22:疲労回復は睡眠が一番
空がすっかり真っ黒となり、星が恥ずかしがっているのか雲で顔を隠してしまったために暗くなった平原のド真ん中で私は絶体絶命の状態に陥っていた。敵の刺客が近くにいるにも関わらず、主と共にみんなで寝なければならないという状態である。
抵抗してみたもののズルズルと引きずられ、私は強制的に横にさせられる。すぐに起き上がろうとしたのだが、主の女性とは思えない怪力によってまた連行され、結局寝なければいけない。
ううむ、どうしたものか。このままでは全員刺客の手によって始末されてしまうぞ。
「ったく、夜遊びはいけないんだからねッ! いい、今日はいっぱい動き回ったでしょ。ならちゃんと休まないといけないの! 一日の疲れはお風呂、昼寝、就寝でしか取れないのよッ! そこわかってる神様ッッッ!?」
『昼寝と就寝は同じ気がするが……』
「全然違うわよ! もうこれだから神様はダメね。昼寝は昼寝、就寝は就寝ッ! ラーメンの味がアッサリかコッテリかで違うのと同じぐらいに違うのよ! ちなみにおばちゃんラーメンは味噌が結構好きなんだからッ!」
『そ、そうか。違いはよくわからないが……』
「だから神様はダメなのよ。そんなんじゃあ若い子だけじゃなくて目上の人の気持ちもわからないわよ! いい、ラーメンはみんな大好きなの! もやしマシマシコーンも欲しいの。チャーシューオマケがもらえたら幸せになる不思議があるのよッ! そこわかるッッッ?」
『すまない、わからん』
「もう神様って何も知らないわね! いいわ、明日はラーメン作ってあげるから。楽しみにしてなさいよッッッ!」
らーめんとはどういう食べ物なのだろうか?
そもそもアッサリとコッテリとは一体……気になって余計に眠れなくなったのだが。って、いかんいかん。そっちに気を取られてはいけない。どうにかこの場を脱出し、見張りをしなくては。しかし、主の目が光っているためこっそり抜け出すのは難しい。
仕方ない、あまりやりたくないがあの方法を使うとしよう。
『主よ』
「まだ寝てないの? そろそろ寝ないと本気で怒るわよ!」
『催してしまった。用を足してくる。帰ってきたらしっかり眠る』
「あら、そうなの。ならちゃっちゃと行ってきて。おばちゃん寝てるからね!」
ふぅー、ようやく離れることができたか。ひとまず主の目の届かないところに行こう。
全く、主には困ったものだ。何かあるたびにお節介をかけてくれる。それが彼女のいいところであり、褒めるべきものだと理解はしているが。
『さて、この辺りでいいか』
私は手を合わせる。そして魔力を集め、人には理解できない発音と言葉を紡いだ。この歌は人々の間では〈幻想詩歌〉と呼ばれており、特定の存在にしかその内容を理解できない詩となっている。その特性を使い、私はある存在に呼びかけた。
それは私と契約した〈眷属〉だ。その眷属が楽しめるように独特のリズムとテンポを刻んでいく。次第に盛り上がっていくと私の周りで踊る妖精の姿があり、気がついた私を見て彼はニカッと頬を上げた。
「やあ、ヴァルドラ。今日も絶妙に下手な歌だね!」
楽しげに楽しげに、彼は素直な感想を言ってくれた。うーむ、やはり歌の練習をしたほうがいいだろうか? 私は下手だからなかなか眷属が反応してくれないため、あまりこの方法は使わなかったものだが。
ちょっとした悩みを抱いていると、呼びかけに応えてくれた妖精が楽しげに笑いつつこんなことを言う。
「ま、君は音痴じゃないけどわかってないよね。練習すればいい感じになると思うよ。あ、でもいい感じになったらつまんなくなるな。だからそのままでいいよ!」
『それは褒めてないだろ、オベロン』
「褒めてるさ! この良さがわからないなんて相変わらずだね、ヴァルドラ」
褒めてないな、これは。別にいいが、あまりいい気分ではない。やはり練習しなければならないだろう。こいつにこう笑われるのはなんだか癪にくる。
まあ、私の問題は置いておこう。ひとまず頼まなければならないことを頼まないとな。
『オベロン、頼みたいことがあるがいいか?』
「えー、簡単なことならいいよー」
『私の姿になってあっちに行くだけでいい』
「簡単すぎるんだけど。どうしたんだよ? 何か悪いことでもした?」
『してはいない。そうだな、行けばわかるはずだ』
眷属の妖精オベロンは私を不審そうに見つめてくる。だが私はそれ以上の情報を与えない。与えたらこいつは絶対に逃げるだろうからな。
しかし、このまま動かないのも困る。ということである報酬条件を出した。
『頼みを聞いてくれたら〈銀花蝶〉の居場所を教える。嫌か?』
「うーん、仕方ないなぁー。わかった、言われた通りにするからちゃんと教えてくれよ」
私の条件を聞き、オベロンは折れてくれた。
ちなみに銀花蝶とは薬にもなる不思議な蝶の名前である。現在妖精達の間でそれをコレクションとして持つことが流行りになっており、オベロンも流行りに乗っかっている一体だ。
まあ、こいつの場合は銀花蝶を高級品と交換しているそうだが。
「こんな感じでいいかい? バッチリ君だと思うけど?」
『私はそんなにブサイクか? もう少し整った顔だと思うが』
「こんな感じだよ? 何、自分がイケメンだと思ってるの?」
『わかった、それでいい。とにかく行ってくれ』
崩れた顔を見た後、指定した場所に移動するオベロンに私はやれやれと頭を振った。暗いからおそらく別人だと気づかれにくいだろう。気づかれたら大変なことになると思うが。
ひとまずこれで身代わりは完了した。あとは主に気づかれないように見張りをするだけだ。
「その必要はない」
鋭い殺気が背から突き抜けていく。私は咄嗟に振り返ろうとしたが、その前に何かが首筋にぶつかった。若干の痛みが走ると共に距離を取り、攻撃してきた少女へ目を向ける。
黒いフードを深く被っているため顔はよくわからない。身体は小柄であり、その出で立ちから想像以上の手練れということがわかる。右手にはナイフがあり、おそらくあれで私を攻撃してきたのだろう。
『たいしたものだ』
普通の肉体なら先ほどの一撃で首は掻っ切られていた。絶命は間違いなかっただろう。それにこの気配の消し方は恐ろしい。ライオなら間違いなく殺されていただろう。
さて、どうする? できれば敵の情報がほしい。しかし、下手に手を抜けばこちらがやられる可能性もある。
それに、敵は一人だけじゃない。
この少女以外にも三人いる。こいつらも上手く気配を消しているが、この少女よりは下手だ。とすると、どれを狙うべきか決まってくる。
私がどう攻撃するか決めた瞬間、少女は地を蹴りそれと同時に隠れていた三人が後ろから飛び出した。
少女が突き出した刃をまず右手で受け止める。そのままナイフを握り潰し、彼女が咄嗟に距離を取ったことを確認した後に飛び出してきた三人を私は睨みつけた。
三人は途端に態勢を崩し、動きが鈍る。私はそれを見て腕を左へ振ると近くにあった木の枝が伸び、彼らをなぎ払う。
そのまま転がっていく三人を見た後、私は少女に顔を向けた。
『君と同等以上なら私は危なかっただろう』
「……バケモノ」
『そうだな。君はそのバケモノを敵にした。ならこれからどうなるかもわかるだろ?』
少女は奥歯を噛む。私からどうにか逃げようと考えているかもしれないが、それを許すほどの優しさは持ち合わせていない。それにここは草木がたくさんあり、彼女を捕まえるのは造作でもないことだ。
その状況をわかっているからか、彼女は戦う気構えを見せる。ならば彼女が諦めるまで戦うのが優しさだろう。
「ちょっと神様、ここで何をしてるのよ!」
って、あれ? なんでここに主がいる!?
さっきオベロンをやったのにどうして!
『あ、主よ。どうしてここに――』
「変なのが来たのよ! もうすごく変だったわ。あの顔、サルかと思っちゃったわよッ! あ、それだとサルに失礼ね。とにかくとっても変な奴が来たから懲らしめたの! もう神様ずっと帰ってこないから心配してきちゃったわ!」
『そ、そうか。それよりここは危険――』
「危険って何がよ? それより帰るわよ! もう夜は深いし!」
『しかし、今は』
「とにかく寝るの! わかったッッッ!」
参った、まさか戦場に主が来るとは。
私は頭を抱えた後、敵に目を向けるが彼女の姿はなかった。どうやら身の安全を優先したようだ。私はそれに一安心し、その場から離れる。
こうして私は再び主に連行された。参ったものだ。
太陽が昇り、温かい日差しが広がっていく。本日も気持ちいい朝を迎えることができ、生きている実感もできた。
今日は一番に私が目を覚ましたようで、みんなはまだ寝ていた。まあ、たまにはこんな日があっていいだろう。
そう思いつつ主に目を向けてみる。
「ガァァ、ヒュウゥゥッ。ガァァ!」
豪快に眠っていた。それはもう気持ちよさそうなイビキだ。
しかし、珍しいものだな。何かを抱きしめて眠っている。白い髪に、小さな身体。体型のこともあって胸は控えめであり黒い服に身を包んでいる。顔はかわいく、これはなかなかに上品そうな少女だ。
『ん?』
はて? こんな少女はいただろうか?
私は何気なく顔を覗いてみる。すると目を閉じていた彼女は突然目覚め、こう言い放った。
「暗殺失敗した」
こいつ、昨日のあいつだ!
なんでここにいるんだ。というよりどうして一緒に寝ている!
「ねぇ、よかったら助けて。もう殺さないから」
『どうしてだ?』
「この人、力が強い。抜け出せないから助けて」
私はどうするか迷った。迷って迷って、何も見なかったことにして二度寝することを決める。白い髪の暗殺者はとても悲しい顔をしていたが知らんぷりだ。後で主がどうにかするだろう。
そう思い、私は放置する。こうしてなぜかわからないが白い髪の暗殺者を私達は捕らえたのだった。
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