第四惑星
「さて、私たちは第四惑星の調査を進めるわよ」
コリンたちが第二惑星の調査をしている間に、船では未知の第四惑星に興味が移る。
「ここからでも、銀河ネットの情報は得られそうなの?」
ケンがシルビアに尋ねる。
「元々銀河ネットの一員だった文明なら、可能でしょうね」
確かにこの星系からでも、銀河ネットから漏れ出る情報を掬い取ることは可能だった。
たとえそれが、100年前に発信された情報であろうと。
「まあ、普通はノイズって呼ぶけどな」
ケンは、アイオスが試しに収集した雑多なデータを見て、うんざりしていた。
人類の生存圏が発する電磁波は宇宙の背景ノイズに埋もれているが、そこにあることを知って観測すれば、傍受は可能だ。
ただその多くは、コロニーや衛星などに付属する制御機器の、自動応答プログラムの一部であったりするので、何の役にも立たない。
そこから偶然拾った言語の欠片をAIが丁寧に集め、パズルのように組み直す作業を続けていれば、それなりにネットニュースの見出し一覧程度の情報を追えるのかもしれない。
ただこの星系から5光年ほどの距離にある太陽が、銀河ネットとの間に立ちはだかる。それは広大な宇宙の中の一点に過ぎないのだが、銀河ネットとの間に立ち塞がる巨大な防壁でもあった。
それと似たことが、ここから第四惑星を観測することに対しても言えた。第四惑星は非常に静かな星で、一見して人類が居住しているようには見えない。
しかしその気になって慎重に観測を進めると、様々な情報の断片が漏れ聞こえてくる。
どうやらこの星系は完全にMTを失っている。だからPS、つまり純粋科学のみで文明を支えているようなのだ。
しかも、小惑星にカモフラージュした大型衛星が幾つかと、小型の静止衛星ネットワークが確認できる以外は、軌道を周回する人工物も少ない。
通信にはタイトビームによる短距離通信が利用されていて、傍受が難しい。
通信に用いられる電磁波は、非常に観測しにくくなっている。
唯一の例外は、軌道に浮かぶ巨大な集光パネルと、そのエネルギーを地上へ送るレーザー装置くらいだろうか。これには、人間の居住モジュールらしき部分も確認できる。
太陽から遠い第四惑星の命綱とも呼べる、重要な施設なのだろう。
ただ、多少は傍受可能な通信は、不穏なものが多い。
使用する言語は、銀河標準語である。
例えば……
「戦況を覆す鍵」
「半壊した小隊の救出」
「地図から消えた町」
「拠点奪回」
「捕虜交換」
「
こんな断片が、目に付いた。
普段銀河ネットでは日常的に聞かない、軍事関連の用語が多い。
どうやら、惑星全土が戦乱の中にあるような、緊迫した雰囲気が伝わる。
少なくとも遠距離からは、惑星上での大規模な戦闘は観測されていない。
しかし、冷戦状態の睨み合いの中での局地的な戦闘やテロの横行なのか、勢力図も何も、不明なままだ。これから接近しての情報収集が必須である。
ただ、緊張状態の中で下手に動いて介入し、事態を悪化させることだけは避けねばならないと、残る四人は改めて話し合った。
「おい、ちょっと待て。第四惑星で動きがあるぞ」
「カムフラージュされた軌道上のステーションから、化学的推進機構を持つ何かが発射された」
「進行方向を解析」
「第二惑星だ。おそらく探査機だろう」
「あいつら何かしたか?」
「三分前に惑星深度地下で地震を観測。地上でも僅かな爆風と高熱反応あり」
「……間違いなく、ニアの魔法だろうな」
「アイオス、すぐ二人に連絡して、証拠隠滅の上、なるはやで戻るように伝えてくれ」
「僕が付いていながら、ごめんなさい。でも、地上の遺構がちょっと崩れただけなんだけどね……」
「へへ、いい感じの縦穴があってね。何もないまま地下深―くまで続いていたの。で、ほら、逆さまの花火みたいに一発だけ撃ち込んでみたんだ。そしたら力が入り過ぎて、ゴメン……」
笑うニアの頬を、シルビアが指でつまんで引っ張る。
「あんたはね、もう少し緊張感を持ちなさいよ。
それを聞いて、コリンとニアが色めきたつ。
「戦争だって?」
「そうよ」
「第四惑星に住んでいるのは、人類なんだよね」
「ああ。古い銀河標準通信プロトコルと、標準言語の通信を傍受しているぞ」
「発射された探査機がこっちへ来るには、まだもう少し時間がかかる」
「わかった。第二惑星では収穫なし。すぐに、第四惑星の近くへ転移しよう」
「ということで、みんないいわね!」
「だから、船長がそう言ってるのに、何でシルが仕切るんだよ」
「ケンは一々うるさいわね」
「ほら、戦争と聞いて、シルビアの野生の血が騒いでいるのだ」
「人を原始人みたいに言わないでっ」
「おい、シル。いいから少し落ち着け」
「もう、ジュリオまでっ。早く行くわよ!」
「はいはい。アイオス、このままステルスモードを維持して、極力第四惑星に接近してくれ」
「承知しました」
オンタリオは、意外と惑星の近くまで接近していた。
「おいおい、大丈夫か?」
「この惑星の文明レベルなら、十分に許容範囲です」
「アイオスも言うなぁ」
「だけど、ニアはおとなしくしていなさいよ」
「なんでわたしだけぇ~?」
シルビアは黙ってまたニアの頬を強くつまんで引っ張る。
「はい、わかりまひたからー」
「あのね、シル」
「なに、コリン」
「それって、ネコには逆効果だから」
「じゃ、あんたがちゃんとしつけなさいよ!」
「シルビアさんには正式に抗議します。わたしはコリンのペットじゃありまへん」
「知ってる。ネコっぽい間抜けな人間なんでしょ」
「うう……」
「いいから、シルビアも落ち着け」
「ほんと、今日はどうなってるんだ?」
「うん。これは、戦争のせいだな」
「そうか。シルビアさんは戦闘民族の血が騒ぐか」
「誰が戦闘民族よ」
「いいから、冷静に情報収集を始めるよ」
「りょうかーい!」
第四惑星は、
海洋と呼べるほどの広大な水域はないが、点在する幾つかの巨大な湖や、氷河や永久凍土から季節によって大きな水の流れとなるだろう河床付近の地下水が、貴重な水資源となっているだろう。
地表の植生は乾燥に強い植物相が中心で、人の住めない荒涼とした砂漠地帯の面積も広い。
赤道付近の比較的温暖な地域にある山脈には万年雪を頂く岩山が連なり、その麓に広がる針葉樹の森が、一番快適な環境のようだ。
人が暮らすにはなかなかに厳しい自然環境の惑星であるが、コリンたちの生まれたエランドに比べれば、十分に穏やかで優しい。
太陽からの距離があるため、軌道に展開した集光パネルから伝送される熱エネルギーと、地熱による発電が主なエネルギー源となっているようだ。
地中の鉱物資源も多くない。しかし宇宙開発も進んでおらず、地表に見える町は、まるで中世の街並みのように見える。
惑星軌道に達するだけの技術力があるので、文明レベルは遥かに進んでいるはずだが、このアンバランスな感じが、いかにも長く孤立した文明を思わせて、想像力が刺激される。
地表を観測した限りでは、かつて海だったと思われる低地の荒野と、辛うじて緑があり人の暮らす大陸と、標高一万メートルを遥かに超える万年雪を抱く、高山帯とに分けられるだろう。
居住地域の気圧も低く、酸素も薄い。第二、第三惑星にあったような地下都市があるとすれば、与圧されているのかもしれない。
恐らく内乱の舞台は、その地下都市なのだろう。
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