疑惑
コリンが惑星の六大都市のひとつ、「西欧」の内部に仕掛けた多数の探査ユニット(監視ポッドと付属するスパイグバグ)のお陰で、この惑星の状況がかなりわかって来た。
都市で暮らす市民の利用するネットワーク上にある、掲示板や個人的な通信内容からは、確かにこの星が極めて危険な内戦状態にあることを示す表現が多数見られる。
その割に、市民の生活は不思議なほどに穏やかで安定していて、パニックの気配もない。
現在惑星を脅かす一番大きなニュースは、第二惑星と第三惑星で連続して観測された、地殻の変動であった。
二つの惑星付近を通過した巨大隕石の引力が引き起こした、地殻変動やそれに付随する火山活動なのではないか、との憶測がまことしやかに語られているが、様々な陰謀説も数多く流布されている。
曰く、二つの惑星で生き延びた人類が隠れ住み、密かに第四惑星の覇権を狙っている、などだ。
そんな者がいるはずのないことは、オンタリオによる最新の調査結果を知らせるまでもなく、この惑星の住人なら誰でも知っている。
即座に送られた探査機は、マナの痕跡など観測できるはずもない。その情報から得られる結果には何の成果もなく、今も謎に包まれている。
それは、ニアとコリンが実験と称してぶっ放した魔法が原因であると確信しているオンタリオのクルーにとっては、冷や汗ものの状況である。
「しばらくはこのまま情報収集に徹して、惑星潜入の準備をしつつ、機会を待とう」
ジュリオの言うことが、全てだった。
それから五日。
「ねえ、ジュリオ。そろそろ、いいんじゃない?」
我慢を重ねたシルビアが、遂に口火を切った
「ああ。だが、先遣隊はお前とコリンでいいのか?」
シルビアの険しい目が、食卓に並んだクルーを一巡する。
「あ、わたしたちはずっとゲームしていただけだから、やっぱり専門家のシルに行ってもらった方が……」
一番の難関であるニアとエレーナは、既に陥落していた。
「これ以上シルに危険を冒させるのは、もう嫌なんだよなぁ。代わりにオレが行くけど。それが駄目なら、オレも二人に同行させてくれ……」
ケンは、すっかりコリンとシルビアの思惑通りに動かされている。
しかし、シルビアが顔を赤らめながら、言う。
「本当は三人で行きたいところだけど、私たちの船には六人しか乗員がいないわ。その半分が抜けるリスクは、船長としてどうなの、コリン?」
何故か急に自分に振られて、コリンが慌てた。
「そ、そりゃ、ケンの気持ちはよくわかるよ。でも、今回の場合は、僕とシルの二人で行くのが一番効率的で、リスクも低いと思う。ケンには船に残って、サポートをお願いしたいな。何しろ、船に残るメンバーが……」
そう言いながら、コリンはニアとエレーナを、ちらりと見た。
それを見て、ケンも天を仰ぐ。
「ああ、確かにそうだなぁ」
「そう。ほら、私とコリンとで、全く違う視点から観察することも必要だと思うんだ」
「俺も、それでいいと思う。コリンなら、何かあればすぐに転移で逃げられる。二人の方が機動力が高い」
ジュリオが駄目押しして、決まった。
「はあ、良かった。みんなで行く、なんてことにならないで……」
コリンは小さな声で、シルビアに言った。
「あのね、二人でイチャつくんだったら、わたしは許さないからね!」
「……そうなのだ!」
ニアとエレーナが、シルビアを睨む。ニアの地獄耳には、届いてしまったようだ。
「そんなわけないだろっ!」
「ほら、バカ言ってないで、さっさと飯食って、全員で支度を始めるぞ!」
「はいなのだ」
「仕方ないか」
「どうせ、シルの計画はもうできているんだろ?」
「当然」
「じゃ、シルの指揮下で準備を始めるよ」
「役に立たない船長だなぁ」
「いいんだよ、これで」
第四惑星の都市で一般に利用されている共通情報端末の設計情報をシルビアが入手して、ケンがブレスレットの機能を組み込んだモデルを設計した。
それをコリンがヴォルト経由で実体化して、試作品として持ち込む。
最初のテストは、街に入ることだ。
都市近くの藪にランチを隠し、軽微な認識阻害モードで待機させた。そこから徒歩で城門を目指す。
それらしく近隣にある実在の街の住民のIDを作り、友人二人で都市へ遊びにやって来た若者を装う。
二人が並んで歩いていると、石畳の上を走る乗合馬車のようなものがゆっくりと追い越して行く。
これは都市の中を這うように動いていた、箱型の乗り物の大型版というところだ。
違うのは、馬車馬のような無人の牽引装置が前部にあり、速度が増していることだった。
「あれは、どうやって利用するんだろうね?」
「うん。下手にその先で停車して待たれても、ちょっと困るわよね……」
二人の心配をよそに、馬車はそのまま通り過ぎて行った。
門番もいない、城壁の大きな開口部を潜ると、何事もなく門前の広場へ出た。
「入口のセキュリティはどうなっているかわかる?」
「特にアクティブなスキャンはないから、基本的な全周波3D映像と音響くらいかしら」
ここは、北門に当たるらしい。
中央の城はきれいな五角形だが、周囲の城壁は地形に沿って不定形の歪んだ円を描いている。
本物の城塞都市には、門から城へと敵が一直線に進めぬよう、こんなしっかりした道は造らない。どこかのアトラクション施設とは違うのだが、ここはまるで遊園地のようだ。
門の周囲に広がる古い雑然とした街並みが、本来の姿なのだろう。
今は観光ガイドが案内する城のように、この街自体から戦乱の匂いは感じられない。
二人は道を歩いて、目星をつけておいた建物へ向かう。
そこは門前の広場よりも大きな空間で、周囲にはツーリストインフォメーションや博物館、土産物屋、レストランやカフェの集まる場所になっている。
コリンが一人で来た日は風の冷たい夕暮時で、人出も少なかった。今日は比較的天候もよく、朝から広場は人で賑わっていた。
屋台のように店の前で作った食べ物をテイクアウトできる店も並んでいて、シルビアが気になったワッフルのようなお菓子を焼いている店で、買い物をしてみた。
通貨の支払いは銀河共通通貨コルに似た、惑星共通決済システムがある。シルビアの作った二人の口座には、かなりの大金がチャージされている。
これは三日前に匿名性の高いIDを作成した後に、シルビアの持っていたネットワーク防壁技術の一つを売却して得た、正当な利益だと主張している。
シルビアが言うには、ハロルドからプログラムを学び始めた子供の頃に大量に作った習作の一つ、なのだそうだ。あくまでも、本人がそう説明しているだけだが。
彼ら六人のIDについては、念には念を入れて、シルビアが一捻りしてある。
彼らは山奥の遺棄された集落の最後の生き残りで、村のローカルネットと僅かに残された過去のログだけを頼りに育ったことになっている。
彼らを村に縛りつけていた長老たちが次々と亡くなり、子供たち全員が十五歳になったのを機に、ジュリオがどうにか近くの村まで連れ出した。それまで、彼らは他の社会との繋がりを一切持たずに育った。
中年男のジュリオですら村から出たことのない、隠れ里という設定である。
彼らと同じ年頃の二人の少年が、コリンたちの前に並んで買い物をしていた。
二人は売り子の少女に、しきりと話しかけている。
「ねえ、仕事は何時で終わるの?」
「俺たちこの街初めてだから、案内してくれない?」
売り子の少女は慣れたもので、商売用の笑顔で適当に受け流している。
「これって、ナンパじゃない?」
酒場の仕事をしていれば、もっと質の悪い酔っ払いを相手にしなければならず、シルビアもその辺はよくわかっている。
「私たちには、二つください!」
少年たちを遮り前に出て、シルビアが大きな声で注文した。
それに気付いたのか、奥から大柄な男性が出てきて、二人の少年は退散する。
「トッピングは、ベリーの種類が多いのねぇ……コリンはどうする?」
「あ、僕はハニーレモン」
「はい」
売り子の少女は、安心して笑顔を見せた。
「ねえ、このなんとかベリーが五種類もあるけど、どう違うの?」
「上の二つはこの地域の特産です。ちょっと渋めで酸っぱい大人の味で、人気です。あ、でもコンポートじゃなくジャムを選べばもっと甘いですよ」
「あ、じゃ私はその二つのジャムとクリームで」
「ありがとうございます。トッピング大盛りにしておきますね」
「うわぁ、ありがとう」
「お二人は、観光ですか?」
「ええ。ちょうど仕事の休みが取れたので」
「そうですか。今日は暖かくて、いい日ですね。この時間だと、あそこのベンチの日当たりがよくて、風も避けられますよ」
そうして二人は教えてもらったベンチに並んで、ワッフルを食べた。
「ああ、こんな楽しい思いをして、いいんだろうか……」
「いいわけないだろっ!」
シルビアが呟くと、すぐに端末からケンの声が響いた。
「いいじゃないのー」
そう言ってシルビアが、隣のコリン持つワッフルに一口かぶりつく。
「あっ」
コリンが驚き、固まる。
「うん、こっちもいけるわぁ」
「こらーっ、シル。何をしている!」
ニアとエレーナの叫び声が、耳元でワンワンと響いた。
「それにしても、平和ね」
まるで悪いことのように、シルビアが眉を顰める。
「どうなの、戦争の方は?」
「うーん、相変わらずネット上では色々な情報が交錯しているわ。今にもどこかで条約破りの古代兵器が復活して、新たな紛争が始まりそう……」
「それにしては、緊張感がないよね」
「緊張感と言えば、やはりあんたたちの魔法実験のお陰で、惑星外部に対する緊張感はかなり高いわよ」
「火山活動ってことになったんじゃないの?」
「表向きはね。でも専門家は政府に対して、追加の調査を要求しているわ」
「直接、人間が調査に行く技術はあるんだよね?」
「たぶん、資源とか予算とかの問題で、技術はあっても簡単に実行できないみたいね」
「それも、戦乱で国力が疲弊しているからなのかな?」
「牽制し合う幾つかの勢力が、互いに惑星外での活動を抑えているみたいね」
「導火線には、まだ火が点いていないってことなのかな。水面下での諜報合戦みたいなもの?」
「それだけなら、いいんだけど……」
「突然ドカン、となるのは勘弁だよねぇ」
「そうなのよ」
だが、それにしても朝の広場は平和そのもので、ワッフルは甘くて美味だった。
終
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