第3章
25:家出少女にはカレーライスを
リーダー格のオークを倒したことで撤退していったオーク軍団を追うかのように我々は動き始める。なぜか最後まで一緒に行動してくれるようになった商人達と馬車で移動していると、穏やかな光景が目に入ってきた。
そよ風に揺れる草花と、せっせと蜜を集め運ぶ蜂。青空をゆっくり流れていく白い雲が戦いを忘れさせてくれる。
まさか魔王軍の幹部との戦いが始まっているとは思えないほどの穏やかさだ。もし平和ならこのまま昼寝をして無駄な時間を貪りたいものだな。
「それにしても、まさか本気で魔王と戦う奴らがいるなんてな。でもアンタらならやれそうな気がするよ!」
「そんな物騒なことやる気ないわ。それよりここら辺にモコモコピエロっているの? 今日のお得だし、結構かわいいしッ!」
「俺はこの辺りの地理は詳しくないからな。でも確か、そのモコモコピエロは寒い地方にしかいない魔物だったはずだ。だからここら辺にはいないと思うぜ」
「えー、そうなの? せっかく抱っこしてモコモコしようと思ったのに。いないならいいわ、もぉー」
主はとても残念そうにしている。
ちなみにモコモコピエロというのはなかなかにトリッキーであり、厄介な魔物だ。倒したと思ったら身代わりを使い不意打ち、逃げたから追いかけたらいつの間にかトラップを仕掛けられていてひどい目にあったり、普通に仲間を回復させたりしてくるのである。
だから主が想像しているかわいらしいものではない。むしろとんでもない恨みを買う存在なのだ。
私としては正直、この付近にいなくてよかったと思っている。むしろ世界から消えろとさえ思っているぐらい憎々しさを持つ。
「あら、ちょっと兄ちゃん馬車を止めて」
「どうしたんだよ?」
「とにかく止めて止めて」
主が唐突に馬車を止めさせ、降りて前方に走っていく。突然どうしたんだ、と思い私も駆けた。そのまま追いかけるように進むと倒れている一人の少女を発見する。
背中にかかるほどの赤い髪を持ち、よく見ると二つの黒いツノらしきものがある。赤いワンピースを着ており、見た限りだが
なぜこんな所にいるのか、と考えていると主が少女に声をかける。
「ちょっとアンタ、大丈夫!?」
「うぅ……」
「おばちゃんのことわかる? ほら、起きられる?」
「あ、う、お、おなか……」
「何? お腹が痛いの?」
「おなか、空いた……」
少女がそう告げたその時、気の抜けた音が腹部から響き渡る。それを聞いた私はなんとも言えない気持ちになったが、主は違った。
「神様、ご飯を作るわよッッッ!」
その女の子は我々の敵なのだが、と主に教えようとしたが聞くこともせず馬車へ戻っていく。私は頭を抱え、仕方なく主を追いかけ馬車へ戻った。
まあ、まだ子どもだ。万が一に襲われてもどうにかなるだろう。
「みんな手伝って! この子にご飯を作るわよッ!」
「はっ? 突然どうしたんだよ?」
「生き倒れていたの! ほらアンタ、ボサッとしてないで野菜を切って!」
『飯か! いいぜ手伝ってやるぜ!』
「シロブタちゃんはキナコと遊んでて!」
「何を作るの? 手伝う」
「じゃあジャガイモを洗って! 早いけどお昼ご飯よ!」
昼ご飯を食べるには早すぎるが、仕方ないか。
こうして主の号令により、商人達の分を含めた昼ご飯の用意が始まる。ひとまず私はご飯を炊く役目を任される。火起こししたシロブタはキナコの相手をし、他は主の指示に従い調理をしていた。
しかし、何を作る気なんだ? いつものようにいい匂いがするが、少し辛めだ。
『おい、神様。ちょっといいか?』
『なんだ? 炊くので忙しい』
突然声をかけてきたシロブタを私は適当に理由をつけて追い払おうとする。しかし、シロブタは離れようとしない。
それどころか思いもしないことを告げてきた。
『あれどこで拾ってきたんだよ?』
『どこって、すぐそこでだが?』
『すぐそこって、魔王をか?』
私は思わず顔を上げる。
シロブタ、今なんて言った? 魔王、魔王って言ったか?
『すまん、良く聞こえなかった。なんて言った?』
『だーかーらー、なんで魔王を拾ってきたんだって聞いてんだよ。お前の目的、魔王討伐だろ?』
『いや待て、というか待て! あれは魔王なのか!?』
『そうだよ、魔王だよ。まさかお前、魔王だと気づかなかったのか?』
『全然姿が違うぞ! というか魔王、男だっただろ!』
『あー、そいつは年取って引退したよ。今はその娘が魔王やってる』
なんてことだ! いつの間に世代交代していたんだ!
というか魔王に娘がいたのか。知らなかった!
『な、ならばあの娘を倒せば世界は――』
『倒すって、ババアがいるところでか?』
『……なんてことだ!』
まさかここにきて主の存在がネックとなるとは。しかし、これは絶好の機会だ。どうにかして魔王を倒せば世界は平和になる。
「ちょっと神様! 水があふれているわよ!」
『おおおぉぉぉぉぉっっっ!』
「シロブタちゃん、神様の邪魔しちゃダメよ。あとで美味しいご飯食べさせてあげるからキナコちゃんと遊んでなさい」
『へーい』
く、こんな好機はもう来ないかもしれないぞ。しかし、どうやって目を盗んで倒す? ご飯を食べた後か? いや、もしかしたらどこかへ逃げてしまうかもしれない。だが食事中は難しい。
私がどうするべきか苦悶していると、ドシッと何かが背中にのしかかってきた。思わず振り返るとそこには眠っているはずの少女がいる。
『うおぉおおおぉぉぉぉぉっっっ!』
「おぬし、いい匂いするの。花の蜜のような、そんな匂いじゃ」
絶好の機会、絶好の機会、絶好の機会!
し、しかし、ここで倒す訳には――
く、くそぉぉぉぉぉ!
「あら、どうしたの神様? その子をおんぶしちゃって」
『なんでもない』
「そう? あ、そろそろご飯ができるからね」
『そうか、それはよかった。楽しみだよ』
私は負けた。使命を取らず、主の機嫌を取ってしまった。
ああ、なんてことだ。もうこんな好機はないだろう。
ひとまず食事を取ろう。そうすれば気分は晴れるはずだ。
「今日はカレーよぉぉ」
『おお、なんだこれ! 辛いのにうめぇ!』
「毎回思うけど、これどこの料理なんだ?」
「日本に決まってるでしょ! 知らないのアンタッ?」
「ニホン? 聞いたことねぇなー」
みんなが輪になって楽しむ食事。それには商人達もおり、いつも以上に賑やかだ。だが、私はちっとも楽しくない。
なぜ、魔王が私の隣に座っている!
「うほほー! なんじゃこれは。食べたことがないぞ。ちょっと辛いが美味しくて堪らん! ああ、ご飯が進む。手が止まらんぞ!」
「まだまだあるからおかわりしなさい。あなたのために作ったんだし」
「ありがたやありがたや! あ、わしの名前はミィじゃ。ミィ様と呼ぶがよい」
「あら、ミィちゃんっていうの。じゃあこれからはミィちゃんって呼ぶわね」
「様をつけろ様を。わしはこう見えても百年は生きているぞ!」
「もぉー、冗談が上手いわね。でも残念、おばちゃんのほうがお姉さんだから!」
話がかみ合っているようでかみ合っていない。
ああ、もう魔王討伐なんていい。早くこの地獄の時間を終わらせてくれ。
「ところでミィちゃんはどうしてあんな所で倒れてたの?」
「実はの、大ゲンカをしてしまったんじゃ。そのまま飛び出したら道に迷ってしもうての」
「あら、大変ね。じゃあおばちゃん達が家まで届けてあげるわ」
「ホントか!? それは助かる!」
え? 届ける?
魔王を、どこに?
「ならしばらく世話になるぞ。なぁに、わしがいれば魔物なんぞ一目散に逃げていくもんじゃ」
「頼もしいわね。あ、でもかわいいのがいたら捕まえてね。おばちゃん、ポイント集めてるから!」
「ポイント? なんじゃそれは?」
ああ、もうなんかめちゃくちゃだ。これ、どうなるんだ?
こうして我々は生き倒れていた女の子、いや魔王のミィを仲間にした。もはや魔王討伐ってなんだろうと思う。
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