他国へ



 ホテルのシングルルームを二つ予約できたのも、シルビアのお陰だった。


 その日は二人で地上の観光施設を何か所か回り、ついでに新たな探査ユニットを幾つか設置した。


 朝にワッフルを食べた広場へ夕方戻ってみると、店仕舞い中のワッフル売りの少女から声を掛けられた。


「明日もこの街で観光ですか?」


「ええ。今日は天気も良くて、地上の施設を中心に回ったんで、明日は地下へ行こうかと思っているの。でも、私たちは田舎者だし、地下街には不慣れなのよねぇ」


「あ、それならば、もしよければ私が案内しましょうか?」

「えっ、いいの?」


「はい。私は明日非番なんです」

「わあ、嬉しい。じゃぁ、お願いしようかしら」


 というようなやり取りがあって、明日はいよいよ地下の調査となる。


 こういう時に、シルビアが一緒でよかったと、コリンはホッとする。人付き合いにはそれなりに慣れたとはいえ、今でも初対面の人と話すのには、大きな抵抗がある。


 念のため調べてみたが、お城の中には行政機関が入っていて、一般人は一部分しか見学できないようだった。



 ワッフル売りの少女はハルカと名乗り、連絡先も交換した。ハルカの身辺情報は、シルビアが即座に丸裸にしている。


 明らかにプライバシーの侵害ではあるが、個人的な身体情報や映像は含まないので、留守番のうるさい少女たちも仕方なく黙認していた。


 ハルカはこの城塞都市、西欧から西へ五十キロほど離れた村の出身で、エレーナと同じ十五歳。


 彼女には二歳年上の兄がいて、二年前に一人で西欧へ来て働いていた。そこへ十五になった彼女が兄を頼って上京し、今は二人暮らし。


 二人は何らかのスポーツか趣味を共有する同郷の若者が結成したチームに入って活動しているようだが、宗教や政治的な匂いはしない。


 ゲームであれば、こんな風に余所者へ積極的に声を掛けるのは、政府のエージェントと決まっているのだが。



 明日、地下の案内をしてくれるハルカが、その仲間を同行する可能性は高い。


 いずれ他の乗組員クルーが地上へ降りる時のためにも、尤もらしい設定を考えておかなければ。


 とりあえずシルビアは、仕事の都合で友人が後から四人やって来る、という情報を開示することに決めた。


 上手くいけば、格好の情報源を確保できるだろう。



 ホテルのレセプションで教えてもらったリーズナブルなレストランで夕食後、二人はホテルの部屋からオンタリオへ転移して、収集した情報を共有し、解析を続ける。



 ある種のイデオロギーを共有する秘密結社的な組織が、複数活動している痕跡がある。どうも、六つの都市は夫々がその教義に賛同する市民の集団で、六つの国を代表している。


 複雑なのは、各国、各都市内でも分裂した集団が複数あって、互いに牽制しながら一触即発の雰囲気を作っていることだ。


 当然、各国間での諜報活動も、水面下で激しく動いているのだろう。



 そういった詳細はまるで闇の中にあるようで、一般的な歴史書やネットワーク上のニュースでは、一切触れられない。


 まるであの公園にひっそりと建てられた、古戦場の碑文のようだ。

 その場所で起こったはずの百年前の戦いは、歴史書に記載がなかった。



 翌日、コリンとシルビアはハルカと約束した時間に、あの広場へやって来た。

 予想に反して、ハルカは一人で待っていた。


「では、地下街観光に行きましょう!」

 ハルカが先に立って、近くの石造りの大きな建物へ入る。


 広いロビーの突き当りに並んだ大きな扉が、全部エレベーターだった。

 重厚な造りのエレベーターは静かに動いて、地下8階で降りた。


 銀河ネットワーク上の都市では透明チューブを自在に動く三次元移動カプセルが多いが、ここにあるのは彼らの乗る船にある貨物用の昇降機と同じような、垂直移動専用の乗り物だった。


 最初にこの場所に来たのには、意味がある。


 そこは広大な吹き抜けの、最上階に当たる回廊に面していた。

「ここは、十階層ぶち抜きの回廊なの。最初に見るなら、ここかなって」


 確かに、壮大な光景だが、第三惑星と第二惑星の廃墟では、この数十倍の規模がある宇宙港を見たばかりだった。


 田舎者設定の二人は、感心して声も出ない風を装うのに、苦労する。



 それから二人は大道芸が人を集めている広場で、本物の果物を食べ、今着ているダサい服を着替えた方がいいと言われて、ハルカの友人が働く店でこの星の最新ファッションを身に纏い、群衆に紛れた。


「ああ、これでやっと落ち着いて案内ができるわ」


「そんなに、私たちの服装は浮いてた?」

「そうね。うちのご先祖様がホロムービーから出てきたみたいだった……」


 それは相当恥ずかしいことだったのだろうか。

 元から服装に気を使わないコリンはともかく、シルビアにはかなり衝撃的な一言だったようだ。


 それでやっと、ハルカは昼食を予約しているレストランへ向かった。


「ここは、うちのお兄ちゃんが働いている店よ」

 だから、僕らは着替えさせられたのか、とコリンは納得する。


 外見は、ドレスコードに気を遣うような店には見えないが。



 だが予想に反して店内は落ち着いたインテリアで、上品なコース料理をゆっくりと味わうことができた。


 コリンには、とても刺激的な出来事である。


 しかし、普段コリンの料理を食べ慣れているシルビアにとっては、これも案外期待外れの品だったようだ。



 午後は、劇場で生の音楽会を聴いた。本物のアコースティック楽器だけを使ったクラシック音楽の演奏と、客席を覆う360度3D映像の融合による体験は新鮮で、圧倒された。


 コリンもシルビアも、こんなのは銀河ネットワークでも聞いたことがなかった。


 さすがにこれ以上休日に付き合わせるのは申し訳ないと、ハルカとは夕食の前に別れた。



 これで、二人は自由に地下都市を探索できる。


 シルビアは、準備した服が時代遅れのダサいファッションだったと知らされて、かなりのショックを引きずっていた。


「地下都市には、戦火の跡なんて何もないじゃないの。この世界は何かおかしいわ」


「もしかして、僕らが参考に見ていた映像は、この世界の人にとっては古い歴史上の事件の記録やそれを題材にしたドラマとかだったんじゃないの?」


「確かに冷静に見れば話し言葉も微妙に浮いるし、私たち二人だけ、いかにも田舎者丸出しって感じだったわよねぇ」


「ハルカも、とても黙って見ていられないって感じだったのかも……」

「いやーっ、恥ずかしい!」


 とにかく、この地下へ潜り込まないと得られなかった情報が多い。



「コリン。ケンのヴァンパイアキラーが設置できる場所を探して」

 つまり、マナのある場所だ。


「地下街にも探査ユニットを設置するんだね」

「多少のリスクは、覚悟しないと……」


「何とかなると思うよ」

 コリンの見る限り、地下街にも砂漠のオアシスのように、密集して植物の植えられた区画が点在する。


「そこで情報を取り直して、みんなで別の都市へ行ってみましょう」

「それはいい。船で待っているみんなも喜ぶと思うよ」



「おお、それはいい考えでござるな」

「拙者も同感に候」

「シルビア殿も、たまには良い発言をするのだ」

「わたしも最初から、シル氏の服がダサいと思っていたなり!」


 船に残った面々が、二人(主にシルビア)をからかう通信を送ってきた。


「あんたたちだって、同じ田舎丸出しの話し方なんだからねっ!」

 シルビアはもう一度最初から調査のやり直しになることを覚悟した。


「じゃあ、せめて今日はもう少し情報収集の続きだね」


「うん。今夜またホテルから船に戻って、次はどこの街へ行くか決めよう」


「明日の朝ホテルをチェックアウトして、ハルカに挨拶してから移動しましょうね」



 その夜、次の訪問先を、中原ちゅうげんという都市に決めた。


 これまでの調査によれば、この星で唯一居住可能なこの大陸には六つの国があり、それぞれ等間隔に首都を並べている。円周上にある五つの都市と、中心にある一つの都市だ。


 コリンたちの訪ねた西欧は円周の北西に位置し、ほぼ等距離に近い位置に東の北原、南の南沙、そして円周中心の中原という3つの都市がある。


 中原は、全ての中心に位置する。何か特別な存在のように感じて、全員で行くならそこしかない、という思いだった。



 六つの国とその首都は、オールドアースの大陸を模しており、北西に位置する西欧から時計回りに北原、東亜、南海、南沙、と続く。


 そして今回の目的地中原が、その中心地点になる。


 各首都は、モデルとなった地域の城塞都市を模した様式で建設されているので、これから行く都市は、古代中国風の街になる。


 ケンの基本設計によるこの惑星の標準端末風の機器は、今まで使っていたブレスレットを代行するMT通信機器だ。片耳にかけるその端末については、ハルカからも怪しまれることはなかった。


 シルビアは相当悔しがり、今度こそと気合を入れて、全員の着る服と着替えを全て新しいデザインで作り直した。



 西欧から向かう二人と、北原周辺の衛星都市近郊へ転移した四人は、中原の中央広場で待ち合わせをした。


 各都市を地下トンネルで結ぶ高速移動体もあるが、彼らは極力地上を移動しながら多くの人やモノと接することを選ぶ。


 何よりも、この惑星の地上では物価が安い。暇な貧乏人の旅とは、どんな場所でも、いつの時代でも、きっとこんな感じなのだろう。



 終


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る