戦乱の歴史



「次にご覧いただくのは、この西の塔。積み上げた石の中に、一つだけこの城を築いたオレンジ公の家紋が入っているのですが、どこだかわかりますか?」


 コリンの耳に最初に聞こえたのは、リゾート施設の観光案内のような声だった。


 五角形の各頂点にある塔の根元はテラスとなっていて、一部は緑地化されている。

 その土の中に、コリンは監視ポッドを突き差した。


 新型の監視ポッドは目立たぬように短い木の杭を模していて、ヴァンパイアキラーとケンは呼んでいた。


 吸血鬼の心臓に突き刺す木の杭を意識しているのだろうが、悪趣味だ。


「ご存じのように、この城塞は九年前の大戦で大破した旧アーセル城を、更に大きく堅牢に再建したものです」


 観光案内のアナウンスが、この城の歴史を告げている。


 古く見えるが、最近再建されたばかりのようだった。


 だが今は、この規模の城が壊滅するような戦乱があったようには、とても見えない平和な世界だ。



 コリンはそんなことを考えながら、魔法で姿を隠して五か所のテラスを回り、次に中央にある五角形の中庭へ降りた。


 ここにも、十分なマナを持つ庭園があった。



 この惑星を見ると、魔法に対する認識がまるで感じられない。


 精霊魔術師が限られたマナを使う中で最重要視するのは、転移と結界だ。

 だがこの星域にはどこを探しても、転移ゲートも結界も見当たらない。


 コリンとニアにしか見えないマナの光の分布でも、一目瞭然だった。


 普通は、重要な転移ゲートを守るために、必ず周囲に防護結界のマナが見える。

 だが、この星のどこを見回しても、自然の発するぼんやりとしたマナしか見当たらない。


 つまり、この星域は魔法に対して、完全に無防備な世界であった。



 それなら、コリン一人で結界と障壁で身を隠し、転移で移動する限り、危険はないだろう。


 何なら目の前を観光客の団体がぞろぞろ移動していても、見つかるようなことはない。


 そうやって、目に付く限りの街中のマナがありそうな場所へ、木の杭を刺して回った。


「おいコリン、急に増えているこのデータはなんだ?」

 ケンが気付いて、通話を送ってきた。


「うん、今ちょっと監視ポッドを設置中だよ」


「これって、西欧の城塞都市の中じゃね?」

「うん」


「うんって、一人だけなのか?」

「へへ、何なら繁華街でお土産を買って帰ろうか?」


「いい加減なことを言うな。出来るもんならやってみろよ」

「はは。じゃ、またあとでね」


 ケンはジョークだと思っているようだが、コリンは地上にいる限りは安全と見積もっている。


 建物の中や地下の構造物へ侵入するのは、今回のデータを解析してからの方がいいだろう。


 城を囲むこの街の雰囲気は、エランドの砂漠に点在する町に少し似ているな、とコリンは思った。



 街の中央にある小高い丘に建つ城から放射状に石畳の道が伸び、東西南北城壁の門に繋がっている。この辺りも、砂漠の町によく似た造りだ。


 さすがに中世の街と違い石畳の道に馬車は走っていないが、似たような箱型の移動車両がのんびりと動いている。


 車両と言っても、車輪はない。何か地面との摩擦を減らすような機構が箱の底部にあるらしく、低い電子音の唸りを発している。


 磁気浮上式リニアのような大袈裟なシステムではなく、もっとエネルギー効率の良い単純な仕組みに見える。


 路面にも何か細工があり、相互作用で静電式の摩擦軽減とか反発式の浮上機構を造っているのだろうとコリンは想像するが、これはジュリオとケンに見てもらいたい。



 街中にも街路樹や果樹園のような緑地があるので、適当に杭を差しながらコリンは歩いていた。


 気になるのは、城に近い街並みだった。


 城から離れた町が比較的密集して整然とした並びをしているのに対し、城に近い建物ほど、無秩序な散らばり方をしている。


 放射状の大通りから一歩裏道へ入ると、広い庭のある大きな屋敷と、工場で組み立てた四角い箱を積み上げただけのような、団地のような建物が混在する。


 これが約十年前にあったという、戦乱の名残なのだろうか。



 そんな場所に見つけた広い公園というか、歪んだ形の空き地に建つ石の碑文を読んでみると、この殺風景な隙間の土地が、歴史的な大勝利を記念した戦勝記念公園であることがわかる。


 冷たい風が吹き渡る公園には、コリンの他には人の姿もなく、不安になる。


 確かに、そろそろ陽が落ちる時間帯で、ぐっと気温も下がっていた。


 碑文の裏側には、その作戦で犠牲になった戦士たちの名が刻まれている。


 だがその戦勝日は、百年以上も前のものだ。不思議と年号は、銀河標準のLM暦が使われている。


 魔導師が姿を消した年を Lost Magic (Science)元年とした、LM暦だ。今年は1523年なので、碑文にある1413年は110年前ということになる。


 少なくとも百年少し前と九年前とにこの街で、大きな戦争があったということだ。


 城の周囲に広がるこの雑然としたエリアは、今なお続くテロの影響などにより、敢えて正式な復興が見送られているエリアなのかもしれない。



 城から離れると、重厚な建物が増え、古い都市の姿を残していると考えられる。

 街路樹や庭園も多く、高級そうな飲食店なども見られた。


 コリンはそんな場所にも、短距離転移で次々に吸血鬼殺しの木杭を設置して回った。

 最後に、外周の石壁近くのゾーンへ入る。


 そこにも古い町並みが残っているが、城壁に門と物見のある場所には、石畳の広場がある。それ以外の場所は小さな建物が密集し、入り組んだ細い路地が迷路のように広がっている。


 この都市で一番人口密度の高そうなエリアなのだが、その割に生活感が感じられない。人の暮らす臭いがしないのだ。


 まるで、アトラクションの造り物か、ゲームの中の町だ。人ではなくNPCの暮らすエリアのように、コリンは感じた。


 いくら結界で隠れていても、こんな場所へ入るのは嫌な気持ちになる。


 何かの罠なのか、昼間は眠りについているヴァンパイアの住処のような、不気味さがある。


 だが、そんな場所にも、多少はマナの集まる場所があった。


 細長い宿舎のような建物の裏庭には、枯れ井戸の周囲に茂った叢に花が咲き乱れ、蝶が飛んでいる。


 それを見て、コリンはこの星の森では、虫や鳥やネズミなど、小さな生き物すらほんの少ししか見かけなかったことを、思い出した。


 この星の生態系は、壊れかけているような危うさを感じる。


 自然界に小さな虫や小動物の姿が少なく、都市につきものの害虫や害獣さえも見かけない。それはどういう意味なのか。


 自分たちの知らない、科学的な進歩によるものなのか?


 コリンは急いで数か所の小さな緑地に杭を打ち、気味の悪さを抱えたまま、船に戻った。


「長い戦乱によって荒れた大地というのは、こういうものなのかな?」

 気付かぬうちに小声で呟いて、首を捻る。そんな違和感に満ちた大地だった。



「ケン、戻ったよ」


「コリン。まさか、本当に街へ行っていたのか?」

「そのデータを見れば、わかるでしょ」


「そりゃそうだけど……これは、シルとニアが怒るぞぅ!」

「シルはデータの解析をしているんでしょ。どうして気付かないんだろう?」


「まさかこんなことになっているとは思わないから、今は最新のデータを追っていないんだろ。じゃなかったら、大騒ぎになってるぞ」



 そんな話をしているうちに、噂のシルビアがトレーニングルームに入って来た。

「これ、あんたたち二人のやったこと?」


「いや、ケンが心配して、シルにはこれ以上危険な任務をさせたくないって言うから、僕が勝手に一人で行ったんだよ。ああっ、時間がない、僕はそろそろ夕飯の支度をしないと……」


 コリンは一息に言って、厨房へ行くために駆け足で部屋を出て行った。


 それを見送ったシルビアが、ケンに向き直る。

「ケン、コリンが街の中に設置してくれたあんたの探知機、最高よ!」


「お、おう、そうか。それは良かった……」

 喜色満面のシルビアが駆け寄り、ケンに抱きついて喜んでいる。内心では、コリンに大いに感謝しながら。


「お、おい、シル。ちょっと喜び過ぎじゃね?」

「ふふーん。だって、嬉しいんだもーん」


 ケンには、どうしてこんなにシルビアが上機嫌なのか、さっぱりわからない。


 ただ戸惑いながらも、シルビアが喜んでいるならこれでいいのだと、流されている。


「お城の観光ガイド用の通信電波に、ハッキングできたのよ。あと、城壁近くのガードシステムにも、大きな穴を開けたわ。もう、最高!」


 そういうことか、とケンは納得する。


 思った以上に、内部のガードは弱いようだ。

「しかし、これが本当に内戦に明け暮れている国の都市なのか?」


 どうもおかしい。



 ケンもコリンと同じように首を捻りながら、考え込む。


「ねえ、ケン。どうして難しそうな顔をしてるの?」

 そう言われて目を開けると、目の前にシルビアの瞳があり、はっとする。


「近い、近いよ、シル~」

「え、なに、聞こえないー」

 そう言いながら、シルビアが更に顔を寄せる。


 ケンの頬が真っ赤に染まるのを見て、シルビアは自分も急に顔が熱くなるのを感じた。


 今日はこの辺で勘弁してやるか。心の中でそう言って、シルビアはケンから少し離れた。



 終



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