おばちゃん、神様に乗って異世界を縦断する

小日向ななつ

第1部

序章

0:おばちゃん、異世界を縦断する

 人々が悲鳴を上げ、逃げ惑っている。魔物が溢れかえる王都はたくさんの悲劇が様々な場所で起き、それを引き起こす魔物達は楽しげに笑っていた。

 男は引き裂かれ、女子供は捕まると弄ばれる。美しかった町並みは血と涙で汚れ、かつて存在した幸せなんてものはない。魔物は全てを壊し、満足気に人々を見下すと再び壊すものを探し始める。


「あら、なんだかすごいことになっているわね」


 そんな悲劇に染まった王都に我らは訪れた。まさか大陸で一番大きい国の首都がこんな悲惨な状態になっているとは思いもしなかったため、私は戸惑ってしまう。しかし、我が主は違った。

 いつものようにため息をつき、いつものように冒険者のライセンスカードをいじり本日のお得なモンスターを探す。そんなことをしている暇はないんだが、私の身は主に委ねているためどうすることもできない。


「今日はっと、あらミノタウロスってのがいいのね。でもちょっと強そうねぇ。おばちゃん、スライムとかがよかったわぁ。だってあの子達、結構いい子だし。あ、そうそう。スライムで思い出したんだけどこの前食べたプルプル飴とっても美味しかったわ。あんなのおばちゃんが住んでた日本にはなかったしッ! というか飴なのにプルプルしてるってすごいわね。どうすればあんな技術が生まれるの? おばちゃん今度あれ作りたいから誰か教えてくれないかしら?」


『すまない主よ。教えてやりたいのは山々だが私の配下にはおそらくその調理法を知るものはいない』


「何決めつけているのよッ! いい、上司ならちゃんと部下の話を聞いてあげなきゃいけないの! おばちゃんも若い頃にお局様にすごいいびられたわ。でもその人、ちゃんとおばちゃんの話を聞いてくれたんだからねッ! もうお父ちゃんの足が臭いこととかおならが臭いこととか最近太ってきたこととかね。いろんなことをぶっちゃけたらその人笑いながらいいアドバイスをくれたわぁ」


『そ、そうか。わかった、では聞いてみる』

「そうしなさいッ! 話を聞いてあげるって結構重要だしね!」


 それをいつも話を聞かない主に言われても説得力はないのだが……


 そんなことを思っていると、何かが我々の前に現れる。それは牛の頭をし、太くたくましいツノを持つ人の身体を持った存在。身丈と同じぐらいの大きな戦斧を軽々と担ぎ、鼻から荒々しい息を吐き出しながら私達を睨みつけている。

 ミノタウロスだ。私は強敵とも言える魔物と鉢合わせたこともあり、身構えるが主はミノタウロスを見た瞬間に「きゃーッ」と歓声を放つ。


「ちょっと神様、変質者よ変質者! なんだあれあんな格好で外にいるのよッ!」

『ミノタウロスだからな。そんなに驚くことか?』


「驚くって、海パン一丁よ! ムキムキを見せたいにしてももっといい姿があるでしょッ! あんなのおばちゃんの目に悪いわッ。あ、もしかしてわざと見せつけてるの? きっとそうよね! じゃなきゃあんな恥ずかしい格好なんてしないしッ!」


『いや、そんな意図はないと思うが……』


「ない訳ないじゃない! あんなに身体を鍛えて、それを見せないなんてもったいないわよ! ほら、昔いた美術家が作った石像があるじゃない。あれ全部ムッキムキよ、ムッキムキ! あんな感じで理想の自分になったら見せたくなっちゃんじゃない? きっとそうよ、そうに違いないわッッッ! お父ちゃんだってまだイケイケだった時は私に身体を見せてきたし、違いないわ!!!」


 意味合いが違う気がするが、あえて指摘しないでおこう。

 ひとまず、主は非常にやる気だ。ならここはこのまま乗せ戦うとしようか。


『それでどうする、主よ? ミノタウロスを――』

「捕まえるに決まってるじゃない! ポイントもいいんだし、やるわよ神様ッ」


 私はミノタウロスを見る。主の気迫に押されたのか、若干たじろいでいる様子だ。

 今ならば倒すことも容易だろう。ならばここは主と一緒にガンガン攻めるのがいい。


「いくわよ神様ッ! あのムッキムキをはべらせるわよッッッ!」

『承知した、我が主よ』


 こうして悲劇に包まれた王都で、喜劇とも言える戦いを私達は繰り広げる。

 私は、勝手気ままな主と一緒にミノタウロスに戦いを挑んでいく中であることを思い出していた。そう、それは彼女と初めて出会った時のことだ。

 まさかこんなことになるとはあの時は思っていなかった。今となっては懐かしい出来事である。


 全ての始まりは、私がまだ妖精達が住む森にいた時のことだった――

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