9:素材を活かせばご飯は美味しい 前編
闇色に溶け始めた赤い空の下、私達が冒険者ギルドで出会った男性が懸命に剣を振り回しレッドスラキングの身体を切り裂こうとしていた。だが、どれほど力強く剣を振ってもレッドスラキングはぷるんぷるんと震えるだけでダメージを受けている様子はない。
そんな魔物の姿を見て男性は奥歯を噛む。当然だ、駆け出し冒険者である男性の装備と戦闘技術では勝てる相手ではない。ましてや〈二つ名持ち〉の魔物だ。ついさっき冒険者登録をした彼の実力で退治できる訳ないのだ。
そしてそれは我が主にも当てはまることである。
「ひゃっほー!」
『うおぉおおおぉぉぉぉぉっっっ!』
主の意のままに身を任せていたらスピードが出すぎて止まらない! なぜここが下り坂になっているんだ。このままではレッドスラキングに突っ込んでしまう!
私は焦りながらどうにかスピードに乗った身体を制御するが、主はさらにペダルを漕ぎ始めた。もうこれのせいでさらに身体は加速し、止まる気配は全くなくなってしまう。
ああ、このまま突撃したらとんでもないことになる。ええい、使いたくなかったがこうなればやるしかない!
『プリズムウォール!』
私は主ごと包み込む魔力防壁を展開する。止まれない状態ならば覚悟するしかないという話であり、私は腹をくくったということを意味するのだ。しかし、我が主は予測不能なことをする。それが我が主であり、主が主であるがゆえんの行動だ。
つまりのところ、主は急ブレーキをかけたのだ。
『グォオオオォォォォォ!!!』
急ブレーキをかけたことによりとんでもない重力が私の身体を突き抜けていく。それはもう身体がバラバラになるんじゃないかと思うほどの力だ。だが、どれほどスピードを殺したところで私は止まらない。そのままレッドスラキングに突撃し、やつの身体をぶっ飛ばす。
思いもしなかったのか、魔物は無抵抗のまま転がっていく。その光景はどこか滑稽なものであり、ぷるんぷるんとする動きに妙な面白さがあった。
「な、なんだ!?」
「ちょっとアンタ、何一人で頑張ってるのよ! おばちゃん手伝ってあげるからあの赤いゼリー、ちょうだいッ!」
「ハァっ? ってお前、ギルドにいたババアじゃないか。なんでこんな所にいるんだよ!」
「ババアとは失礼ね! おばちゃんまだピチピチの五十歳よッ!」
「知るかそんなこと! どけ、今戦っているから邪魔すんな!」
「かぁー、そんなんだからダメなのよアンタは。いい、一人でどうしようもない時はちゃんとホウレンソウするのッ! 知ってるホウレンソウって。報告連絡相談よ! おばちゃん若い時はお局様にみっちり叩き込まれたんだからね! もう泣いちゃうぐらい怒られたし、今思い出すだけでも身体が震えちゃうんだからッ! でも大切なことなの。どのくらい大切なのかわかる? わからないわよね! だからおばちゃんが教えてあげるわッ! まずは報告からなんだけど――」
「話が長いんだよ! 今どんな状況かわかってんのかお前は!」
彼は非常にイラつきながら叫んだ。
わかる、わかるぞその気持ち。だが諦めろ。主はそんな程度では止まりはしない。
『PPPAAAAAッッッ』
起き上がったレッドスラキングは声にならない叫び声を放っている。どうやら怒っている様子だ。私は息を飲みつつ、憤っている魔物を見つめる。まだ怒りは頂点に達していないようだが、いつ爆発してもおかしくない状態だろう。
ひとまず主に慎重に戦うように伝えるか? いや、そんな意見を聞くような彼女ではない。聞いているならもっと言うことを聞いてくれているし。
『PPPPPAAAAAAAAAッッッ』
私が悩んでいるとレッドスラキングが我が主に向かって何かを飛ばしてきた。私は咄嗟に魔力防壁を張ろうとするが、それよりも早く冒険者である男性が動く。飛んできた赤い物体を左手に持つ革の盾で受け、弾き返そうとするができない。よく見るとそれは盾にくっついており、それを見た男性は咄嗟に盾を放り投げた。
数秒後、くっついた赤い物体は怪しい煌めきを放ち大爆発する。それは革の盾なんて簡単に木端微塵にするほどの威力だ。
そんな光景を見て男性は顔を蒼白にさせる。もし捨てるという選択をしていなかったら、と考えているだろう。その予想通り、爆発に巻き込まれたのは明白で、腕一本で済めばいいほうである。
「こりゃやばいな」
戦っている魔物がどれほど危険な存在なのか男性は気づいたようだ。我が主も彼のように気づいてくれればいいのだが――
「何あれ? 爆発したんだけど。あ、もしかして食べるとパチパチするあれかしら? じゃあ食べたら美味しいかもね! ならますます捕まえないといけないわ。おばちゃん料理のレパートリーが増えて嬉しくなっちゃう~」
気づいてくれ、我が主よ! いや、それよりも魔物を食べようとしているのか!? やめてくれ、瘴気でただでさえやばいのに食べたら腹痛だけでは済まないぞ!
「魔物を食おうとするんじゃねー! 何考えてんだよ、頭おかしいだろ」
「うっさいわねアンタッ! おばちゃん今、晩ご飯をどうしようかと考えているのよ! ちょっと静かにしてくれないッッッ!」
「こんな時にメシのこと考えるんじゃねー! 何なんだよお前は!」
冒険者の男性に指摘されるが主は気にしない。それどころか鼻歌をこぼし始める始末だ。とても怖いが、おそらく今晩のレシピが決まったのだろう。
だとしても、このままではその晩ご飯にありつくことは難しい。ならばどうにか主をやる気にさせ、冒険者の男性の協力を得なければいけないな。
そう思い、私は彼に声をかける決意を固めたのだった。
次回に続く!
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