終章
35:笑っていればいいことは必ず起きる
邪竜との激しい戦いは終わり、我々は勝利を掴み取ることができた。まさか魔王と手を組み戦うことになるとは思ってもいなかったが、何にしてもライオの故郷に平和が戻ったのだ。喜ぶべきだろう。
消えた村人、あとついでに魔王軍も助けることができたが邪竜の手によって数人ほど還らぬものとなってしまい、悔しいものである。だがまあ、あの相手に対して僅かな犠牲で済んだのはまだ良かったのかもしれない。
そんな悲しみを打ち消すためか、村では助かった者達が祭りを開いている。どうやら村を救ってくれた主と私達を称えるためのもののようだ。
『うめぇ。でもなんか物足りねぇなー』
シロブタがそんなことを言いながら手につく料理を片っ端から食べていた。何気に一番いい活躍をしたからな、こいつは。もし刻印を持っていなかったらこんな状況にはなっていないだろう。
いつもならいろいろと注意をしているところだが、今回は大目に見てやろう。
『おい、キナコ。これ食っていいぞ。お前こういうの好きだろ?』
「シャーッ!」
『っぶね! なんで怒ってんだよ!』
『マタタビを嗅いじゃったからね。たぶんベロンベロンだよ、シロブタくん』
『酔っ払ってんのかよ!』
シロブタの近くで食事を取っているキナコ、あとなんか馴れ馴れしいカリバーンが楽しそうにしている。祭りだから当たり前だが、こういう場はちゃんと楽しまないといけない。
それはそうと違う意味で楽しんでいる者達もいる。
「ファイさん、これ食べます?」
「ん、もらう」
ライオはファイに美味しそうなアップルパイを渡していた。とても美味しそうな顔をしている彼女を見て、ライオはどこか満足そうにしている。そんな兄を隣で見ている妹サチは、ちょっと呆れている様子だった。
一応やめておけと言ったが、あの様子だと諦める気はないようだ。なら静かに見守るしかないだろう。
『ちょっとちょっと、見た? あいつあの子を狙ってるよ』
「いけないですね、ホント。だから男ってバカなんですよ」
そんな二人の恋路をひっそりと遠くから見て茶化している寂しい女子達がいる。といっても聖剣エクスカリバーは一応、相方はいるが。それよりお前ら、いつの間に仲良くなったんだ?
『ホントバカよね。でもそれがちょっとかわいかったりするけど』
「そうですか? 男なんかよりもミィ様のほうがかわいいですよ」
『確かに! 男なんかよりかわいいわ!』
なんだかわからないが意気投合しているようだ。まあ、仲がいいのはいいことだと思っておこう。
「この品でこの状態ならオマケして銀貨二枚だな」
「そんなに出してくれるの!?」
「そう驚くなって。ほら、もういないのか?」
商人達も村の復興に一役買っている様子だ。元々魔王軍に支配されていた村ということもあって様々な建物が壊れている。おそらく豪炎竜グレゴリアと配下の魔物が何かしらにつけて暴れ回っていたのだろう。
だから復興に必要な資金を買い取りという形で商人達はやっている。もう使いようのないツボや絵画、どんな使用方法があるかわからない道具まで買い取っている姿があった。
話を聞いてみると、どうやら雇用主の意向らしい。主から受けた恩を他の人に還元する形でやっているそうだ。まあ、あいつなら素直になりきれないところがあるからそういう決断をしたんだろう。
「全く参ったものじゃ」
それぞれの様子を見ているとどこかに行っていたミィが戻ってくる。ちょっと疲れた顔をしているが何をしていたのだろうか。
「今回の騒動の責任を取らせてたのじゃよ」
『責任? 誰に?』
「グレゴリアというバカにじゃ。あいつが野心を抱かずにいれば邪竜なんぞ復活せんで済んだ。余計な被害も起きなかっただろうし、そもそもわしの権威も保たれていただろう」
『よくわからないが、どうしたんだ?』
「この村が復興するまで活動を禁止した。全ての時間をこの村のために尽くし、それを破った場合は罰を与えると脅したんじゃ。奴は思いもしなかったのか目をひん剥いて腕を振るわせておったわ」
なるほど。おそらく死という形で罰せられると考えていたのだろう。だが、そうではなく自身のプライドを傷つけるものだった。グレゴリアにとってこれは死ぬことよりも辛い命令だろうな。
ミィはそれをわかっててあえてそんな命令を下した。さすが魔王、といったところか。
『お前も大変だな。まあ、これで魔王軍が大人しくなるなら私は何も言うことはない』
「なる訳なかろう。わしはともかく、他がそんなタマではない」
『他が? 待て、ミィ。他ってどういうことだ?』
「お前まさか他の奴らを知らないのか? そうじゃの、簡単に説明するなら魔王はわし以外にもいる」
『なんだと!』
魔王が他にもいるだと!? そんな話、一度も聞いたことがない。
いや待て、シロブタが魔王が世代交代したって言ってたな。まさか、魔王の座を受け継いだのは一人じゃなかったのか?
「ざっくり説明すると、わしらは一つしかない魔王の座を誰がふさわしいか争っておる。わしは興味ないんじゃが、まあやらなければならんから一応戦っておるんじゃ」
『だから権威の話をしていたのか。それにしても、なんでそんなことになっているんだ?』
「忘れたのじゃ。まあ、わしが一歩後退したからこれから戦いは激しくなるだろう。おそらくお前もタダでは済まんぞ」
『ありがたい忠告として受け取っておこう』
なんてことだ。とても頭が痛くなることを知ってしまった。
作戦を練り直さないといけないな。しかし、魔王はあと何人いるんだ?
これもミィに聞いてみるか。
私はため息をこぼしそうになりながら頭を抱える。そんな私をミィは見て笑っていた。
「そういえばおばちゃんはどこに行ったんじゃ?」
『料理を作ってる。なんでも親がいなくなった子どものためにご飯を食べさせるとさ』
「何人か邪竜にやられてしもうたからな。殊勝なことじゃの」
『それが主さ』
とはいえ、ミィの言葉に私も賛同している。どんなに励ましてもいなくなった事実は変わらない。これから生きていけるかどうかはその子ども次第だ。
今が助かったとしても未来はわからない、といえる。そんなことを考えているとドッと人が一斉に笑い声を上げた。
『なんだ?』
私は思わず振り返るとそこにはお父ちゃんの姿があった。何をしているのかと思い見つめると、お父ちゃんはお腹をくにくにと動かして変な踊りをしている。
見たこともないものだが、どこか原始的に思える踊りだ。あれは一体……
「ちょっとお父ちゃん! 人様の前で腹踊りはやめてって言ってるでしょッ! もうそんな変な絵を描いて。お腹を冷やしても知らないわよッ!」
おばちゃんが大声を上げているにも関わらず、お父ちゃんは踊り続ける。それはどこか滑稽であり、だけどなんだか気恥ずかしさを覚える姿だ。
そんなお父ちゃんを見てミィは大笑いをする。どうやらツボに入ったらしい。
「もうやめてよ、お父ちゃんッ! みんなが見てるじゃない。ちょっと、どこからザルを持ってきたのッ! ザル踊りは極悪なんだからダメよッッッ!」
主が珍しく焦っている。それはそれはある意味新鮮な姿だ。
だが、お父ちゃんがみんなを笑わせてくれているおかげか暗い顔をしていた子ども達も楽しそうに笑っている。
「腹が壊れる、壊れてしまうのじゃ!」
『それは大変だな。もっと見るか?』
「勘弁してくれぇぇ」
みんなが笑う。主も怒りながらだが笑っている。
それはそれは真剣に難しいことを考えていた私が何もかもバカらしく感じるほど楽しい空間だった。
そうだな、今はこのひと時を楽しもう。困ったらまた考えて行動すればいい。
私はそう思うことにして、考えることをやめた。みんなと一緒に平穏が戻ったことを喜び、笑う。
私の目的は、世界を平和にすること。なら、難しい顔ばかりしてはいられない。
笑っていればいいことは必ず起きる。そう信じて、私は楽しさに身を委ねたのだった。
おばちゃん、神様に乗って異世界を縦断する 小日向ななつ @sasanoha7730
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