第4話 転生前の記憶

「私がお祖母ちゃんの家に住むよ」


 そう言って私は家を出た。

 両親には何不自由なく生活させてもらったし、家族仲も良好。もちろん人並みに反抗期はあったけれど、まあ普通に仲のいい家族だったと思う。

 ただ、お祖母ちゃんのことだけはずっと気掛かりだった。


 母方の祖父母の家は田舎の古民家、という言葉が似合うような、歴史を感じさせる木造の平家建てだった。

 お母さんは「ただ古いだけの家よ」とよく言っていたけれど、私は木の甘い香りで満たされたお祖母ちゃんの家が好きだったし、お祖母ちゃんも大好きだった。


 残念ながら母とお祖母ちゃんの関係があまり良くなかったために、毎年夏休みの一週間だけしか滞在できなかったけれど。それでもその一週間がとても濃くて、毎年楽しい思い出を作ることができていた。

 特に、お祖母ちゃんが話してくれた『妖怪のお話』は、私の大切な思い出だ。


 お祖母ちゃんには″仲良しの妖怪″がいた。お祖母ちゃんが小さい時に出会った妖怪たちが家に棲み着いて、本来なら人を惑わすはずの妖怪たちが、ずっと家族を守ってくれていたのだという。

 私の母のことを気に入っている妖怪も居て、学校の行き帰りにも着いて行っていたと、お祖母ちゃんが笑いながら話していたのを思い出す。


 お祖母ちゃん曰く、私の母も小さい頃は妖怪が見えていたらしい。

 母と衝突しがちだった高校時代の反抗期真っ只中の私は、これを聞いて心底驚いたのを覚えている。だって母は、「妖怪なんているはずがない」「お祖母ちゃんは頭がおかしくなっちゃったのよ」と、よく言っていたから。


 でもお祖母ちゃんの話では、母は小さい頃、妖怪たちと家の中でかくれんぼをしたり折り紙をして遊んでいたらしい。

 そんな母が変わってしまったのは、小学校の高学年に上がった頃のこと。突然、妖怪たちの姿が見えなくなってしまったというのだ。


 妖怪たちがどんなに話しかけても気づかず、妖怪たちは初め、そういう遊びなのだと思っていた。それならばと、母を笑わそうと、母の周りでは一時期、妖怪たちによる一芸大会が開かれていたらしい。でも、妖怪たちは遂に遊びではないと気づいてしまった。本当に、自分たちの姿が見えなくなっているのだと――


 それからしばらくして、母のことを気に入っていた妖怪も家から居なくなり、その頃から母とお祖母ちゃんは喧嘩することが増えた。

 お祖母ちゃんが妖怪の話をすると母は「妖怪なんていない!!」と怒鳴り、家に帰って来なくなった日もあったらしい。

 お祖父ちゃんは私が生まれる前に亡くなっていたからどんな人かはよく知らないけれど、妖怪は見えない人で、だからこそ二人の間に入ってなんとか家族を繋いでくれていたと聞いた。


 母が成人して家を出た後はほぼ音信不通。数年ぶりの連絡は、結婚報告だったそうだ。

 私が生まれてからは連絡する機会が少し増え、年に一回、娘と孫の顔が見れるようになったことが何よりも嬉しい、と瞳を潤ませて言うお祖母ちゃんの笑顔を思い出すと、今でも涙が出そうになる。

 娘にどんなに煙たがられようと、変わらず愛おしく思うお祖母ちゃんの深い愛を、ひしひしと感じられたのだ。


 ――その、大好きなお祖母ちゃんが亡くなった。

 社会人になって経済的にも余裕が出てきた頃だったから、今度一人でお祖母ちゃんちに遊びに行くね、と約束をしたばかりだったのに。


 病気などはしていなかったし、病院で最期に見たお祖母ちゃんの顔もなぜか満足そうで。苦痛なく逝けたのだったらそれはそれでよかったと思う。でも、私には後悔しかない。お祖母ちゃんと母の関係を取り戻したいと考えていたのに、結局何もしてあげられなかった。その後悔がずっと心に残っている。


 だからこそお祖母ちゃんが亡くなってすぐに家を処分しようとした母のことは理解できなかった。母は別に悪い人ではないし、嫌いではない。ただお祖母ちゃんのことになると冷たく突き放すような発言が多く、そういう母の姿は見たくなかった。


 きっと私がここでまた何もしなければ、お祖母ちゃんの家は本当に簡単に処分されてしまうのだろう。

 それなら、私に出来ることはただ一つ。お祖母ちゃんが大切にしてきたあの家に住むしかない。今の自分がお祖母ちゃんにしてあげられることといったら、家族と妖怪たちとの思い出が詰まったあの家を守ることぐらいだから。


 もちろん母はそんな必要はないと言って難色を示していたけれど、父の「一人で暮らせるように仕事についても考えられるなら住んでも良いんじゃないか」という提案にはしぶしぶ同意してくれた。


 そうして私は在宅でも出来る仕事に転職して、お祖母ちゃんの家に住み始めた。自分でも結構強引だったなとは思う。でも、お祖母ちゃんが妖怪たちと大切な家族と楽しく過ごしたあの家は、絶対に守るべきだと思った。



 ただそれが、妖怪たちとの奇妙な関係に繋がっていくなんて、考えもしなかっただけなのだ。

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