第16話 婚約者の来訪

『うーん、もっとこう、身体中の魔力を手のひらにぐぐぐっと集中させてえ〜、それをぱあ〜と周りにまく感じだよ!』

「こ、こうですか?」



 魔力の封印を解いてもらいオリヴィアにも会えた日の翌日、目が覚めたらもうお昼過ぎだった。色々ありすぎて相当疲れが溜まっていたようで、夢も見ずの爆睡だった。


 身支度を済ませて遅めの朝食を取った後、カーバンクル様に浄化魔法の訓練をお願いして、今に至る。



『ちがーう! アリアドネはもっと、ぐるぐるってして、しゅわわっとして、むぎゅってして、ぱあ〜って感じだったよ!』

「ぜ、全然分からない……」



 さすがカーバンクル様は生まれながらにしてカーバンクル様、という感じで、教え方が感覚派のそれだ。

 自分なりに解釈して何とかしようと試みたけれど、常に宙に浮かんで見えていた魔力を普段は見えないようにする方法を習得しただけで精一杯だった。



「だ、だめだ……魔力がたくさんあっても使いこなせないと意味がないのに……」

『主、お気になさらないでください。こやつめの教え方が悪いのです。ぐるぐるぱあ〜などで分かれという方が無茶です』



 カーバンクル様もなかなか理解しない私に必死で教えてくれているから何とか結果を出したいけど……まだまだ時間がかかりそうだ。



「元々魔法の心得がある者でしたらカーバンクル様のご指導で十分だと思うのですが、私は基本がなっていないので難しいのだと思います。オリヴィアも魔法教育はあまり受けてこなかったようですし……両親に改めて魔法教育について相談してみます」



 そういって頭を下げると、カーバンクル様は『かたい〜オリヴィアはおかたいよぉ〜』と床をごろごろと転がりながら呟いていた。




「一旦休憩してみんなでお茶でも―――ん?」



 一瞬ふわっと空気が揺れるような感じがして、何となく窓の方を向いてみる。特に変わった様子はないが、どうもまだ視界には入らない遠くの方から、強い魔力を持った誰かが伯爵家に近づいて来ているようだ。

 その大きな魔力はとても清らかで、自然に満ちている魔力に近いものがある。



「神殿の方々かしら?」



 私が言うと、カーバンクル様が違うと思うと首を振った。

 管狐たちも気配を察知したようで、セイ、コウ、座敷童子は以前のように一旦姿を隠すと言って居なくなった。



「あっ、そういえば、フレッド様とルイス様の時は何でみんな隠れなかったんだろう」

『ああ、それは今からここに来る人が精霊使いだからじゃないかな』

「精霊使い……?」



 聖獣に精霊、この世界には本当にファンタジーがごっそり詰まっているらしい。



『精霊は自然が形になったみたいなものだからね。精霊使い……つまり、精霊の契約者と神殿の人たちとでは力の差が比べものにならないんだよ』

「なるほど……」



 となると、これからここに来る人物は精霊と契約出来るほど凄い人物だということ……。



(でも、精霊使い様と伯爵家にお付き合いなんてあったかな)



 オリヴィアの記憶を何度振り返っても思い当たる人物は居ない。自分が眠っている間に色々あったのだろうか。

 とにかく、自分もご挨拶をしなければならなくなるかもしれないし、身だしなみを整えておかなくては。




 ――コンコンッ。




 数十分後、精霊使い様が到着したようでメイドが声をかけにきた。



「お嬢様。お嬢様にお客様です」

「はい。支度は整って――って、え? 私を訪ねていらっしゃったの?」



 てっきり両親のお客様で、同席せよということかと思っていたのだけど違ったらしい。



「はい、クインズベル公爵様がいらっしゃっております!」



 メイドは、"お嬢様の婚約者が訪ねて来た"という状況に興奮しているようだけど、私はそれよりも、精霊使いの正体がノア様だったことに驚きを隠せない。



(精霊と契約……いつから? 魔力の少ないオリヴィアが気づかなかっただけで元からそうだったの?)



 これ以上お待たせするわけにもいかないけれど、以前もらった手紙のことも何となく気になって、なかなか足が動かない。

 メイドには一旦下がってもらって、準備をしたらすぐに行くと伝えてもらうようお願いした。



 行かなければ、でもなぜか気が重い。

 どうしようかと考えていると、カーバンクル様がいつもより低い声を出した。



『ねえ、オリヴィア』

「……はい、どうされました?」

『いま下の階に来てる人は精霊使いなわけで』

「? そうですね」

『気をつけたほうがいいかも』



 これまでの雰囲気と違い、真剣なお顔で警戒するように言うカーバンクル様にこちらも緊張感を覚える。



「き、気をつけるとは、どういうことでしょう」

『ばれるかも。オリヴィアがオリヴィアじゃないって』

「え……」




 オリヴィアとしての記憶もあり、両親にも特に何も言われてこなかったので、その考えは全く頭になかった。確かに、誰にもばれずに他人として一生過ごすのは無理があるのかもしれない。


 でも、ばれたとしてどうするの。オリヴィアの身体に入らせていただきました、異世界人です! オリヴィアの許可はいただいてます! なんてふざけたことを言ったら、それこそ精霊の力でどうにかされてしまうかも……。


 小刻みに震え出す手を、ぎゅっと握り締める。



「でも、行かないと。婚約者だもの、ずっと避けるわけにもいかないわ」




 震える身体をなんとか落ち着かせて、一歩一歩、重い足を何とか前に運んでいった。





◇◇◇





「失礼いたします」



 応接間の扉の前で呼吸を整えた後、なるべく平静を装い入室した。心配だからとついてきてくれたカーバンクル様も一緒に。



「オリヴィア、待っていたよ。ここに座りなさい」



 父がぽんぽんと叩いた場所へすとんと腰掛ける。

 ノア様が正面にいるのに、正体がばれるのが怖くてまともにお顔が見れない。



「……あら、オリヴィアどうしたの?」



 隣に座る母に声を掛けられてやっと、挨拶をせねばと勇気を振り絞ってノア様のお顔を見る――




「ノア様、お久しぶりで、す……」




(ちょっと待って……ノア様かっこよすぎない!?)




 オリヴィアの記憶の中でノア様の予習はばっちりだと思っていたのだけど、本物の美を前にしては予習など無意味だったようだ。



 透明感のあるアクアブルーの髪に、こちらを真っ直ぐに見つめるアースアイがすごく綺麗。

 しかも、オリヴィアが最後に会ってから三年ほど経っているわけで、記憶の中のノア様よりも体格も良くなり、大人の男性という感じがしてなぜかどきどきしてしまう。



 あまりの美しさに直視できないどころかむしろその美しさに目は釘付けになり、視線を逸らしたくてもそのタイミングが分からない。



(あれっ、私いまどうなってる!?)




 緊張して自分がどんな状況になっているのか分からなくなり混乱していると、父のフォローが入った。



「ははは、久々の再会でオリヴィアは緊張しているみたいだね」



 その一言にはっとして、慌てて居住まいを正す。



「失礼いたしました、ノア様。こうしてまたお会いできて光栄です」



 正直、想像以上に素敵な方だったので、会えて光栄なのは本心だ。

 精一杯の笑顔を向けると、ノア様は私をじっと見つめたあと柔らかに微笑んだ。



「いえ、構いません。三年振りですから少し見た目も変わっておりますし戸惑われたことでしょう。こちらこそ、お会いできて嬉しいです。お目覚めになられて本当に良かった」

「……はい。ありがとうございます……」



(一瞬、見透かすような居心地の悪い視線を感じた気がしたけど、気のせい……?)




 その後は普通に見えたので、美しすぎるがゆえに少し瞳が冷たく見えたのかもしれないと思うことにした。





「――今日は天気も良いし、二人で庭でも散歩してきなさい」

「はぇっ!?」



 突然の父の提案に思わず変な声が出た。

 ……無理。絶対に無理! 四人で話していたからなんとなく話せるようになっていたのに、二人きりになったらまたぎこちなくなって変に思われるかもしれない。



(お願い、ノア様断って――)



「それは良いですね。私も久々に二人きりで話がしたいと思っておりました」

「まあっ! まあまあまあ」



 ロマンス好きの母が目を輝かせながら私とノア様を交互に見る。

 父もノア様のことをとても気に入っているので、快く送り出す気満々だ。




「それでは、行こうかオリヴィア」

「………はい」




 祈りも虚しく、私は差し出されたノア様の右腕につかまり、庭へと一緒に歩き出した。

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転生したら、もふもふ憑きの大聖女になりました 〜おまけに過保護な公爵様もついてます!〜 志波ちもり @chimori28

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