33:ケンカは互いの本音と不満をぶちまけるもの

 私は確かに攻撃を受けた。だが、ちゃんと生きている。何が起きたのか、と思い見渡していると何やら妙な存在が目の前にいた。

 それはどうやら主が度々話してくれるお父ちゃんのようだ。しかし、おかしなことに全身が真っ黒でなんだか人らしい気配を感じられない。感じられるのは、主が持つ大きな浄化の力だ。


 一体何が起きたのか。そんなことを考えていると豪炎竜、いや邪竜が右へぶっ飛んだ。気がつけば邪竜が立っていた場所にお父ちゃんが立っていた。


『ククク、まさかこの俺を殴り飛ばすとはな。この世界にそんな酔狂なことをするバカがまだいたとは思ってもいなかったぞ』


 邪竜は楽しげに歯を剥き出しにして笑っている。その一瞬の出来事は私の目には捉えられないほどの速さであり、そもそも殴ったのかなんて認識できないほどだった。

 もしかすると、いやもしかしなくてもお父ちゃんはめちゃくちゃ強い。


「お父ちゃん! いきなりケンカ売っちゃいけないでしょッ! そんなんだからお隣の田中さんが話を聞いてくれないのよッッッ!」


 なんだか見当違いなことを言って主は怒っている。お父ちゃんはお父ちゃんで話を聞いている様子はなく、宙を飛び様子を見ている邪竜に人差し指を手前に曲げる仕草をして挑発をしていた。

 どうやらなかなかにアグレッシブな人物のようだ。


「もぉッ! そんなことしちゃダメって言ってるでしょ! お父ちゃんは若くないんだからねッ!」

『いやイケる! あのお父ちゃんの強さは尋常ではない。このままあいつを屠ってくれれば事件は解決――』

「バカなこと言わないでよ、神様! おばちゃん達は話し合いをしに来たんでしょッ! ほら、お父ちゃん。拳を鳴らしてないでしゃんとして!」

『そんな事態ではない! イケ、そのまま倒してしまえ!』


 私のかけ声に応えようとしてくれたのか、お父ちゃんは飛んでいる邪竜を睨みつけていた。そして静寂を破るかのように拳を地面に突き立てる。

 思いもしない振動が建物を揺らした直後、石造りの床に大きな亀裂が入った。なぜか爆発が起き、その勢いに乗って地面からたくさんの瓦礫が飛び上がる。思いもしない攻撃に邪竜は回避行動を取るが、それがお父ちゃんの狙いだった。


『こんな子供騙しが通じると――』


 邪竜が全ての瓦礫を回避し、安全な場所に陣取ると再び瘴気を集め始める。それは先程とは比べものにならないほどの規模だ。

 マズい、あんなものを爆発させられたら神殿が吹っ飛ぶぞ。

 そう思っていた矢先、突然邪竜が動きを止めた。


『なっ』


 邪竜が見上げる。視線を合わせるとそこにはお父ちゃんの姿があった。

 そう、いつの間にかお父ちゃんが邪竜の上を取っていたのだ。まさか、瓦礫を飛ばしたのは足場を作るためだったのか。

 私が感心しつつそのめちゃくちゃなやり方に血の気を引いていると、邪竜はお父ちゃんの拳によって叩き落された。そのまま大きな音を立てて床に落ちると、お父ちゃんは音もなく華麗な着地を見せる。


 強い、私の想定していたよりも遥かに強い。これが、主の言っていたお父ちゃんなのか。


「これはすごいところを見てしまったのじゃ」


 こんな戦闘を眺めていると、遅れてミィ達がやってきた。二人ともお父ちゃんのめちゃくちゃな強さと戦いっぷりに感心しつつもどこか呆れている様子だ。

 もしミィと同じ立場なら、同じような反応をしているだろう。それにしても、何なんだこの戦い方は。先代よりもめちゃくちゃじゃないか。


「うぅーむ、あまりおばちゃんを怒らせんほうがよさそうじゃな」

『主を? 何を言っているんだ?』

「あれは、いやお父ちゃんといえばよかろうかの。おばちゃんの影を媒体に生み出された実態のある幻影じゃ」

『実態のある幻影?』


「かつての戦争の話を聞いたことあろう。この世界にいた聖女は自身を守るためにおのれの光を利用し、影で戦っていたと。聖女の光を浴びた影は愛する者の姿を借り、迫る魔の手を全て屠ったそうだ」


『つまり主は、それをやっているということか?』

「そうかもしれん。おばちゃんの光はお前が想像するよりも強いから、それが反映されているかものぉ」


 なら余計に好都合だ。このまま邪竜を倒してくれれば問題が一つ解決する。主の力が具現化したのならば、いくら不死身だとしてもその傷の回復は遅いはずだ。

 そう思っていたが、邪竜は勝ち誇ったかのように笑みを浮かべる。


『たいしたものだ。ならば少し本気を出してやろう』


 邪竜は起き上がるとけたたましい咆哮を上げた。それは鼓膜が破れてもおかしくないほどのうるささだ。

 その雄たけびが響く中、邪竜の後ろに何かが現れる。そこには様々な魔物と村人達の姿がある。


「た、助けてくれー!」

「嫌だ、消えたくないー!」

「ま、魔王様、助けてぇぇ!」


 たくさんの者達が泡のような何かに包まれ、身動きが取れないまま宙に漂っている。一体何をする気だ、と思い様子を見ていると邪竜の背中からいくつかの光の線が伸び始める。

 それがスライム、オーク、若い男性と繋がるとそれぞれが途端に悲鳴を上げた。


『ククク、命をいただくぞ!』


 繋がったそれぞれの泡が赤黒く染まっていく。気がつけばスライムもオークも、若い男性も装備と服だけを残して跡形もなく消えていた。


 まさか、こいつ命を吸い取ったのか!?


 おぞましい光景に私は身体を震わせる。邪竜はというと全ての傷を塞いだ状態に戻っており、それどころか先ほどよりも大きな力を秘めた状態になっていた。


『行くぞ、影よ!』


 邪竜が体勢を低くし、翼を広げる。お父ちゃんが拳を握った瞬間、再び目では捉えれられない戦いが始まる。

 あちこちと音が炸裂し、ものすごい風が巻き起こる。本当に何が起きているのかわからない中、ぶつかり合っていた二つがものすごい勢いで壁に激突した。

 まるで相打ちになったかのように見える。お父ちゃんはピンピンとしながら地面に着地し、邪竜は楽しげに笑いながら再び宙を舞った。


『たいしたものだな。この程度では差は僅かにしか埋まらないか』


 邪竜はそう言い放つと、再び泡に光を線を繋ぐ。今度は七つで、繋がった者達は恐怖におののいていた。

 泡が赤黒く染まり、中にいた存在は消えていく。その断末魔は聞くに堪えないものだ。


『ククク、今度は二倍以上だ!』


 邪竜が叫び飛びかかり、お父ちゃんはそれに応戦し始める。再び見えない戦いが始まるが、今度は様子がおかしい。

 気がつけばお父ちゃんが後ろに飛ばされ、壁に激突していた。顔色を変えていないのでわかりづらいが、ダメージを受けている様子である。


『ククク、どうやら底が知れたようだな』


 勝ち誇った笑みを邪竜は浮かべていた。これはとてもマズいぞ。このままお父ちゃんが負けてしまえば打つ手がない。かといって何かできる訳でもない。

 どうする、どうすればこの状況を打破できる?


「マズいのじゃ。このままじゃあお父ちゃんが負けてしまう!」

『わかっている! だが、打つ手が――』

「ええい、頼りにならん奴じゃの! こうなればわしが」

「ダメですよミィ様! あれは次元が違いすぎます!」


「しかしこのまま何もせず手をこまねいている訳にはいかん!」

「ですが、万が一に捕まったらあいつの餌食に――」

『そうだ、冷静になれ! お前が万が一に吸収されたら本当にどうしようもないぞ!』


 私とアリアの説得を受け、ミィは参戦することを思いとどまる。だが、ミィの言う通りこのままでは敗色濃厚だ。かといって一緒に戦う選択は取れない。もしあいつに捕まり、吸収されてしまえば勝ち目は確実になくなる。


『待て』


 私は一つのことを思い出す。

 拘束魔法、それは相手の行動を制限するものだ。だがそれには一つの安全装置というものも存在する。万が一に自分自身にかかってしまった場合のために、解除する方法があるのだ。

 邪竜が使っている拘束魔法にもそれが存在するはず。それに捕まえた者の生命力を吸い、自身の力に変えているならば特殊なものになるだろう。


『人の命を奪うほどのもの。ならばそれ相応の制限と条件があるはずだ』

「そうか! 縛り奪うならば明確にわかりやすい何かがどこかにあるかもしれんな!」

『ああ、問題はそれがどこにあるかということだが……』

「その心配はいらん! アリア!」


「はーい」


 ミィの指示を受け、アリアが身軽そうにして飛んでいく。そのまま泡に囚われた女性を見つめ、あるものを発見した。


「ありました、刻印です!」

「やはりか。神よ、おそらくあいつは命を奪うために捕らえた者に刻印を埋め込んでおる。魔法はその刻印がなければ発動せんはずじゃ!」


 なるほど、つまり捕まっても刻印がなければ助かる可能性があるのか。

 しかし、発動条件がわかってもどう止めればいいだろうか。いや、一つ可能性がある。今はそれに賭けるしかない。


「お父ちゃん、何やられっぱなしになってるのよ! 男ならちゃんとやり返しなさいッ!」

『主よ、すまん。私は一旦拠点に戻る』

「どうしたのよ急に? 神様らしくないじゃない?」

『お父ちゃんを助ける方法を見つけたんだ。だから一旦戻る。悪いが、相棒の憑依を解かせてもらう』


「そうなの? わかった、じゃあ行ってきて! 絶対にお父ちゃんを助けてねッ!」

『必ずそうしよう!』


 私は相棒との憑依を解き、ミィに顔を向ける。そして勝利を掴み取るために私はお願いをした。


『サチに会ってくる。転移してくれ!』

「わかった、確認してくるのじゃ!」


 ミィが私に触れると、途端に景色が変わった。そこはとても穏やかなひだまりに包まれており、先ほどまでいた神殿とは大違いの状況だ。

 まるで夢でも見ていたかのような気持ちになってしまうが、すぐに切り替えた。


『ファイ、いるか!』

「いるよ。どうしたの? おばちゃんは?」

『話は後だ。サチはいるか?』

「うん。馬車にいるよ」


 私は急いで示された馬車へ向かう。そこには少しだけ顔色がよくなったサチの姿があった。私は彼女を確認し、すぐにあることをお願いした。


『ちょっとすまない。身体を見せてもらう』

「え?」


 サチの有無を言わさず、私は確認した。すると彼女の首筋に竜に似た刻印がある。おそらくこれだ、と確信し私は手を添えた。

 上手くいくかどうかわからない。もしかすると無駄足の可能性がある。だが、それもやらなければわからないことだ。


「あ、あのっ」

『大丈夫だ、だから心配するな』


 自分に言い聞かせているような言葉だが、気にしないでおこう。頼むぞ、刻印。私の思い通りに機能してくれよ。

 私は持てる浄化の力を手に集める。すると刻印がそれに反応し、赤黒く輝き始めた。そこから線が伸び始め、私の浄化の力を吸っていく。

 いい感じだ。そう思っていると妙なものが目に映った。


『どうしてだ? お前、あの時の言葉は嘘だったのか!?』

『そんな訳ない。だが、俺はお前が狂おしいくらい羨ましい』

『だから裏切ったのか? 俺が憎くくなったから!』

『憎くはない。だけど、俺はお前になれない。俺は、お前になりたい』


 目に映っているのは、一人の少年だ。おそらく若い時の先代だろう。

 では、この視覚の持ち主は誰だろうか。


『バカヤロー! なれる訳ないだろ。なのに邪竜なんかに堕ちやがって!』

『戦いたい。お前と、いつまでも。だから、だから――』

『お前は、本当にバカだな!』


 先代の顔には悲しみと怒りが支配していた。それを見た存在は、少しだけ満足そうな感情を抱いている。だが、その心は満たされていない。

 どこか飢えており、穴が空いていた。その飢えは何なのか。私が理解しきる前にその光景は消えた。


「何をしたの?」

『邪竜に浄化の力を流し込んだ。これで弱体化したはずだ』

「倒した訳じゃないの?」

『戻らないとわからない。だが、倒してはいないだろう』


 私がそう告げた途端、魂の神殿からものすごい音が響く。そこには深紅の竜がおり、遠くにいるはずのこの場所まで雄たけびが聞こえた。

 見た限り先ほどよりも傷ついている。どうやら成功のようだ。

 そう思っていると肉体の神殿からも音が響いた。目を向けると奇妙な光に包まれた何かが邪竜へと向かっていく。


「神よ、よく成功させたな!」


 ミィの声が聞こえてきた。どうやら転移魔法を使って戻ってきたようだ。

 一緒にアリアと主、そしてお父ちゃんもいる。


「あやつめ、お前の力を吸って腹を壊しておったぞ。慌ててみんなの拘束を解いておったわ」

『捕らえられていた者達はどうなった?』

「ほとんどが無事じゃ。さあ、そろそろ大詰めじゃぞ!」


 深紅の竜から黒い何かが飛び出していくとそのまま乗っ取られていた身体は地へと落ちた。黒い何かと光が合わさる中、強烈な衝撃波が空気を震わせる。

 どうやら邪竜が本気を出してくるようだ。なら、こちらも全力を出して叩きのめすのみ。


『このはた迷惑な騒動を起こした張本人のお目覚めだ。盛大にもてなすぞ!』


 邪竜との最後の戦いが始まる。それはそれは激しくバカバカしく、だけど力と力が激突し合うものとなった。

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