13:おばちゃんの好みが家庭の味 後編
お金を手に入れた私達は、一枚の金貨を使って大量の食材を手に入れた。
運ぶのが大変だったぞ!
私達は重たい荷物を厨房の前に下ろすと主が機嫌良く鼻歌をこぼしながら調理し始める。シロブタがまた何か良からぬことを企んでいたが、すぐにゲンコツされつまみ出されたのだった。
私達は主が料理を完成させるまで宿屋の受付かつ憩いの場で待つ。部屋はというと、私達が突然やってきたということもあり準備中だと宿屋の店主は教えてくれた。美味しい匂いが漂ってくる中、私はシロブタと共に横になり冒険者の彼はというと、手元に残った剣の手入れをし始める。
その表情は穏やかでありつつもどこか研ぎ澄まされており、なぜだかわからないが焦りのようなものも感じ取れた。
『人の子よ、少しいいか?』
「ライオット。ライオって呼んでくれ。なんだ?」
『ライオよ、お前はギルドで鑑定し直せと騒いでいたな。どうしてそんなことを要求したんだ?』
ずっと気になっていたことだった。ライオは時間がないと言って鑑定のやり直しを要求を求めた。それはどうしてなのか、という想いが私の中でずっと消えなかったため聞いてみたのだ。
するとライオは剣を磨きながらその理由を話し始める。それは私が想定していない事態だということも教えてくれた。
「俺の故郷の村は、魔王に支配されているんだ」
『なんだと?』
「魔王の幹部〈豪炎竜グレゴリア〉が支配してて、そいつにみんなひどい目に合わされている。半年に一度、魔王の目に叶う贈答品を出さないとその代用として若い娘が送られるんだ。その順番が、俺の妹に回ってきた。どうにかしようと思って俺は冒険者になったんだけど、お前らが知っての通り一つ星だ。魔王が欲しがるものは最低でも三つ星じゃなきゃ手に入らないから、だからやり直しを求めたって訳だよ」
『だから時間がないと言ったのか』
事態は私が思っているよりも深刻なのかもしれない。まさか魔王の勢力が人の住む場所に及んでいようとは。
どうにかしなければならない。だが、この状態ではまだ準備不足だ。まともにぶつかり合える状態ではない。
「まあ、どうにかするよ。まだ時間があるし、それにアンタらのおかげで星が上がりそうだしな」
『だがそれは、根本的な解決方法ではないと思うぞ。それでも――』
「わかってるよ。だけど、そうするしかないんだ……」
ライオは暗い顔をしていた。どうにかなるならどうにかしているだろう。しかし、ライオの実力ではどうにもできないから提示された方法で抗うしかない。
見ていていたたまれないとは、こういうことかもしれないな。
「ご飯ができたわよぉ~」
いい解決方法を思いつかないまま主の料理が完成した。大きな皿に黄色くなったご飯を持ってきた主がニッコニコしながら座る。他にも色とりどりの副菜が添えられ、私達の前に並べられていく。
まさかと思うがあの食材を全部使ったのか?
「さ、食べるわよ」
『わーい』
「こら、いきなりがっつくんじゃないわよ! ちゃんと手を合わせなさいッ。いい、ご飯の時でも挨拶は大切よ。もちろん食べ終わった時も言わなきゃいけないからね!」
『言うって何をだよ?』
「かぁー、わからないの? いただきますよいただきますッ! とにかく手を合わせたらみんなでいうのよ!」
私達は主に促され、手を合わせる。そして全員で一斉に言い放った。
「いただきますッッッ!」
こうして、いやようやく私達は晩ご飯にありつけた。
なんだか長い時間を全速力で走っていた気がするな。それにしても主が作ったちゃーはんというものはなかなかにしょっぱい。だがこれはいい感じに癖になるしょっぱさだ。主の旦那様が全部食べきるのもわからなくはない。それに一緒に出された赤いこの食べ物。いい感じに酸っぱい。なぜだかわからないがちゃーはんが進む。
山盛りのちゃーはんを私はどんどん食べ進めていく。気がつけば腹は膨れ、動くことが難しいという状態になっていた。
「うめぇなー。こんなの、食ったことない」
私と同じ感想をライオも持ったようだ。シロブタはというと黙々と口にかき込んで食事を楽しんでいる様子である。
いろいろと苦労はしたが、こう美味しいものにありつくと頑張ったかいがあると思えてくる。ひとまず魔王討伐のことは一旦忘れ、食事を楽しむとしよう。
「妹にも食わせてやりたいよ。ああ、うめー」
「あら、アンタ妹がいるの」
「ああ。ただ俺が頑張らないと魔王に突き出されちまう」
「何それ、どういうこと?」
主が珍しく人の話を聞き始める。ライオは先ほど私に説明した内容を話すと、それを聞いた彼女はひどく憤っていた。
当然だろうな。主も女性だし、もし自分が同じ立場なら許せないという気持ちが生まれてもおかしくない。だが、どうにもできないのが現状である。
例え主の力があったとしても、魔王幹部を倒すのは難しい。
「ひっどい話じゃない! そんなの許されないでしょ!」
「でも、俺の力じゃあどうにもできない。だからなんとかいいものを見つけて献上しないと――」
「かぁー! そんなんだから足下を見られるのよ! いい、こういう時はちゃんと話し合うのッ! どんなに状況が悪くてもお互い腹を割って話さないといけないの! じゃないと相手はどんどん調子に乗るし、終いには何もかも取っていくわよッ!」
「話を聞いてくれたらまだ嬉しいよ。だけどあいつらにとって俺と村のみんなは奴隷だし……」
「だ・か・らッ! そんなネガティブな考えはいけないの! もう頼りない兄さんね。わかったわ、こうなったらアタシがなんとかしてあげるッ!」
私は思わず主の顔を見る。それはサンサンと輝く素敵な笑顔であり、とても頼りになりそうだった。もしここに人がたくさんいたら彼女から放たれる輝かしい魔力を見て、全員が聖女だと思ってしまうだろう。
そして、そんな彼女の力に触れたライオは目を大きくしていた。
「本当か? 本当にできるのか?」
「できるわよッ。おばちゃんこう見えても話し合いは得意なの。お父ちゃんとケンカもよくするけど、全部仲直りしてきたんだからねッ。でもお父ちゃんもなかなかの頑固な人なのよ。ホント仲直りするの大変だったわぁ」
「頼む、助けてくれ。俺は、俺達はもうあんな苦しい思いをしたくない!」
「本当に大変なのね。わかったわ、おばちゃんに任せなさい! そのぐれんたいっての懲らしめてあげるわッッッ!」
グレゴリアだ、主よ。
ああ、なんと言うことだろうか。シロブタ、いや腐界の王を倒すのにも苦労したのに、今度は豪炎竜グレゴリアだと? 私の命がいくつあっても足りないぞ。
そんな私の憂いとは裏腹に主はライオと約束する。
「みんなを助けてあげるわ。だからチャーハンちゃんと食べなさいよ!」
ライオは涙ぐむ。一生懸命に山盛りちゃーはんを口の中へかき込み、泣いているのを誤魔化そうとしていたが、涙は止まらない。
そんなライオを主は優しい目で見ていた。
「みんな食べた? じゃあやるわよ」
料理を食べきり、全員で手を合わせる。そして一斉に教えられた言葉を叫んだ。
「ごちそうさまでしたッッッ」
こうして私達はライオの故郷へ向かうことになる。まさかこんなにも早く魔王軍と戦いを交えることになるとは思っていなかったが、仕方ない。
こうなればどうにかするしかないな、うん頑張ろう。
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