科学



 その夜、町から離れたハイウェイサイドのパーキングで突然行われたディナーパーティには、共同溝の点検作業員が参加していた。


 主に通信関連のインフラ整備を担当している、技術者である。


「そう。街を繋ぐケーブルは大深度地下を走るダークライナーと同じルートを通っているけど、この辺りの小さな町や村を繋いでいるのはもっと浅い共同溝を利用しているだろ。俺たちはそこをずっとぐるぐると廻って点検して歩いてるわけ」


 揃いの作業着を着た三人の男が、ビールに酔っている。


「まったくだ。今日も明日も明後日も、ぐるぐるとね」

「ああ、明日は休暇だけどな」


「こんな何もない場所で休暇?」


「いや、ちょっとしたトラブルで、部品パーツが届くまで一日待たなきゃならないんだ」


「危険な仕事じゃないの?」


「うーん、たまに穴が崩落していたり、季節外れの落雷や豪雨があったりと、技術よりも自然の驚異がねぇ」


 そんな話を聞きながら、コリンとシルビアは目を合わせて悪い笑みを浮かべた。



「それにしても、このベーコンやハムは美味しい!」


 コリンは、ライオネル夫妻の提供してくれた加工食品の味に驚いている。


「そうだろう。うちの店の直営農場で育てた、自慢のハイブリッドポークだからな」


 この惑星で言う加工食品は、コリンの知っている工場生産の人工食材による加工品ではなく、農場で育てた家畜を原料として昔ながらの方法で製造した食品であり、ヴォルトにある食材に引けを取らない。


「近代農業の進歩は、目覚ましいですね」

 コリンは学んだばかりの情報を思い出しながら、言ってみた。


「そうだな。惑星の環境改善はゆっくりだが、地下水路網の発展と共に農業生産は飛躍的に発達した」


 実際、砂漠の惑星と同じように地下水脈に頼った農業には、限界があった。


 そこで長い時間をかけて地下水路を築き中央都市から周辺へと少しずつ延伸しつつ人類の生存圏を広げていった。


 何しろここには地下水路やケーブルを台無しにする、ワームがいないから。



 今では品種改良された飼料専用作物の収量が増え、それを主な栄養源として遺伝子操作された家畜の飼育が、全土に広まりつつある。


 ちなみに、これには銀河ネットワークでは倫理的に禁じられている遺伝子操作などの生化学技術が、数多く使われているようだった。


 だとすれば、この惑星で既に充分な安全性の検証が済んでいる技術については、限定的に銀河ネットワークの人類にも移転できる可能性を含んでいる。


 倫理的な判断は、銀河ネットでは教会が深く関わるデリケートな問題なので、いつかエレーナともきちんと相談しなければ、とコリンは心の中にメモをする。


「シルとケンはその辺の倫理観が怪しいマッドサイエンティストタイプだから、ちょっと怖いんだよなぁ……」

 コリンは自分のことは棚に上げて、そんなことを考えていた。


 自分自身も、つい最近ニアと二人で禁術魔法の実験をして、エレーナのお叱りを受けたばかりだというのに。



「えっ、コリン。何か言った?」

「いや、別に……」


 珍しく、シルビアが少し酔っている。久しぶりに大勢の人と話ができて楽しいのだろう。


「ちょっと、コリン。本当にこれ食べても大丈夫な肉なんでしょうね!」


「アイオスの簡易検査では、肉自体はヴィクトリアで狩ってきたアナコンダやアリゲーター並みに安全らしいよ」


 例え大幅な遺伝子操作をされていても、少なくとも工場生産の合成肉ではないところが、コリンには好感が持てる。


「生きている時の安全性は知らないけど……」

「そんなことは、知りたくもないわ!」


 この惑星ほしの最初の住人は、テラフォーミング作業のために先行移住していた技術者集団だった。


 彼らは作業途上で第二、第三惑星が居住不能となり、まだ過酷な環境にあったこの惑星に取り残された。


 そのせいなのか、今でも生物化学部門の研究が発展し、その分工学系統の技術は弱い。

 実際、彼らの利用している通信技術などは、驚くほどお粗末な代物だとシルビアは言う。



 さて、屋外のディナーに突然参加してくれた技術者たちだが、シルビアにより彼らの身元情報はすぐに調査され、携帯する機器や道具類についてもスパイバグの情報を元にケンとジュリオが解析を始めていた。


 明日一日あればもっと詳細を調べ、例えば通信ケーブルの中継点で使用する機材に偽装した情報収集材料などを作成することができるかもしれない。


 そういった部品をこっそり彼らの持つ備品と交換しておけば、それを使った場所から勝手にデータを引き出せるようになる。


 何しろ魔力という概念のない世界では、絶対に解析できない機器だ。


 特定の場所を狙うのなら、その近くに落雷や土砂崩れなどの災害が起きれば彼らは点検に向かい、特定の部品を交換する場合もあるだろう。



「滅多に大雨なんか降らないこの土地では水害対策なんて重要に考えていないだろうから、狙い目は水に弱いパーツかな」


「うん。コリンの魔法でちょいと局地的な雨でも降らせてやれば、危険を冒して私たちが中継点へ潜入して作業をする手間が全部省けるわね」


 平穏な夕食の集まりで、コリンとシルビアの悪だくみが止まらない。


 彼らの生まれ育ったエランドの砂漠では、水を含むと強酸性の物質を生成する原生藻類であるモス対策のため、防塵防水防蝕機能が必須だった。


 その辺り、この惑星の機器はエランドの屋内用よりも脆弱な造りに見える。


「意外と砂漠の惑星の技術レベルは高かったりして……」

「そうね。もっと自信を持ってもいいかも……」


「いや、シルはほどほどにネ」

「どういう意味よ!」


「いつもシルがニアに言ってるのと同じ意味だよ!」



 この惑星の発達した科学には、がっかりする部分と目を見張る部分とがある。


 MT崩壊以降千五百年の乖離があるとはいえ、この第四惑星上での最初の千年間は地上の環境が厳しすぎて、人類は地下都市で生き延びるのがやっとだった。


 しかも、最初のうちは第二、第三惑星を脱出して来た勢力同士の抗争もあったらしい。


 それでも、戦乱で完全に破壊された二つの惑星よりは、遥かにマシな環境だった。

 その後惑星改造の成果が徐々に表れ、地上に町を築けるまで回復した。


 そして、今度は地上の土地を巡る内乱が始まる。

 人類というのは、どこへ行ってもこのパターンの連続だ。



 現在、地上に残っている古戦場はそのころからのものなので、およそ五百年の歴史がある。


 同時にそのころから、遠い銀河文明の残滓を観測し、新たな文化や技術についての研究を始めたらしい。


 しかし精霊魔術士による魔法技術を復活させるには、既に何もかもが遅すぎた。


 そこで銀河に跋扈する正体不明のMT文明を受け入れることを諦めて、鎖国政策を取ったのだ。


 それから進んだのは、惑星改造と生命科学など、自然科学や医療、化学の分野だった。


 物理、工学関係の発展は遅れ、宇宙開発や人工知能などには力を入れていない。

 この惑星の軌道上に人工物が極端に少ないのは、これらの事情が関与している。



 原野の中でのディナーパーティが終わり解散した後、コリンとシルビアはオンタリオへ転移して、もう一組との情報すり合わせミーティングを行う。


「この惑星上で行われている遺伝子操作や生命改造技術は、私たちの教会にとって許し難い邪悪で危険な技法なのだ」

 エレーナは厳しい表情で言い放つ。


「広い銀河ネットの中でそいつを野放しにしたらとんでもないことになるってのは、俺も理解できる。だがよ、この孤立した惑星の厳しい環境で生き残るためには、やむを得なかった部分もあるんだろうぜ」

 ジュリオは必要悪として、ある程度の理解を示した。


 基本的にニアとエレーナ以外は技術者なので、四人はその辺りについての理解がある。というか、放っておけば彼ら自身が率先してやりかねない危うさを持つ。


 ニアに至っては、そもそも人間としての倫理観をどこまで持ち合わせているかすら疑問だ。

 まあ、そこはコリンが神として君臨してブレーキをかけているので、今までは何とかなっているし、場合によってはコリンよりも強い正義感や倫理観を直観的に発揮するのが、ニアだった。



「今の技術の安全性が検証されれて、きちんとしたガイドラインが設定されれば、銀河ネットの抱える様々な問題の解決にもなるかもしれない」

 ケンはそう言うが、実現性は乏しい。


「例えば、この星で安全性が確認されて流通している品種の遺伝子情報だけでも許認可されれば、新種として銀河中に流通させることは可能だと思うけど……」


 かなりの酒を飲んだ後だが、シルビアは意外とまともな意見を言った。しかしその提案も、ハードルがかなり高そうだ。


「まあ、黙っていても見る人が見れば、明らかに遺伝子レベルで違法改造された不自然な生物だとバレるよなぁ」

 ケンは、今後の課題だな、と小さく呟く。


「ああ。テラフォーミング用に改良された生物相の範囲から大きく逸脱しているのは、はっきりしてる。でもね、安全で美味しいのなら、何とかしたいよね」


 コリンの言葉に、ニアも食いつく。


「そうなの。わたしもあの柔らかくてジューシーなお肉や濃厚なチーズケーキみたいなフルーツとかは、将来この星の重要な輸出品になると思うよ」



 実は既に第四惑星の素材はこの船の食糧庫に大量に貯蔵されていて、その扱いには細心の注意が必要な事態になっていた。


 うっかりすると遺伝子レベルで汚染されたこの船が、銀河ネットの世界へ戻れなくなる可能性すらある。


「この星系の存在が銀河ネットに知られれば、かなりセンセーショナルなニュースになるわよ」

 シルビアが声を潜める。


「上手くやらないと、僕らも一緒に遺伝子汚染地域として封鎖されるかも……」


「ああ、確かにその可能性はあるな」

 ジュリオが深刻な顔で腕を組み、眉を顰める。だが今更ながら、それはもう遅い。


「だ、大丈夫だよね、アイオス?」

 コリンは、アイオスに丸投げ全開だ。


「……」

「何とか言ってよ、アイオス!」



 終


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