鬼門
翌朝、王宮前広場では賑やかな音楽が響き、大きな人だかりができていた。
その中心にいる六人の男女が奏でる音楽は、安っぽい2Dの映像エフェクトを周囲に撒き散らしながら、郷愁を誘い心に染みる厚みを持っている。
そして楽器の音に負けない女性のボーカルは、意味がよくわからないが耳に残る、心地よい響きの歌詞を唄う。
時折聞き取れる幾つかの単語が、聴衆のイマジネーションを掻き立てるのだった。
どこかで聞いたように感じる音楽なのだが、間違いなく初めて聞いたとわかる新鮮な驚きを持つ。だがそれが、オールドアースのポピュラー音楽をベースにしていることは、間違いない。
「これって、いつもやっているんですか?」
取り囲む聴衆の一人にシルビアが声を掛けた。
「いや、最近たまに見るけど、朝だったり夜だったり、特に決まっちゃいないようだな」
「へえ。なんか懐かしい音ですよね」
「おお、若いお嬢ちゃんにもこれがわかるのか。若者に人気のグループらしいが、この音が本当に心に沁みるのは、俺たちみたいにもっと歳を取ってからだと思ってしまう……」
「何か深いところが突き動かされますよね」
「そうだ。遠く失われた過去を、懐かしく優しく思い出させる曲なんだ」
「ジュリオのオカリナも、負けてないと思うよ」
ニアがジュリオの袖を引っ張る。
「はは、そりゃ嬉しいが、ちょっとレベルが違い過ぎるぜ……」
何曲かの演奏が終わるまで、彼らはその場から動けなかった。
その後、王宮内部にある博物館を見学し、午後はハイウェイのような城壁の上をぐるぐると走るループポッドに乗り、街を一周した。
乗り物で長方形の城壁を一周するだけでも、三時間近くの時間が過ぎる。ただ、自動アナウンスと窓のAR表示が面白おかしく案内をしてくれるので、飽きることはない。
続いて水路を巡るゴンドラポッドで、同じように町を巡る。こちらは一時間ほどの行程だった。
地下の探索は翌日にして、その日は特に目に付いた地上の観光スポットを幾つか回ってみた。
「コリンが西欧で見たと言っていたような、新しい戦火の跡とかはないねぇ」
確かに、この街はよく整備されていて、美しく整っている。
王宮のある中心街から外れると小さな家が立ち並ぶ地域もあるが、破壊の痕跡や不自然な空き地などは見なかった。
ただ、四角い街の四隅には倉庫や工場のような施設が並び、人の住まない不気味なエリアがあった。
そこについては、観光客向けの案内は数少ない。
ただ、昼は閑散としているその辺りでも、夜になると賑わう場所があるというのが共通していた。民家が近くにないので、騒げる場所らしい。
「じゃ、今日の晩御飯はそのエリアのどこかへ行こう」
ニアは興味津々である。
「じゃ、あとはいつものように、シルの判断でいいね」
「任されたわ」
「おい、大丈夫なのか?」
「ジュリオは心配性だな。この街はオレたち観光客に危険な場所なんて見つからないだろう?」
「嫌なら若者五人だけで行くけど?」
「いいの? 用心棒が一緒じゃなくて?」
「わかったよ。俺も行くから!」
シルビアがローカルネットの口コミから選んだのは、町の北東角にある倉庫街の一角だった。
街の四隅はここ数年の間に古い倉庫を改装した飲食店街に変化していて、夕方から本格的な営業を始める。
しかも普通の飲食店とは違い、音楽の演奏や演劇、アート作品の展示などを一体化した、新しい娯楽の集積場となっている。
ショッピングは主に地下街が主体だが、大きな音響や派手なライティングが安価な施設で提供できる、貴重なエリアに発展している途中だった。
その中でも一番後発で、これから期待される新しい試みが多い区域が、この北東角の鬼門エリアだった。
「鬼門ねぇ……」
ジュリオは浮かない顔だ。
「まさか、ゴーレムでも出るのかしらね?」
当のシルビアは、全く気にする様子がない。
日が暮れようとする頃、ホテルの前から乗合いキャビンで鬼門エリアへ移動する。
薄暗い倉庫街の入口で降りると、既にリズムの良い音楽が煉瓦の壁に反響していた。
「先ずは、腹ごしらえなのだ!」
先を歩くシルビアとケンの背中に、エレーナが大きな声を掛ける。
「ちゃんとわかってるわよ」
振り向いたシルビアは、右拳の親指を突き上げて、ウインクした。
「う、なんか今日のシルはちょっとカッコいいのだ」
「そうかぁ?」
ジュリオは懐疑的な声を上げるが、ニアに尻を蹴られた。
「おじさんは黙って後ろで用心棒をしていればいいからね」
コリンとエレーナが、堪えきれずに笑う。
ジュリオを落ち着かせるために、比較的静かなメロディの流れるレストランで夕飯を食べてから、本来の目的地へシルビアが誘導する。
そこは三層になった比較的小型の倉庫で、内部にはアップテンポの美しいメロディが流れている。
三層全部が〈岩燕の巣〉という名の店で、各階は独立したスタンディングバーになっており、客の移動も自由のようだった。
三層の一つ一つに趣の違うアート作品が展示され、立体映像や彫刻作品の間でダンサーのパフォーマンスが突然催されるなど、客を驚かせる独自の世界を創っている。
「ねえ、この音楽って朝の広場で演奏していたグループじゃない?」
ニアがシルビアに問いかける。
「あっ、言われてみれば、そうかも……」
シルビアも知らずに来たようだ。
「ということはきっと、朝見た六人組がこの店のデザイナーで、オーナーなのよ!」
「どうりで、リラックスできる」
「うん、いい感じだ」
「俺も、安心した……」
六人がそれぞれドリンクを注文し、三層のうちの好みのアートデザインのフロアへ落ち着いた。
防音の関係か、流れる音楽だけは三層で共通だった。
各フロアの奥にバーカウンターがあり、フロアに展開する作品の間に、丸いテーブルが島のように浮かんでいる。
その島の間を踊るように若いスタッフがトレイを持って移動しながら器を回収し、注文を聞いては運び届けている。
「同じ音楽なのに、層によってこんなに印象が変わるとは、驚きなのだ」
「そうだね。うちの店も、もう少し雰囲気作りを考えた方がいいのかな?」
「コリン、そりゃ無駄だと思うな。どうせオレたちの店の客は酔って騒ぐだけで、音楽や内装は関係ないからな……」
「酷いよ、ケン。そこはせめて、料理が目当てだからと言ってくれないと……」
「おお、まぁ、それもある」
どういうわけか、雪と氷をモチーフにした三層にエレーナとコリンとケンがいる。
火山がモチーフの二層にはニアとシルビアがいて、ジュリオは静かな深海をイメージした落ち着いた一層で、一人ゆっくりとグラスを傾けていた。
二層と三層を行ったり来たりしていた五人が最後に一層へ降りると、入店した時と同じカウンターに寄りかかったジュリオが、熱心にバーテンダーと話している。
カウンターの中には若い店員が何人かいて、コリンには、ジュリオが話している二人の顔にどことなく見覚えがあった。
「ジュリオ、そろそろ帰るわよ」
シルビアは、一層の店内の静けさに合わせた低い声で、ジュリオの背中へ声を投げかけた。
「おお、お前らちょうどいいところへ来た。この人たちの事、わかるか?」
ジュリオに言われてよく見れば、そのフロアにいる店員は全員が、朝の広場で演奏をしていたメンバーだった。
「今朝、王宮前広場で演奏してた人たちだ!」
ニアが叫ぶ。
ジュリオの目の前にいたのは、あの美しい歌声の女性だった。
「そうだ。ちょうど今、朝の六人全員がこのフロアに集まってくれたんだ」
「どうして、このむさくるしいオヤジのところへ集まるのだ?」
エレーナの疑問に、隣に立っていた青年が答える。
「そりゃ、皆さんがここへ戻るのを待っていたんですよ」
「嘘、どうして?」
シルビアは銀のトレイを抱えた、黒髪のボーイを見上げた。
「明日の昼間、一緒にゲームをしませんか、とお誘いしようと」
黒髪のボーイが、そう言った。
「ゲームですって?」
「ええ。皆さんが大好きだと聞いて。丁度こちらも六人ですから、対戦を申し込もうと思ったんですが、ご迷惑でしたか?」
「ジュリオ、どういうこと?」
「街には、大人気のVR対戦ゲームがあるらしい。それも、定数がちょうど六対六なのだと」
「やるのだ!」
「絶対にやる!」
エレーナとニアはやる気満々。勿論、他の四人もゲームは大好きだ。断る理由はない。
「では、明日ホテルまでお迎えに行きますので。楽しみです」
黒髪のボーイがそう言うと、六人は再びそれぞれの持ち場へ散って行った。
朝、その歌と演奏に聞き惚れた路上演奏家は、バーを経営する先鋭的なアーティスト集団で、しかもゲーマーだった。
グループの名は〈岩燕〉。
ここはその巣の一つらしいが、明日招待された場所が、本拠地らしかった。
終
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