六対六



 翌日の午後、ホテルの前で待つ六人の前に、屋根のない大きなキャビンが停まった。

 乗っているのは、昨日出会った黒髪の青年一人である。


「すぐに地下街へ入りますので、屋根のない車で失礼します」

 セシルと名乗った青年がキャビから出て、そう告げた。


 ホテルの地下にも車寄せがあるはずだが、こうして地上の正面玄関に車を着けるのは、アーティストらしい人目を引くやり方だった。



 どやどやと乗り込んだ一行を確認すると、セシルが最後方へ乗り込みキャビンは音もなく動き始めた。


 これも西欧の街で見たのと同じ、路面との摩擦を感じずに滑走する不思議な移動体だった。


 原野のハイウェイを走ったキャンピングトレーラーやキャビンには、高い車台に数多くの樹脂製タイヤが装着されて、それら全体で車体の安定した走行を担っていた。


 しかし障害物の少ない街の中では、この手の車輪の見えない乗り物が多い。


 コリンたちの知っている旧式の騒々しいホバーカーとは一味違う。重力制御技術にしては小型で、制御コントロールも精密すぎる。


 やはり何らかの特殊素材を使った技術なのだろうかと、エンジニアたちは悩んでいた。



 地下へ降りると変化のない車両専用道路で地下街をゆっくりと周回しつつ、階層を下る。


「すぐに着きますから」


 やがて地下六層で、オープンキャビンが左折した。


 地下街の一般道では速度制限が厳しく、幾つかの角を曲がると駐車場の入口へ入った。一番奥にキャビンを停めると、一行は薄暗い建物の中を歩いて今度はエレベーターで更に下へ降りた。


 そこから廊下を歩いて、やっとセシルが一つのドアの前で止まった。


「こちらです。お疲れ様でした」

 そう言って扉を開くと、明るい室内で寛ぐ五人の男女の姿があった。



「やあ。我ら〈岩燕〉の巣へようこそ。」

 リンと呼ばれていた金髪のヴォーカリストが座ったまま片手をあげて挨拶した。


 簡素な室内にはソファーセットが並び、二、三十人が楽に寛げる広さがある。


「昨夜の店も、〈岩燕の巣〉じゃなかったか?」

 ジュリオがそっと指摘する。


「はい。私たちのグループは〈岩燕〉という名で活動しています。ここは、この本拠地の待機所として使っている部屋ですので、適当にみんなの近くへ集まり座ってください」


 セシルに促され、五人が腰を下ろしている隣の席に、コリンたちも当惑しつつも黙って座った。


「早速ですが、昨夜ジュリオさんから皆さんの身の上を伺いました。今でも大陸には孤立した集落が幾つもあることは各国も承知していますが、何の救済措置も取られていないのが実情です」


 リンが語り始める。


「幸い皆さんは、近隣の西欧都市国家の国籍が再確認されたとのことで、何よりでした。せっかくここ中原まで来られたのですから、私たちにも何か皆さんの力になれないかと考えた末、この拠点でVRゲームを楽しんで戴くことを提案してみました」



 昨夜ジュリオが、カウンターで酔ったふりをして告白した彼ら六人の出自は、このアーティスト集団の興味を引いたようだ。


 何しろその設定は、生まれた時から無人島で暮らしていたような境遇である。


 どんな田舎者でもネットワークに接続せずには暮らせない社会で、そこから切り離されているという状態は、特殊だ。


 それは、銀河ネットから遠く離れ孤立するこの惑星の置かれた環境と、非常によく似ている。


 この惑星の若者がその現実とどう向き合っているのかを知る、絶好のチャンスであった。



「個人所有では最先端のハードウェアが揃っていると聞きました。俺たちも村に残っていた古い機種でローカル対戦を楽しんでいたけど、こんなに早く最新の設備とソフトに触れられるなんて、幸運です。本当にありがとうございます」


 昨夜のうちに、シルビアとケンがこの惑星のゲーム事情並びにこの特殊な施設について、チェックしていた。


「昨夜ジュリオさんから聞いて、皆さんが遊んでいた古いバージョンの機器やソフトを調べてみました」


 そう言われて、コリンたちもハッとする。確かに、得体の知れないこちらの素性の方が、遥かに怪しい。


 どちらかと言えば、自分たちが慎重に調査される側の人間であった。



 しかしそこは抜かりなく、シルビアが実在の骨董品のスペックを入手して、船の中で全員が何度も試している。


 骨董品といえども、その元は数百年前に銀河ネットが熱狂したVRゲームである。現在のWMWの原型となったその基幹システムは、ほぼ同じ物だった。


「思った以上に百年も前のゲームがしっかり作られていたので、びっくりしました」

「そうそう、結構遊べるんだよね」


「驚きもあったけど、百年経ってもこの程度しか進化していない技術には、少しがっかりさせられた部分もあるな。自分で最先端とか言っておいて、少し恥ずかしい……」


「そうね。ゲームバランスとかイベントのシナリオとかは、完全に負けているわね」

 口々に、オールドゲームに対する高評価が語られる。


 コリンたちは新鮮さを失わぬよう、現在この世界で流通しているゲームはプレイしていない。


「良ければ、早速始めましょうか。ニール、頼むよ」


「じゃ、隣の部屋へ行って説明するよ」

 昨夜は店にいなかった、コリンたちと同年代に見える若い茶髪の少年が先に立って歩き始めた。



 奥の部屋には一目でそれとわかる、二十台以上のVRゲーミングコンソールが並んでいた。


(リクライニングチェアやヘルメットとかの付属機器は、砂漠の街のゲーミングステーションで使っていた物によく似ているな)

 コリンは、ニアと二人で砂漠の街を観光しながら旅していた時期を思い出す。


「皆さん、この手の機器の利用は初めてではありませんよね」


「はい。似たようなものが村にもありました。まあ、性能はまるで違うんでしょうけど……」


 ジュリオも恒星船のエンジニアとして銀河を駆け巡っていた際には、エランドよりも数段進んだ機器を利用していた。


 ここに並んでいるのはその形状から、あのゼリー状の謎物質を使わないVR機器のようだった。



「では適当に座って、セッティングしましょう。一人ずつ、介助します」

 先方は、ニールと呼ばれた少年を入れると七人になる。


 ジュリオを先頭に部屋へ散らばった六人は思い思いの席に座ると、介助されて機器を身に着けた。


「では、このコンソール並びにゲームの初期設定と、チュートリアルが連続して開始されます。あとは各自で試してみてください」


 コンソールの調整は簡単で、銀河ネットの静止型のVR機器よりも精度が高いように感じた。


「(ねえ、コリン。これ凄くない?)」


「(うん。身体操作もきっかけだけ動かしてやれば、簡単に同期するね。凄いよ)」


 残念ながら今日は全身スーツを着用していないため、触覚については手足と首から上しか対応していないし、味覚と嗅覚も未対応だ。


 だが上位のアタッチメントを加えれば、全身の触覚と嗅覚までは対応可能らしい。



 アバターの初期設定とチュートリアルが終わると、ゲーム中の街の広場に移動した。


 そこには既に〈岩燕〉のメンバーが集まっていた。


「ゲームの説明にあったように、六人対六人で対戦するのが基本仕様です。各チームの個性や総合力を発揮するためには、本来事前に相談して各キャラのステータスを調整する必要がありますが、今日はこのままで遊んでみましょう」


 リーダーのリンがそう言うが、グレートシップスのメンバーは好き勝手に自分のキャラを造ったら、人に口出しはさせない。きっとどちらでも同じ事になっていただろう。



 初心者にもすぐプレイできるようにゲームシステムは単純化されて、簡単に言えば魔法の無いWMW。中世風の武器で斬り合い殴り合う、六対六の格闘ゲームであった。


 チュートリアルが終わっているので、いきなり六対六の対戦を始める。


 ある程度腕には自信のあったグレートシップス組だが、魔法が使えないというのは絶望的に勝手が違い、ほぼ何もできずに完敗した。


 それから個別のレクチャーを受け何度も再戦したが、一太刀すら浴びせることなく悉く負けた。


 そこでグレートシップスの六人で、一対一のリーグ戦をやってみた。


 これは普段からゲームに慣れているニアとシルビアが圧倒的に強い。次がケンとコリンで、ジュリオとエレーナは少し不満気だ。



「それにしても、皆さんは素晴らしい。このゲームのVR環境は、オールドアースの重力や気圧を忠実に再現しているので、初心者は上手に動くことすら難しいんです。皆さんは古いゲームをやり込んで、それに慣れているのが強みですね」


「そうですよ。とてもネットワークゲームが初めてには見えません。ネット上の仮想空間に慣れた住民でも、ゲーム内の動きと肉体のシンクロには手を焼きますから」


 口々に、賛辞が贈られるが、ボロ負けした六人の意気は低い。


「いや、それだけに、もっといい勝負ができると思ったんだけどなぁ……」

「そう。手も足も出なかったのだ」

「オレたちは井の中の蛙だったのか……」


 コリンは、一部始終をモニターしていたアイオスへ繋いだ。

「(アイオス、これは、例のVR空間と似た設定を利用しているよね)」


「(はい。このゲーム内では物理法則がオールドアースを模した設定になり、超科学や超心理学要素が排除されています。魔法もMTもないWMWですね)」



「いえ、これでも私たちは前回の闘議会の代表で、今年も代表入りを狙っていますから。皆さんはもっと自慢してもいいんですよ」

 落ち込む皆を、リンが慰めてくれた。


「そうそう」


「闘議会?」


「そう、今年は三年に一度の闘議会の年ですよ」


「内緒ですが、この星の未来をかけて新しい勢力が結集しつつあるんです」


「ああ、そうなんですね。今までの私たちには、関わりのないことでしたから」


「あ、そうか。ネット圏外で暮らしていれば、闘議会とも無縁ですねぇ……すみませんでした」


「(コリン、闘議会って何?)」

「(僕も知らないから、シルに任せて適当に聞き流しておいて)」


 聞き覚えのない単語に焦るコリンとニアだが、シルビアが理解していそうなので、任せた方がいい。今更アイオスに聞くまでもないだろう。


「(ふうん。なんだろうねぇ。ゲーム大会なら、私も出たいなぁ)」


「(いや、そんな吞気な物じゃなさそうだよ)」



 終

  

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