26:どんな人でも始まりはある
魔王である少女を主は拾い、私は苦しんでいた。倒せば世界に平和が訪れる、のだが彼女の正体に気づくのが遅れてしまう。まさかこんな平原のド真ん中、しかも生き倒れているなんて想定できるか!
何はともあれ、主は魔王少女ミィとベッタリである。見た限りミィのことをとても気に入っているようで、遠目から見ても仲がいいおばあちゃんとその孫としか見えない。
「ふぉぉっ、このクッキーとても美味しいのじゃ! 美味しくて美味しくて手が止まらん!」
「あらあら、そんなに気に入ってくれたのね。おばちゃん作ったかいがあるわぁぁ。あ、お菓子で思い出したんだけどマー君、結構お菓子作りにハマっていたわね。あの子も小さい頃はおばちゃんとクッキーを作ってたわ。今じゃあドーナッツやホールケーキ五段盛りとか作ってたわね。たまにおばちゃん手伝ってあげようとしたんだけど、あの子ったら怒るのよね! 母ちゃんは余計なことするから手を出すなっていうし、失礼しちゃうわッ! でもケーキ五段盛りがおばちゃんの誕生日プレゼントだったから許してあげたんだから! 食べるの大変だったけど美味しかったわよッッッ!」
「それはいい話じゃ! わしもケーキ五段盛り食べてみたいぞ!」
「お父ちゃんはおばちゃんの二倍のケーキだったわ。すごい高さだったけどちゃんと全部食べてたからッ! でもおかげでおばちゃん達はお腹が膨らんじゃったんだからね! これが幸せ太りってやつね。ホント親孝行って最高よッ!」
「ふぉぉぉぉぉっ、ケーキ十段盛りだと! 憧れるのじゃ食べたいのじゃ、とっても羨ましいのじゃ!」
話が噛み合っているようで噛み合っていない。まあ、主との会話はそんなものだからな、仕方がないだろう。
何にしても悩みの種が増えてしまった。これからどうしようか、うーむ……
ミィをどう扱おうかと考えていると、シロブタが声をかけてくる。思わず振り返ると、奴はある一点を見つめてこんなことを言い放った。
『おい、神様』
『なんだ? 今考えることで忙しい』
『あれ、なんだ? 人みたいなんだけどさ』
人? また生き倒れがいたのか? これ以上、面倒ごとを抱え込むのは嫌なんだが。
私が面倒臭そうにしながらシロブタが示した指先を見ると、そこには確かに人がいた。灰がかった青い髪を三つ編みにし、左目を眼帯で隠している。レースで包まれた頭飾りをしており、その身体は使用人が着用しているメイド服よりスカートの丈が短めなものに包まれていた。
ああ、変な奴がいる。絶対に面倒なことになるな。できれば無視をしたい。
そう思っていると嫌なタイミングで主が不審者を見つけてしまった。
「あら、アンタそこで何しているの?」
「――っ!」
「あ、アリア! どうしてここにおる?」
アリアと呼ばれたメイド少女はしまった、という顔をしていた。すぐにどこかへ逃げようとするが、それよりも早く主が彼女の腕を掴む。そのまま引っ張り上げるとメイド少女は「あ~れ~」と叫び、踊るようにクルクル回っていた。
そして次第に回ることに疲れたのか、それとも単純に目を回したのかメイド少女は大の字になって倒れる。ミィはそんな姿を見てか、大笑いをしたのだった。
「カーッカッカッ! 相変わらず情けないのぉ」
「うぅ、笑わないでくださいよー」
「全く、そうやって隠れるから悪いのじゃ。ほら、手を貸してやるから立て」
アリアはミィの手を借り、立ち上がる。そしてエプロンについた土埃を払い、主を見た。
途端に彼女はミィの背中に隠れる。ふむ、とても警戒しているようだな。
「あら、かわいい子じゃない。あ、そういえばこの服、テレビで見たことがあるわ。確かメイドってやつでしょ!」
「な、なぜ私がメイドだと気づいたんですか!」
「見ればわかるじゃない。あ、そうそう。思い出したわ。確か愛を込める時は、もえもえきゅんきゅんっていうんでしょ! あれで愛が入るとは思えないけど、もしかしてお料理した時はやってるの?」
「そ、そんなの言いませんよ! なんですか、もえもえきゅんきゅんって!」
「あら、そうなの? ご主人様お帰りなさいませ、とか言わないの?」
「それは、言いますけど……」
「じゃあもえもえきゅんきゅんも言ってるわね! さすがメイドさんね!」
よくわからないが、アリアが押されている。まあ主の会話は噛み合っているようで噛み合っていないから仕方がない。それにしても、もえもえきゅんきゅんか。一体どんな効果があるんだ?
「お前、作るたびに毎回やってるのか?」
「一度もしてません! だからそんな目をしないでくださいよ!」
「しかし、先ほどは――」
「お帰りのほうです! 勘違いしないでくださいよ!」
なぜだかわからないがミィにアリアは引かれている。どうしてそこまで引いているのだろうか。
まあいい。それよりもどうやってライオの村を救うか考えよう。真正面からぶつかり、勝ったとしても再び襲撃してこない保障はない。一番の解決方法は魔王を倒すことだが、それはできないから違う方法を考えなければ。
しかし、敵の再襲撃を抑止する方法なんてあるのか?
『また難しいことを考えてるのか?』
私が完全な意味で村を救う方法を考えていると、シロブタが茶化してきた。今は真面目に考えているから話しかけないで欲しいんだが。
『そうだ。お前は気楽でいいな』
『ケッ、難しいことなんざ考えたって無駄さ。世の中っつーのは案外単純なもんなんだぜ』
『単純に生きてきた奴だから言える言葉だな』
『お前は難しく考えすぎなんだよ。ま、何考えてるかわかんないけどな』
単純に生きてきた奴が煽ってくる。しかし、シロブタの言葉も一理あるか。少し複雑に考えていたかもしれないな。
事態を重く見ていることもあるが、もっと整理して単純化してみてもいいかもしれない。そうすれば何か見えてくる可能性もある。
「ああ、いい……」
はて、なんだ? 急に背筋に悪寒を感じたのだが。
私は思わずシロブタを見た。すると奴は奴で青白い顔をしている。
「いいですね、ライバル同士が煽り合いながらも一緒に目的を達成しようともがく姿。それはまさに、愛のはじまり! いい、いい、いい! 今回のネタはこれでいけます!」
なんだ、どんどんと寒気が強くなっているぞ。まさか、この私が風邪を引いたのか?
いや、それにしては寒すぎる。それとそこはかとなく危機感を覚えるのはどうしてだ?
『か、神様。よくわからねぇーが近くに危険生物がいる。たぶん、すっごい近くに!』
『まさか、魔王以上の存在がいるというのか! だが、それならこの悪寒の説明もつく!』
まさか邪神か!? だが、あれは私が生まれる遙か前に魂が消滅したと聞いたが。
く、なんだこの寒気は。あまりの恐怖に身体の震えが止まらないぞ!
「ふ、腐腐腐。ああ、ぞくぞくします。神様×シロブタなんて誰も描いたことがないBLネタです。ミィ様、今ここで小説を一本書いてもいいですか!?」
「やめておけ。あやつらに地獄を見せることになる」
よくわからないが、寒気が消えた。なんだったんだ、一体……?
それとこれまたよくわからないが、アリアがとても悲しそうな顔をしている。どうしたんだ彼女は?
「ねぇねぇ、メイドさん。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいい?」
「なんでしょうか?」
「腰に下げてるその袋、何が入ってるの? おばちゃん、気になっちゃうわぁぁ」
「ああ、これですか。これは私が作ったクッキーですよ」
主に言われ、アリアは腰に下げていた袋を手に取った。そしてそれを彼女が何気なく開いた瞬間、そこから瘴気があふれ出す。
思わず目を大きくすると、袋から禍々しくどす黒いクッキーが出てきた。私は思わず下がると、彼女はミィにそれを与え始める。
「はい、ミィ様。おやつですよー」
「わーい」
ミィは躊躇うことなく瘴気クッキーを口の中へ運ぶ。そのままものすごい音を立てながら噛むと、直後に彼女の力が強まった。
まさかこのクッキー、魔王の力を強める効果があるのか?
「あ、みなさまどうですか? ちょっと焦がしちゃいましたが、美味しくできたはずですし」
『私は遠慮しよう』
というか食べたくない。これ食べたらおそらく、腹を壊す程度で収まらないぞ。
「あ、そうですか。じゃああなたは食べます?」
『うん! 食べる!』
アリアに勧められ、シロブタが瘴気クッキーを受け取る。
しまった、奴は元々腐界の王だ。瘴気クッキーを食べたら復活するかもしれない!
く、シロブタめ。それをわかってて受け取ったな。あのしてやったり顔が憎たらしい。
『いただきまーすっ』
シロブタは瘴気クッキーをバリバリと噛み始める。く、止めたくても瘴気クッキーの残滓が強くて動けない。このままでは――
『うっ!』
シロブタがワナワナ震えている。くそ、どうすることもできなかった。腐界の王が復活する!
『ま、マジぃ……ゲロマジぃぃ』
『……は?』
シロブタは青ざめた顔をしていた。どうやらとてもマズかったようだ。食べたもの、いや胃袋に入ってた全てが吐き出される勢いである。
そんなシロブタを見て、ミィは不思議そうな顔をしていた。
「これが普通じゃぞ?」
味覚がおかしいと思ったのは私だけではないだろう。
あまりのマズさに悶えるシロブタは、突然腹を押さえた。どうやら見た限り激しい腹痛に襲われているようだ。
そのままどこかへ走り去り、シロブタは叫んでいた。想像したくはないが、とてもヤバそうだ。
「あら、大変ね。あとでお腹に優しいものでも食べさせなきゃ」
主はのんきにそんなことを言っていた。
ちなみに主も瘴気クッキーを食べたが、特に変化はない。ただマズいという見解はシロブタと一致したらしく、アリアに料理を教えることにしたようだ。
たまに晩ご飯に出されることも決定したため、最悪である。
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