫か?」

 心配性のジュリオの隣で、エレーナが歯ぎしりをしている。


「ニアが、回復魔法をかけてくれないのだ……」

「ま、当然ね。あんたには本物の休息が必要よ!」

「そうだ。エレーナはゆっくり寝てろ。あの二人の魔力と体力は底なしだからなぁ」

 そう言われると、もう目を開けているのも辛い。


「では、おやすみなさいなのだ」

 そうして閉店後にみんなで朝食を食べた後、それぞれの部屋へ戻る。



「で、ニアはどうしてここにいるのかな?」

 いつものように昼過ぎに目覚めると、コリンのベッドには、ニアがいる。


「ねえ、コリン。どこへ行くか決まった?」

「ここには、銀河最大のテーマパークがあるんだ」

「それって、ニューアースじゃないの?」

「いや、あそこはオールドアースを再現した惑星だけど、ここのは本当に最先端技術を使って遊べるアミューズメント施設なんだ」


「でっかい遊園地ってこと?」

「そうそう、一か月でも回り切れないほどの数のアトラクションがあるんだって」

「じゃ、二日間遊び倒す?」

「もう、寝る暇もないほど遊ぶぞ!」

「早く行こうっ!」



 二人はトゥルーアースの惑星表面へ降りて、その近代的な首都に驚きつつ、観光案内所で郊外にある、広大なアミューズメント施設内のホテルを予約した。

 施設は大きく四つのエリアに分かれていて、あまりに広いので各エリアに転移ゲートが置かれているほどだ。


 二人はまず、自分の肉体を使うアクション系のエリアへ行ってみた。そこは無数の分岐がある軌道の迷路を一時間以上かけて走破する半自走式ローラーコースターや、地上二千メートルから落下するバンジージャンプなど、非常識なアトラクションがひしめいている。


 中でも異常だったのは、深海スーツと称する与圧されたドライスーツに身を包み、海底洞窟を探索するアトラクションだった。

 途中で遭遇するイベントで推進器を得るまでは、基本的に自力で泳がないと進めない。


「(いくら濡れないドライスーツだって、泳ぎは困るよう……)」

 早くもニアが音を上げる。


 前半は完全に体力勝負のアトラクションで、美しい鍾乳洞を楽しむどころではない。

 ニアはとにかく苦手な泳ぎが嫌で早く終わらせようと、気が狂ったように先へ進んで行く。


「(ニア、待ってよ。ちょっと早過ぎ!)」

 後を追うコリンも、大変だった。


 深夜まで片端から試してへとへとになった二人はホテルで休養し、翌日は目玉のゲームエリアへ転移した。



 朝から広大なフィールド駆け回る、AR系のコンバットゲームに参加して調子に乗った二人は、遂にあのWMW、魔法大戦のエリアへ入った。

 複数の魔法使いが二手に分かれて戦うこのゲームの公式アトラクションは、当日の申込者による抽選で参加が決まる、大人気のコンテンツである。


 二人は運よく同じサイドでの参加が叶い、ゲーム上の魔法を存分に使い戦ったが、あと一歩のところで敗れてしまった。


 基本的にはシナリオの設定通りに進むが、途中のイベントの勝ち負けでストーリーは大きく変化する。分散して戦っていた魔法使いが、最後に集結して集団戦となり、極大魔法の撃ち合いで勝負が決まる。


 最後まで手に汗握る魔法使い同士の戦いが、広大な人工の荒野で繰り広げられた。派手なARエフェクトと立体音響に全身を震わせて、闘いは最高潮に達する。


「(ええっ、もうエンディングなの?)」

「(そうだね、もっとやりたいよ!)」

 ゲーム中でも二人は念話でやり取りができる分だけ有利なのだが、それだけで勝てるほどゲームは甘くない。



 二人の興奮は、当分の間は収まらない。

 しかし、これで二日間の休暇も終わりである。

 まだまだ地上には、数えきれない種類のアトラクションがあるというのに。




  

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