28:消えたみんなを探して右往左往
『一体何が起きたんだ?』
「わしに聞かれてもわからんのじゃ」
右往左往としながらも、どうにか目的の村に私達は辿り着いた。だがおかしなことに村を支配している魔王軍の姿が見当たらず、それどころか人一人も見かけない状態になっていた。
あまりにもおかしな状況を見て私達は誰かいないか探し始めると、木箱に隠れていた少女を発見する。何かに怯えている彼女に私は優しく声をかけたのだが、悲鳴を上げられてしまった。一体何に恐れを抱いていたのかわからないが、この怯えようは尋常でない。
そう考えていると悲鳴を聞いたライオが駆けつけてきた。どうやらこの少女は彼が言っていた妹サチのようだ。
「あら、妹さんは大丈夫なの?」
「ああ、アンタのおかげでぐっすり眠ってるよ。今はファイが見てくれてる」
「それはよかったわぁぁ。にしても、とても怖い目に合ったのね。かわいそうだわ」
「そうだな。でも俺は無事でよかったと思っているよ」
主のおかげで落ちつくとそのまま眠ってしまった。一体何が起き、彼女をここまで錯乱させたのか。そして村人と魔王軍はどこに消えたのか。謎が謎を呼ぶ中、私達はその原因を突き止めるための会議を開いていた。
ファイにサチを任せ戻ってきたライオは古ぼけた地図を広げ、目を血走らせながら睨みつけている。だが、どれほど地図を見ても村人が消えた原因と思えるものは見当たらない。
「ふーむ、奇怪なことじゃな」
ライオと同じように地図を眺めるミィはというと、邪竜の魂と肉体が封印されている二つの神殿を見ていた。だが、地図を見た限りたいした情報がないため困り顔を浮かべている。もし原因があるとすればこの神殿だと思うが、地図を見ただけでは何もわからない。とすれば、ここで黙っていても仕方がない。
やるべきことは一つ。この邪竜が封印されている神殿を調べることだ。
『もし原因があるならば、この二つの神殿だと私も思う。だから調べに行こう』
「やっぱりか。じゃあ早速、調べに行こうぜ」
「待て待て、そう短絡的に動くな。この二つの神殿には罠がある――はずじゃ。何も準備もなしに行くのは無謀というものじゃぞ」
『その心配はいらない。適任がいる。それに時間が惜しい。だから二手に分かれて調べるぞ』
「無謀だと言っておるだろ。例え罠はどうにかなるとして、中の瘴気はどうする? ここにいる全員が飲み込まれ、死んでしまうぞ」
『それも大丈夫だ。私と聖剣がいるうえに、主もいる。問題はない』
二手にわかれるなら、ライオのほうに戦力を当てたい。それに本当にヤバければ逃げる判断ぐらいできるはずだ。
私が自分の考えを主張すると、ミィが大きなため息をつく。あまり乗り気ではない彼女だが、どうやら折れた様子である。
「わかった。そこまで言うなら止めはせん。とはいえ、危険な場所のはずじゃぞ。なんせ邪竜が封印されたのは二千年前のこと。封印が弱まり、瘴気があふれていてもおかしくないはずじゃ。瘴気に当てられた魔物がおればどうすることもできん。おそらく、倒すこともひれ伏させることも敵わんだろう。もし瘴気に飲まれた魔物がいたら逃げることを勧めよう。間違っても戦おうとするな」
ミィは自分の立場を忘れ、私達に最大限の忠告をする。無論、そんな危険な魔物と戦うつもりはない。いや、できれば戦いたくはないというのが本音だ。
しかし、それは主がさせてくれないだろう。なぜなら彼女が大体のトラブルを呼び込む原因だからだ。
「わかった。できる限り戦いは避けるよ。神様、メンバーはどうする? 二手に分かれるんだろ?」
『私と主、あとはミィと一緒に魂が封印された神殿に行こうと思う。ライオは聖剣、シロブタとキナコ、あとはファイを連れて肉体が封印された神殿に行ってくれ』
「これこれ、ここの守りはどうする? 万が一ということがあるじゃろ?」
「じゃあ守りはファイに任せることにするよ。あいつは強いし、万が一があっても対応してくれると思うし」
ずいぶんとライオに買われているようだ。まあ、彼女の実力なら大概のことは乗り切れるだろう。
何はともあれ、メンバーは決まった。
魂側は私と主、ミィ。肉体側はライオと聖剣、シロブタにキナコだ。
『そうとなれば我が相棒に憑依するとしよう。そういえば主はどこに?』
「おばちゃんならビスケットを焼いておる」
『そうか、ならそれをいただいてからにするか』
「じゃあ俺はファイに今の話をしてくるよ。サチのことも頼まないといけないし」
ライオは慌ただしく走り去っていく。無理もないか。生まれ育った故郷が想定していた以上にとんでもないことになっていたものだからな。張り切って行動するのも納得がいく。
「頑張るものじゃ。それよりお前、何かないか?」
『何か、とは?』
「情報じゃよ情報。もし邪竜が敵ならばその弱点や倒し方は聞いとらんか、と訪ねているんじゃ」
『あったらさっき言っている。お前は?』
「お前と同じじゃ。まあ、どちらも情報はなしか。これでは万が一に戦闘になったら困った事態になるの」
『……そうだな』
「なんじゃその間は? もしや――」
『情報はない。だが、気になることがある』
サチが言っていた「消えたくない」という言葉。それは一体どんな意味があるのか。そのまま受け取れば村人と魔王軍は消えてしまったということになる。だが、何か引っかかる。
もし何らかの攻撃を受け肉体が消滅したのであればどうしようもない。しかしそれなら彼女は「死にたくない」と言っているはずだ。
誰かが邪竜か何かによって殺されたのであれば、そんな言葉を私に言っていたはずである。
「ビスケット持ってきたわよぉぉ!」
そんなことを考えているとお菓子作りを終えた主が帰ってきた。その手に持った皿には美味しそうなビスケットが並んでいる。中にはチョコレートに包まれているものもある。まさかこれ、主が作ったのか?
「この箱、冷蔵庫でよかったわ。おかげでチョコビスケットが作れたし! そうそう、チョコで思い出したんだけどお父ちゃんにバレンタインチョコを作ったの思い出しちゃったわ。あの時はもうドキドキで、渡すのにドギマギしちゃったわよ。でもお父ちゃん、ちゃんと受け取って食べてくれたわ。だけどとてもしょっぱそうな顔をして、おかしいなって食べたらとってもしょっぱかったのよ! 砂糖と塩を間違っちゃってたみたいで、おばちゃんおっちょこちょいをしちゃったわッ! だけどお父ちゃん、そんなチョコを全部食べてくれたわ。そんであの人ったら、今度は美味しいものを食べたい。毎日、あなたが作ってくれた美味しいものをって言ったのよ! 今思えば、あれがプロポーズの言葉だったわぁぁ。でもおばちゃんバカでね、全ッ然気づかなかったわ。もう鈍感っていけないわ! 神様、もし女の子にプロポーズして気づかれてないようだったらハッキリ言ってあげなさい。少なくともおばちゃんはそっちのほうが嬉しかったからッッッ!」
『そ、そうか。肝に命じよう』
「おばちゃんの話は面白いのぉ。わしはずっと聞いてられるぞ」
お前は面白いかもしれないが、聞かされる私の身になれ。案外、何も言わずに聞いているのは大変なんだぞ。
私が心の中でミィに苛立ちを向けながらビスケットを食べる。ミィも一緒にビスケットを頬張っていると、メイドのアリアがポットとカップを持ってきた。どうやら使用人として基本的な気配りができているようだ。だがまだ主人より引いて行動することが少し甘い様子である。
ミィが気さくにアリアの相手をしていることもあるが、彼女は恐れることなく話しかけていた。まだ若いこともあるから、おそらく彼女は見習いの域なのだろう。
そんな風にアリアのことを観察し、カップに注がれた紅茶を口に注ぐ。途端に私は感じたことのない辛さを感じ、つい噴き出してしまった。
『なんだこれは……!』
私は紅茶を見る。するとその色は真っ黒に染まっていた。なぜ紅茶が黒いのか、と考えているとミィがこう言い放つ。
「ふむ、やはりお茶はこうじゃ。にしてもお前、少し腕を上げたか? 前より美味いぞ」
「ありがとうございます! 実はおばちゃんに教えてもらったんですよ」
「そうかそうか。だから前より美味いのか」
いや待て、今でとんでもないマズさだったぞ。それなのに前より美味いだと!?
なら前はどれほどマズかったんだ? ある意味、気になるぞ。
「そうね、前よりはマシね。でもまだまだよ。もっと腕を磨きなさい、アリアちゃん」
そしてこれを何事もなく飲める主はおかしい。いや、ちょっとマズそうな顔をしていたがなぜ全部飲みきれる?
あと魔王、お前の味覚ヤバいぞ。早く医者に見てもらったほうがいい。
「それにしても、おばちゃんが作ったビスケットは美味しいですね。手が止まりませんよ!」
「うむ! どんどんと腹に収まっていく! あとこのチョコビスケットはヤバいな。美味すぎる!」
「あらあら、嬉しいことを言ってくれるわね。まだまだあるからどんどん食べてね」
主が嬉しそうな顔をしている。作った料理が褒められるとやはり嬉しいようだ。
一時の休息とはいえ、楽しそうにしているのはいいことである。
「むぐっ!」
そんなことを考えていると、ミィが突然胸を押さえ始めた。そのままとても苦しそうにうめき声を上げ、倒れてしまう。
どうしたんだ急に。まさかビスケットを喉に詰まらせたのか!?
「ミィ様、大丈夫ですかミィ様!」
「大変! アリアちゃん、カップいっぱいに紅茶を用意して!」
大慌ての中、アリアはカップに紅茶を注いでいく。それをミィに飲ませようとするが、持つことができずそのままカップを落としてしまう。
それを見た主はミィの背中を叩いた。一生懸命にビスケットを吐き出させようとするが、ミィの状態は変わらない。
「しっかりして、ミィちゃん!」
「がぁぁぁぁぁッッッ!」
ついにミィは目を大きく見開き、空気が張り裂けるような叫び声を放った。直後、膨大な魔力が破裂し空間の中へ消えていく。
一体何が起きたんだ。私は警戒心を抱きながらミィを見る。すると彼女は、とても小さな身体になっていた。
「は?」
見た限りだが、少女というより幼女。小柄だった身体はさらに小さく、立派なツノも相応してかわいらしいものとなっていた。
本当に、何が起きたんだ?
「うぅ、苦しかった……」
「ミィ様、どうしたんですかそれ!」
「どうしたって何が――なんじゃこの手は? はて、アリアよ。お前大きくなってないか?」
「ミィ様が小さくなったんですよ! 本当にどうしたんですか!?」
「小さくなった? な、なんじゃと!?」
ミィは慌てて自分の姿を確認する。そして幼女になった自分を見て「なんじゃこれはー!」と叫んだ。
「わ、わしが幼くなっておる。ど、どうしてじゃ!」
「わ、わかりません。一体どうしてこんな……」
「突然どうしたのミィちゃん。すっごい小さくなってるわよ!」
「わからぬ。どうしてじゃ、どうしてこんな身体に……」
考える主達。しかしどうしても原因がわからない様子だ。
私は何となく主が作ったビスケットを見てみる。するとそこには非常に強い浄化の力が宿っていることに気づいた。もしかすると、主が作った料理は強い浄化の力が宿るのかもしれない。
だからシロブタはずっと戻れていないのかもな。
「ああ、なんてことじゃ。わし、小さくなってしまった」
ショックを受ける魔王は、なぜだか胸を押さえて泣いていた。まあ、そんなに大きくない胸がさらに小さくなったからな。とてもショックなのだろう。
こうして魔王は幼女となった。それはそれはかわいらしい女の子である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます