中世ヨーロッパの城塞都市



 ランチを改造したクロウラーに乗り込んだコリンとシルビアは、地上へ転移した。


 六大都市の一つからそう遠くなく、比較的穏やかに見える小さな町の近くへ、降下してみることにした。


 周囲は細い木がまばらに生える明るい林だが、僅かな窪地を覆う灌木や、背の高い雑草の茂みが、いい目隠しになってくれる。


 小さな町だが、基本的には城塞都市と同様に、中世の城を中心に街が広がる、城下町のような構造だ。


 ただし、都市と違い大袈裟な城壁はなく、外からも町の中が見える。くすんだ石造りの町には活気がなく、歩く人の姿も少ない。

 厳しい寒冷な気候のせいだろうか。



 ここは大陸北西部にある、中世ヨーロッパの城塞都市を中心に点在する集落の一つだ。


 乾いた冷たい大地にへばりつくような植物。


 町というより村に近い規模の集落の周囲に広がる草原では、痩せた羊が枯れかけた草を食んでいる。


 コリンたちは、その草原を取り巻く林の中にいる。


 この町を選んだのは、近くに通信の中継基地局が設置された山があるからだ。

 町とその周辺の放牧地には微弱な電波通信網があり、大気圏外では観測不能な生の住民の暮らしが見える。


 改造ランチの周辺と町の近くとに、ケンの作った極小スパイバグを、大量に撒いた。



「思ったよりも、セキュリティは甘いのねぇ」

 早速通信網にもぐりこんだシルビアは、拍子抜けの声を上げた。


「ここは、戦場ではないみたいよ」

「そりゃよかった。いきなり戦闘に巻き込まれるのは勘弁だよ」


「まあ、さすがに基幹施設はそれなりに厳重に守られているけど。ここで利用されている帯域は、近距離通信用に開放されているのでしょうね」


「町には、他に索敵用のアクティブな機器類はないの?」

「ないわね。こちらのパッシブセンサーに引っかかるのは、フリーの町域通信電波だけ」


「地形にも戦闘の痕跡はないし、とりあえず安全そうだね。じゃ、しばらくここで町の監視をしよう」



 だが、町の外にいる人間は簡単な通信端末を携帯しているだけで、特に積極的な通信を行ってはいない。


 住民が得ている情報は、片耳に取り付けた端末を経由している。それで音声と同時に、視界の隅へ映像を投影しているようだった。


「その内容も、天気予報とか放牧している家畜の位置情報とかの実用的なものとか、ダンスミュージックを聞いたりドラマの配信スケジュールを検索したりとか、どうでもいい内容ことばかり」


「町の出入りに対する、監視や認証は?」


「町の各入口に監視キットが一揃いあるわ。でも特に個人の認証をしていないから、センサーが出入りの記録をしているだけみたい」


「エランドと同じで、登録済みの要注意人物以外は原則スルーなのかな?」

「とにかく、限りなく平和でテロの警戒なんて、微塵も感じないわね」



「この町に限らず、なるべく複数の拠点を見たいから、監視ポッドを設置したら次の町に移動するわよ」


「その情報を元に、どこかで都市に繋がる機器へ直接接触する必要があるんだよね」


「そう。最終的にはどこかへ潜入して、通信機器へ有線接続しないと駄目かもね」



 そうして小さな町から次第に規模の大きな町へと移動しながら、二人は密かに監視ポッドを設置して回る。


 監視ポッドはブレスレット端末の一部機能を移植してケンが作った機器なので、魔導通信を利用する。従って、ある程度のマナを発生する場所でないと、機能しない。


 この惑星の心もとない植生では、充分なマナを得られそうな場所は限られてしまう。今のところは、こうした郊外の町の外でしか運用できそうになかった。


 それでも、一度機能すれば、MT技術のないこの星では解析しようのない、絶対に安全な通信機能を持つことになる。


 周囲に放ったバグの集めた情報は、監視ポッドに積載されたセンサーが捉えたデータと共に、地上基地として働くランチを経由して、軌道上のオンタリオへ送られる。


 こうしてコリンとシルビアは、情報収集の網を広げた。


 最終的に、六大都市のひとつ、西欧近くまで監視ポッドを設置することができた。



「言葉も僕たちと同じで、服装も特別に奇抜なファッションでもないよね。古い映画を見ているような、変な気分。あ、そうか。リズと出会った三百年前のテカポに似ているんだ!」


 コリンの感想に、シルビアは素直に頷けない。あの時、シルビアはテカポへは潜入していない。リズと会ったのは、その後砂漠の惑星エランドで、開拓途上のエギムの町でだった。


「もっと緊張感のある、科学の進んだ都市をイメージしていたのよねぇ……」

「うん。内戦状態にあるとは思えない、長閑のどかな農村だ」


「それに、この中世の城塞都市も見掛け倒しだったわね」

「それは、まだわからないよ。第二、第三惑星の構造から考えれば、恐らく核心部は地下に隠されているんだろう」


「でも、あの規模の都市が隠れているとは思えないんだけど……」

「まあ、そうだよね」


「どちらにしろ、そろそろ戻って、都市へ潜入する準備をしましょう」

「大丈夫?」


「先ずは、私とコリンと二人で、街に拠点を作りに行くのがいいかな、と思ったの」

「僕はいいけど、今度もニアが黙ってないぞ。説得は、シルに任せていい?」


「仕方がないわねぇ」


「あのさ、こういう時にケンは、シルを守るため絶対にオレも行く! とか言わないの?」


「一度でいいから、あのヘタレ男にそんなこと言われてみたいわぁ……」


「じゃあ、戻ったらちょっといじってみようか?」

「うん。やって、やって!」



「こっちでも、集めたデータの解析は進んでいるけどなぁ……」


 大きな収穫もなく二人が船に戻ってみれば、ジュリオとケンも、似たようなものらしい。


「ニアとエレーナは?」

 コリンには、二人の姿が見えないことが心配だった。


「ああ、二人はずっとゲームに夢中でよ」

 ケンが部屋の一画を借りてラボに使っている大きな多目的室は、今ではトレーニングルームと呼んでいる。


 しかしかなり広いので、片隅に家具を並べて、居間やミーティングルームとしてもよく使っている部屋だ。


 その隣には、控室のような小部屋が幾つか接している。

 昔はロッカールームのような使い方をされていたようだが、今は空き部屋になっている。


 その一つに二人はVRキットを組み込んで、例の魔法戦争ゲームWMWを一日中やっているらしい。


 この場所では銀河ネットワークに接続するのは難しいので、二人の対戦が中心になるのだろう。


 現実で魔法を使えないうっ憤を晴らしている、とは言っているが、そもそもトゥルーアースの魔法ゲームに触発されて、ニアは第二、第三惑星で暴れまわった直後なのに。


「まあいいか。邪魔しないよう、晩飯まで放っておけ」


 船は未知の異郷にあるが、まだまだ緊急事態とは言い難い。ジュリオは面倒事には極力関わらない方針で、今はそれに反対する者もいない。



 集めた情報についての簡単なミーティングが終わると、各自が好きなことを始める。


 ジュリオは戻って来た改造ランチが走行した時の轍が残るのが気に入らず、隠密性能を上げる改良に取り組み始めた。


 ケンは監視ポッドやスパイバグの改良と増産に忙しい。


 シルビアはアイオスと共に、今も集まっているデータの解析。


 コリンは地上の服装に近い衣装と耳に取り付けていた情報端末の再現をするため、アイオスの解析データを元にケンが性能と内部機構を予測して、ヴォルトで生産できないかを試行している。


 最近では、ヴォルトは単なる食糧倉庫ではなく、簡単な装置を製造するマシンとしての側面があることがわかっている。


 3Dプリンタのように既知の技術を利用した(既知と言いながら、未知のブラックボックスとなるMT技術までも含むところが超高度MT遺産であるこの船の、壊れた性能である)工作・製造工場でもあるのだ。


 ただ、そのための基本的な設計は、ケンの担当になる。



 夕飯の支度を始める前に、ある程度納得のいく装備ができて、コリンは密かにそれを身に着けてみる。


 実際に機器を稼働させて利用するには、シルビアやケンの力を借りて偽のID登録などをしなければいけないのだろうが、今は外見だけでも似ていれば十分だ。


「へへ、じゃ、ちょっと冒険に出発!」

 コリンはその姿のまま、単独で地上へと転移した。


 全身の防御結界は勿論、首から上には、幻影魔法のフードを被せている。

 目的地は、西欧城塞都市の中心にある城の中。


 人の気配のない、大きな塔の立つテラスに並んだ柱の陰だった。


 この都市の中枢へ、一人で直接乗り込んだのだ。



 終



  

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