潜入



 それにしても、この惑星のガードが堅い。


 銀河ネットから完全に隠れていたのも、よくわかる。


 惑星軌道上の機器同士の同期やデータ通信は、収束光による短距離通信で構成されている。地上との交信も同じく最低限のレーザービームによる通信となっている。


 大気の層が薄く標高の高い山が多いので、そこに地上基地を置けば天候による劣化を気にせず安定した大気圏外との通信が可能らしい。



 地上でも、例えば放送電波のようなダダ洩れの広域情報発信は、皆無だ。


 多くはケーブルによる光通信と、近距離でのスポット通信が主流なのだろう。


 電波は低出力のローカル機器か、非常に用途の限定された観測機器などでしか使用されていない模様だ。


 衛星による位置測定システムなども、補助程度にしか使用されていないようだ。きっと、地上や地下に張り巡らせたケーブルやセンサー類を主に利用しているのだろう。


 おかげで、大気圏外に漏れてくる情報は、非常に限定されていた。

 これも戦乱による情報統制の結果なのだろうか。



「地上のネットワークに潜りこめない以上、直接降りてみるしかないわね」

 シルビアも、さじを投げかけた。


「いきなり都市へ潜入するのは危険だが、地表から観測できることも多いだろうな」

「そう。最初に降りる場所を選定しましょう」


「例えば都市間を繋ぐ地下ケーブルの中継点などが狙い目か?」

「そういう重要拠点は、必ず監視が強化されているでしょうね。深海を這う海底ケーブルとは違うの」


 ではどうするのか?



「ちょっと待ってくれ。静止衛星は基本的に、地表のネットに接続しているはずだ。そこへオレのバグを割り込ませてみる」


「バグをどうやって衛星に接近させるのだ?」


「スペースデブリに見立てた金属片と一緒に、地表と衛星、それに衛星同士の通信ビームに干渉してみる」


「なるほど。何度かトライすれば、かなりのパケットを盗めるか」


「うまくすれば、ある程度はこちらで指定した内部情報も得られるかも」


「あまり、相手を舐めない方がいい。第二惑星の異変に対して即座に探査機を送った手並みは馬鹿にできない」


「そうだな。衛星の乗っ取りまで考えてたけど、やめておこう」



 人の居住する地域には、六か所の大都市が確認できる。夫々が中世の城塞都市のような外見で、都市間には何千キロもの距離がある。


 しかし、この都市同士で近代兵器による戦闘が行われているとは、とても思えない。


 軌道上の衛星を管理している国は、どこか別にあるのだろうか?

 そう考えてしまうほど、古風で不思議な外観の世界だった。


 明らかな観測機器を搭載した衛星を除き、通信衛星と思しき機器を探す。


 そんな作業中に、静止軌道を漂うスペースデブリの中から、比較的最近に寿命を終え機能が停止している、状態の良い衛星を発見した。


「あれを密かに回収して、解析したいな」

「それ最高!」

 ケンとシルビアの意見が一致する。



 しかし、それはそれほど簡単な作業ではない。


 二人とジュリオが頭を悩ませている間に、コリンが転移してヴォルトに衛星を回収して、戻って来た。



「ただいま。衛星持ってきたよ」


「はっ?」

「どういうこと?」


「えっと、ヴォルトに置いてあるけど、余計なことだった?」


「いやいやいや、コリン様様、ありがとうございます!」

 ケンが両手を合わせてコリンを拝む。


「なにそれ?」

「ニアに教わった」


「ニホンムカシバナシに出てくるやつだよ」

「ああ、石を彫った偶像を拝むやつ」


「うん、そういうの」

「ほら、ぐずぐずしてないで行くわよ!」


 シルビアはコリンとハイタッチして、先に歩き始めている。



「これなの? やけに小さいわね」

 ヴォルト内の、時の止まったラックに無事収納されている衛星を見たシルビアが、第一印象を述べる。


「集光パネルは、邪魔だから置いて来たよ」


「それでも、通信衛星の本体とは思えない大きさだな」


「それだけ、技術力が高いということか?」

 ジュリオも早くバラして見たくて、つい手が出る。


「このまま、ケンのラボへ運べるか?」

「そうだな。その前にスキャンして姿勢制御用の燃料などがないか、チェックしてくれないか?」


「じゃ、キッチンに運ぼう」



 ヴォルト内のキッチンは居住区画化されて、時が普通に流れる区画だ。


「じゃ、コリンに解体してもらうか」

「大丈夫、スキャナーにかけるから」


 台上に設置された衛星本体に、センサーを搭載した機器が接近する。

 宇宙線による損傷具合は、八十年以上軌道を回っていたことを伝えている。


「この姿勢制御エンジンの燃料は、金属を利用している」


「自分のボディをプラズマ化して飛んでいたのか?」


「いや、備蓄燃料が尽きれば、収集したスペースデブリを燃料として、永遠に飛び続けるんだろう」


「効率は度外視か」


「拾い集めたゴミが燃料になるのなら、燃費なんぞ気にする必要はないってことだな」


「本体がコンパクトなのも、軌道へ上げる質量を減らすため。この惑星には、資源が少ないのだろう」


「銀河文明のエリアには、MT崩壊以前に集めた資源が無尽蔵に眠っている。希少金属なんぞに困ることもない」


「でもこの小さな星では、そうはいかない、ということね」


「それに、多くの資源は戦争で放棄せざるを得なかった、のか?」



 ジュリオの助言によりコリンが解体作業を行い、内部の電子機器だけを取り外して、ケンのラボへ持ち込んだ。


 残った衛星本体は、ジュリオが解析している。

 それから三日間、衛星の解析を終えて、エンジニア陣は一休みしている。



「ROMに残されていたデータには、惑星の文化に関連するものは、ほぼ見つからないわ。地上の通信基地の位置とかはわかっても、その他は技術上の情報だけね」


「同じく、チップや回路に残されたプログラムも、技術的な理解以外の情報は、回収できなかった」


「つまり、この技術情報を使って、本当に必要な情報を入手するにはどうするか、というのが問題になるの」


「そのためには、一度地上へ降りて直接調べるのが手っ取り早い、というのが俺たちエンジニアの結論だ」



「うーん、技術情報の入手は有難いけどさ、その後の結論が乱暴だよね」


「コリン、第二惑星に転移してドカンドカンやって来たお前らに、それが言えるか?」


「あれは、ニアのやったことだよ」

「うそー、コリンも一発隠れて撃ったじゃない!」


「え、知ってたの?」

「わたしを甘く見ないことね!」


「はい。あんたたちは同罪ね。じゃぁ下に降りる計画を立てましょう」



「私は、そんな無謀な計画には反対なのだ」

「じゃ、あんたはここで待ってれば」


「シルはいつもそれなのだ」

「そうだよ。みんなで行かないとダメ」


「じゃ、計画を練りながら、みんなで考えよう」

「そうなるな」


「だから、何でみんな私を見るのよ!」


「え、計画できてるんでしょ?」

「勿体ぶるなよ」


「本当に、あんたたちは……」

「はい。シルはもうそういうのはいいから、本題に入ろう」



「そうね、わかった。惑星上には大きな都市が六つあるわよね」


「うん」

「通信拠点も、その都市が中心だった」


「その都市の位置関係から、中央に一つ、そして同心円状に五つの都市がある。それも、ほぼ等間隔で。その距離は、およそ三千キロメートル」


「で、そのうちのどこへ行くんだ?」

「どこがいい?」



「一番経済的な発展が遅れていて、規律も警戒も緩そうな、小さな街、かな」


「でも、そういうところは治安が悪いぞ」


「しかも、魔法は使えない」


「それは、ケンに何か作ってもらおう。科学的な武器防具や防犯グッズに見えて、魔法を偽装できる品物が幾つか欲しい」


「だから、そういうのを作るための情報を得るために、先ず偵察隊が下りるんだよ」

「なるほど」


「何にどう偽装すればいいのかを、しっかり見て来いと」


「じゃ、僕とニアが行ってくるよ」

「絶対にダメ」


「俺がお目付け役で行くか?」


「シルが行かないと話にならないんじゃ?」


「じゃ、コリンとシルの二人で行ってもらうか」

「あくまでも、潜入前の予備調査だからな」


「ニアは増援が必要な時のために残ってくれる?」

「了解!」



「軌道からの観測で、都市間を結んでいる地下溝らしきものを見つけた」


「地下トンネル?」


「恐らくインフラ関係の小さな共同溝だと思う」


「途中の基地局部分以外は、人が入れるようにはなっていないだろう」


「でも、衛星にバグを仕込むよりは可能性が高い」


「ま、それも様子を見てからね」


「とりあえず、コリンと私は明日から行ってみるわ」

「第一次潜入調査、だな」


「本当に、相手は人間なのか?」

「第二、第三惑星の戦火を生き延びた爬虫類が独自に進化した文明かもね」


「やめてよ……」


「シルビアの弱点は爬虫類か?」

「アマゾンのアナコンダで気絶したのだ」

「してない!」


「あ、アリゲーターだったか」


「……」



  

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