21:お風呂に入ることが健康の秘訣
すっかり闇に染まった空の下、私達は本日も賑やかな時間を過ごしていた。一体どこから用意されたのかわからない鉄製のタルに水を目いっぱいに入れ、火を炊いて風呂にすると代わる代わる入ることとなる。
『いやだぁー! 風呂は、風呂だけは許してくれぇー!』
『ふにゃあぁぁぁぁぁっっっ!』
「何言ってるのよ! 臭いキツいし、身体汚れてるんだし! 一緒に入るからねッ!」
シロブタとキナコは一生懸命に拒絶していたが主に捕まり、そのまま風呂へ連行された。私は薪をくべながら気持ち良く歌う主の声を聞く。時折、キナコが風呂から脱出を試みていたがすぐに確保され、そのまま身体を洗われる姿が目に入った。
「じょおーねっつーの、赤いばっらぁー!」
『んにゃあぁぁぁぁぁっっっ』
『ハハッ、ハハハハハッ……』
暴れるキナコに、諦めているシロブタ。そんな二体を押さえながら主は泡を立ててゴシゴシ身体を洗っている。なかなかに楽しい光景であり、騒ぐシロブタ達もどこか楽しそうだ。
さて、今回の風呂に主はとても満足している様子である。一緒にお風呂に入ったシロブタ達はすっかり身体を縮ませているがとても綺麗になっていた。
『最悪だ。また、綺麗になっちまった……』
『ミャーン……』
綺麗になることは悪いことではないが、シロブタにとってそれは大きな屈辱だ。なんせシロブタは元々、腐界の王という魔物であり汚れていることが当たり前という状態だった。それが今ではすっかり小綺麗なシロブタになっている。
これを笑わずにいられるだろうか。もしもっとシロブタのことを知っていたら私はおおいに笑っていただろう。
『うぅっ、俺は腐界の王だぞ。死肉まみれで、死臭がすごくて、みんなそれで震え上がってて、それが俺だったのに。なのに、なのに、なのに今はただの綺麗なブタだ……あぁっ!』
悲壮感たっぷりである。なんて面白いんだ、これが魔王と同等だったとは考えられないな。
同情したのかキナコがシロブタに近寄り、身体に頬をこすりつけてきた。シロブタはそんな優しさに触れ、『キナコォォ!』と泣きながら叫んで抱きつこうとする。
『シャー!』
『いってぇー!』
だが、キナコはシロブタの顔を引っ掻いた。どうやらキナコの身体スリスリは優しさから来るものではなかったようで、毛を逆立ててシロブタに威嚇をしている。
あれは一体どんな意味がある行動だったのだろうか。
『はーい、シロブタちゃんにキナコちゃん。身体を拭いてあげるからこっちに来てぇぇ』
『うっせぇーババア! 俺はこれ以上、小綺麗になりたくないんだよ!』
「風邪引いちゃうわよ、このバカッ! あ、バカで思い出したんだけど昔マー君ってすごかったのよ! なんせ小学一年生でありながら赤点を取ってきたんだからッ! もうあの時はすごかったわ、おばちゃんマー君の将来が心配になったから一生懸命に勉強を教えたの! そのおかげでマー君、次のテストから百点を取りまくってたわ~。ホント、マー君って天才だったわッッッ!」
『何が天才だ、マー君だ! 俺はもっと汚れたいんだ! こんな、こんな白くて綺麗な肌になんてなりたくないんだよ!』
「ワガママ言わないの! ほら、健康に悪いからこっちに来なさい。もう隅から隅までおばちゃんが拭いてあげるからッ!」
『嫌だっていってんだろが! 俺はもう不健康でいるからな。腐界の王に戻るんだからな! 放っておいてくれ!』
「ダメって言ってるでしょ! もういいわ、おばちゃんが行くから!」
こうして主とシロブタの追いかけっこが始まる。もはや風呂に入った意味があるのか、というぐらいの運動量だ。一生懸命に動き、汗を掻き、気がつけばシロブタは捕まり――
「いい汗掻いちゃったわね。お風呂に入り直しましょうか」
『嫌だぁー! もう嫌だぁー! 助けて、誰か助けてぇぇ!』
シロブタにとって地獄の時間が再び始まる。それはそれは非常に悲しいものであり、私から見ると滑稽であり、おそらくシロブタ以外は大笑いしている状況だった。
まあ、これはこれで賑やかなものである。
『――なんだ?』
しかし、この楽しい時間に水を差す何かを私は感じ取る。咄嗟に振り返ってみるが、何もいない。
『いや……』
僅かながら異質な気配が感じ取れる。それなりの手練れか。気配を感じ取らせているのは相当な自信があることと宣戦布告の意味があるだろうな。
どうする、退治しに向かうか? だが、敵はそれを狙っているかもしれない。どこかに伏兵を潜ませ、無防備な主を撃ち取る算段ということも考えられる。
「神様ぁぁ、ちょっとぬるいわ。悪いけど少し火を強くしてぇー」
敵に対してどうするか、と考えていると主から要望が来る。私はその要望に応えるために敵を放っておくことにした。
どうにかなるだろう。主もいるし。そんなことを思いながら私は薪をくべる。
この選択が間違ってなければいいが。
あれから二時間後、私達は眠りについていた。正確には私とライオ、聖剣以外は寝ている状態だ。ここは平原の真ん中のため、誰かが見張りと火の番をしなければならないためである。
交代し、身体が疲れないようにしながら警戒して過ごす。普段ならライオも休ませてもいいのだが、先ほど妙な気配を感じ取ったこともあり協力してもらっている。おそらくだが、主の命を狙っていると考えられ、その機会を伺っているため敵は動いていない。だが、まだ正確な位置がハッキリとしないのも事実だ。
こうなるとどちらが先に機会を得るかという戦いになる。
「交代に来たぜ」
『そんな時間か。私はまだ大丈夫だからもう少し休んでいてもいいぞ』
「そんなに気を遣わなくていいよ。それより、まだいるのか?」
ライオは私を見つめながら訪ねてくる。私は敵が隠れているだろう木陰に視線を向けず、ライオを見たままその返事をした。
『ああ、いる。まだ機会をうかがっているみたいだ』
「そりゃご苦労なことだ。にしても結構しつこいもんだな」
『主は魔王に匹敵する腐界の王を倒している。警戒しないほうがおかしいというものだ』
「じゃあ結構な手練れが来てるってことなのか? なら警戒を最大限にしたほうがいいな」
ライオは腰を下ろし、私に下がるように促してくる。どうやらしっかり休め、と言っているようだ。
こう促されると仕方ない。素直に休みにいくとしよう、と決意し下がろうとする。だが、その時に誰かが声をかけてきた。
「あら、アンタ達まだ起きてるの?」
振り返るとそこには主の姿があった。グッスリ寝ていたはずの彼女だが、なぜ起きてきたのだろうか?
「歳を取るとダメね、トイレに行きたくなっちゃう。もう若い時は一回寝たらグッスリだったのに!」
『そ、そうか。主よ、私達はここで見張りしているから、そのまま寝てくれ。安全は確保して――』
「ちゃんと寝ないといけないわよ! お肌に悪いし、神様もしっかり寝なきゃ!」
『え? いや、見張りをしていないと魔物が。それに今は――』
「しっかり寝るの! ほら、こっちに来なさい。一緒に寝るわよッ!」
そういって私の腕を引っ張って寝床へ連れていく。
ああ、今はダメだ。敵がずっと襲撃の機会をうかがっているのに、ここで離れたらやられてしまう。
「ライオちゃん、アンタも一緒に寝るのよ! わかったッ!?」
「へいへい、わかったよ」
「返事は一回! もうこれだから若い子は。おばちゃんが若い時はホント厳しかったのよ。それはもう――」
ああ、ライオまで引っ張られていく。完全に無防備じゃないか。
離してくれ、このままでは全滅する!
こうして私は主達と一緒に寝ることになった。見張り役であるライオも聖剣も巻き込まれ、主を囲んで横になる。
本当、不安で堪らないぞ。
次回に続く!
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