超科学
第四惑星の外で傍受していた無線通信の内容には、テロや内戦を伺わせる物騒な言葉が聞こえていた。
それが、惑星に降りてみると人々の暮らしは落ち着き、穏やかで人当たりのいい住民にこれといった不安は見えない。外と内から見る印象が、まるで違うのだった。
では、あの緊張感に満ちた通信の一部は何だったのか。
地上へ降りて詳しく調べてみれば、やはり危険な超兵器の開発や実験に関連する物騒なニュースで溢れていた。
それが自国の技術だけではなく、隣国が密かに開発中の新技術や人体改造による超兵士軍団の噂など、洒落にならないような情報が次々に見つかる。
だが、そのニュースソースを追ってネットの海を辿っていくと、怪しげな噂や陰謀論専門の怪しげなオカルトサイトやら、魔法ではなく超能力と名を変えた古代超科学の存在が浮かび上がる。
古代超科学は間違いなく星系が孤立する以前の、魔導師の存在が元になって神話化されており、現代で言う超能力とは、この世界にも精霊魔術師が存在することを匂わせているのだろう。
ただそれは、遺伝子改変や人体に埋め込む生体素子などの肉体改造に留まらない。
覚醒剤や向精神薬などの危険な薬物を用いる乱暴でクレイジーな超能力開発実験など、目を覆いたくなるように悲惨な開発競争が行われていた形跡がある。
さすがに現在では禁止された技術も数多いが、既に実用化されている技術も残っている。そして今でも、秘匿された研究データにより極秘で違法な開発競争が進行中であるという裏情報も多い。
出所不明の怪しげな研究データが高額で取引されていたり、極秘裏にどこかの国家の科学院がそれを収集したり敢えて拡散したり、といった噂も絶えない。
一見荒涼とした地表と地下の賑わいのコントラスト以上に、この惑星では穏やかな表社会と狂った裏社会との乖離が激しいように感じる。
その違いは、地味な建築や交通、通信や宇宙開発などの物理的な科学技術の遅れに対する、医学生理学などの生命化学系技術の進歩との対比に似ている。
奇妙なことに、この超能力の存在自体が、エレーナの所属する教会の知見や、コリンとニアが実際に身に着けた魔法とは、かなり印象が違う。
というよりも、そんな印象どころでなく、ここで語られている超能力や科学とも呼べないような超常現象は、銀河ネットの常識的な魔法の類とは、全く別の種類の新たな力のようにすら感じる。
それは、どういうことなのだろうか。
国家の保安諜報部門や、逆に危険思想を持つ集団による局地的な襲撃が後を絶たない。しかしそれらの事件は、当局により事故や個人的事情による偶発的な事件として処理されて、巧妙にもみ消されているらしい。
その事実を執拗に追い掘り起こそうとするマスコミは、当局からは事実無根のオカルト記事のレッテルを貼られて事実上黙認されているが、その手の記事に対する大衆の関心は大きく人気も高い。
よって、その多くが本当に嘘八百、という事態でもあるようだ。
これらをドキュメンタリー形式にドラマ化したり、モデルとしてゲーム化したりすることも積極的に行われていて、悲惨な事故やそれを救った特殊部隊の活躍など、様々な形で世間に伝えられている。
史実を元にした創作という位置付であれば、規制の手が届かないようだった。そうして地下社会の実態が娯楽という形で少し遅れて世の中に漏れ出ているのが、この歪んだ惑星社会の形に見える。
「シル、もっと正確な情報は得られないの?」
最近居間として使われることが多いオンタリオのトレーニングルームの片隅で、コリンが頭を抱えている。
「えっと、でもこの手の情報は曖昧さを徹底的に排除すると、何も残らないんだよねぇ……」
「つまり、全部嘘っぱちってことか?」
報告を黙って最後まで聞いていたジュリオも、多少イラついていた。
「いえ、確実に戦闘の傷跡として西欧の都市の中に残っている部分もあったから、まるっきりデタラメでもないのよ」
「だけど単なる事故現場とか、個人的な怨恨による犯罪だとか、そういう可能性だってあるんだろ?」
「だから、情報が多すぎてどれが本当なのかすら不明なのよ。本当にここの行政の記録や報道機関は、酷いものだわ。おかげで、私たちが潜入するのも楽だったけどね」
「つまり、あらゆる情報がノイズである可能性もあると」
「そうね。組織的に何か重大な事実を隠蔽するためにやっているとしか思えない部分もあるわね」
「わたしには、もうシルが何を言っているのかわかりません……」
「同じくなのだ」
「でも、医療技術はすごいわよ」
「ま、きっと数多くの人体実験の輝かしい成果なのだろうな」
「だからといって、全部を陰謀論に結び付けるのは危険よ」
「でも、オレにはシルがそう言っているようにしか聞こえなかったけど」
「うん、言ってた。……でも中原に到着するまでもう少し時間があるから、このまま調査を続けるしかないわね」
「はいはい」
一同の混乱ぶりは、当初の好奇心をすっかり飲み込んで、船酔いのような眩暈を感じさせていた。
数日後、コリンとシルビアはその医療技術の一端に接する機会に恵まれた。
次の目的地に向けて荒野の中のハイウェイを走っていると、キャビンに警告メッセージが流れて速度が落ちた。
この先で、何か緊急事態があったようだ。
そのまま徐行していると、前方に事故現場のAR表示が浮かぶ。
茶色い草原の先にキャビンが三台、路肩に停止していた。そのうち一台が、大きく車体を損傷している。
もう一台は事故車の仲間のようで、似たような流線型のデザインで、まだ走り足りなさそうに、事故車の横でアイドリング中だった。
三台目はコリンたちと同様に偶然通りかかったキャビンのようで、少し離れた場所から、様子を伺っている。
しかし突然、アイドリング中だった流線型のキャビンが、狂ったようにその場で高速旋回を始めると、その勢いのまま急発進した。
その先には、停止中だった三台目のキャビンがいる。最悪の二次災害を引き起こしかねない、衝突コースだった。
「シル、止めるよ!」
コリンは一瞬の判断で土魔法を使い路面を大きく陥没させて、暴走キャビンを強制停止させた。陥没させた穴の中は柔らかな土にしておいたので、被害は大きくないはずだった。
そこへ、巻き込まれそうになったキャビンから男が飛び出て、駆け寄った。
「緊急警報は三分前に発信済みだが、現場で救急対応をするので、手を貸してくれ!」
キャビンから出た一人の中年男が振り向いてコリンたちに言いながら、穴に落ちて停止した車両に近付く。
中には若いカップルが乗っていたが、安全装置に守られて怪我はないようで、キャビンから這い出して来た。
しかし、先に事故を起こしたキャビンの損傷は、もっと深刻らしい。
「救急テントを広げるから、二人を中へ運ぶのを手伝ってくれ」
中年の男にそう言われて、キャビンから脱出した男女とコリンとシルビアが、前方の事故車へ向かう。
五人で、意識のない二人の人間を車内から引きずり出して、三メートル四方程度の大きさの簡易テントの中へ運んだ。
「シル、このテントの事、わかる?」
「かなりの高級品よ。一般の救命キットは人ひとりが入る透明なエアチューブみたいなものだから、こんな大きな物を用意しているのは医療関係者じゃないかしら?」
「僕らの使う救命キットとはずいぶん違うよね」
「この惑星では、ナノマシンはまだ開発されていないの。その代わり再生医療は発達していて、脳の損傷と感染症の予防のための措置が中心みたい。低体温保存により医療機関へ搬送するまでの時間を稼ぐのが目的ね」
「それにしては、ずいぶんと大袈裟なテントだよね」
「待って、コリン。彼が中で何かしてるわ」
横たわった二人の体に厚手のシートを被せると、それがゼリーのように二人の体を包んで広がった。
各種診断情報が中年男の端末に送られているようで、小声で何か指示をしながら空中で指を動かして何か操作をしている。
「あの粘液状のものが、最新の救急診断ツールみたいね」
「あれも何かの生体材料みたいだね」
「うん、きっと診断と生命維持、保存機能が一つになっているんだわ」
「でも全自動じゃなくてかなりの細かい操作をしているよね」
「専門家でないと扱えないような機器なんでしょうね」
「どんな事故かは知らないけど、あの二人は運が良かったみたいだね」
「でも、この人がいなかったら、コリンが治癒魔法で治してしまったんじゃないの? それなら今頃もう元気に飛び跳ねていると思うけど」
「そういう意味では、運がなかったのかもね」
やがて、低空を飛ぶホバーカーのような乗り物が飛来し、テントごと回収して去って行く。
仲間の二人と立ち会った中年男も同乗していってしまったので、後から通りかかった他の車両と一緒に、コリンたちもその場を離れた。
その後二人は、事故原因が路面の陥没にあったと聞いて青くなった。
「それって、後の暴走車を止めたコリンの土魔法でしょ?」
「でも、最初の大きな事故の方は、僕には関係ないよ?」
しかしどうやら事故車両は自動運転機能や警告類のサポートを切っていて、全手動によるスピードチャレンジ中の事故だったと聞いた。
どこの世界にも、こういう人物はいるものだ。
二台目の暴走は、動揺した仲間の操作ミスによるものだったらしい。
「あんたといると、こんなのばっかりよね」
シルビアが、コリンの顔をまじまじと見る。
「海辺の観光地では空から宇宙船が降って来るし、コロニーに行けば太陽フレアに焼かれそうになる……」
「この程度の事故なら、もう驚かないでしょ?」
「はぁ、これからまだまだ何かありそうだもんねぇ……」
「それよりも、コリンが土魔法で陥没させた地面だけど……」
シルビアが、言い辛そうに口を開いた。
「何かまずかった?」
「ええ。あの地下には例の共同溝が走っていてね」
「まさか、ケーブルにダメージが?」
「というか、すっかり全部千切れたわ」
「……」
コリンは黙って頭を抱える。
「きっと今頃、あの作業員のお兄さんたちも大慌てね。でもほら、おかげで雨を降らせたりするような細工も不要になったわね」
(ゴメンナサイ……)
コリンは人の好い技術者たちの顔を思い浮かべ、心の中で謝罪した。
「ところでさっきの救急ホバーカーだけど、低空とはいえ空中を飛ぶ乗り物は珍しいわね」
「うん。この星は重力が弱いけどその分気圧も低くて気流も不安定だから、浮上式の乗り物は低い高度で地表近くを飛ぶ方が効率はいい。だからあのタイプの飛行機体が多いんだと思うよ」
「それにしても、救命機器もあのゼリーみたいな生体材料は凄かったけど、その後の処置は手動だったとは……」
「高度で安価なAIとかは、実用化されていないようだね」
「アイオス、どうだい?」
「はい。処理能力が低い純科学AIが各国に一台ずつ設置されているのが認められますが、既にシルビアによりバックドアが仕掛けられていますので、問題ないかと」
「バックドア?」
「いや、バックドアというより、正面玄関から堂々と入れたけどね」
「シル、頼むから自重してくれよ……」
「まだ手を付けただけで、何もしていないし、これからもするつもりはないわよ。あくまでも、保険としてね」
「保険ねぇ……それは地雷って言うんじゃないの?」
「でも、この惑星はその六台のAIに支配されているような世界じゃないわよ。あくまでもそれは高度な科学的な計算や予測を目的として限定的に用いられているだけ」
「つまりコロニーの中央処理AIを乗っ取るようなのとは違うと言いたいのかな?」
「そうそう。そんなに大したことないの。この惑星ならそのうちきっと、すごい生体チップを使った高性能なマシンが開発されるでしょうね」
「なるほど。今は発展途上か」
「そう。そっちは少しも怖くないわ。それよりも、裏の世界が問題よ」
「裏社会か……」
終
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