第5話 紅と蒼のもふもふ

『主、この度は座敷童子が無礼な真似をし、大変申し訳ございません』

「いえ、大丈夫です……」


 目が覚めると管狐が目の前に居て、申し訳なさそうに、私の体調を気遣うようにふわふわと浮かんでいた。


 顔に青い模様が入った管狐の名は蒼玉(せいぎょく)。赤い模様が入った管狐は紅玉(こうぎょく)と言うらしい。通称セイとコウ。敬称は付けずにお好きなようにお呼びくださいと言われたので、私も通称で呼ばせてもらうことにした。


 そして、布団の中から飛び出してきたのは座敷童子だった。頭に大きなたんこぶが付いているが、セイが言うには『しっかりと分からせておきました』とのこと。驚いただけでそんなに謝られるようなことでもないのだけれど。でも、座敷童子が床にちょこんと正座する姿はあまりにも可愛くて、ちょっと得した気分ではある。


「それで、その、みなさんの存在はお祖母ちゃんから聞いていたのでなんとなくわかっているつもりです。ただ、見えるようになったことへの驚きと、あと、その『主』というのはどういうことなんでしょ………うわっ」


 座敷童子が急にベッドの中に潜り込んで来たので思わず声が出た。退屈な話が始まるとでも思ったようで、座敷童子はそのまま隣に寝っ転がって、私のネグリジェのフリル部分を指で弾いて遊び出した。何だこれかわいすぎる。


 しかし、その様子を見たセイが座敷童子にもう一つたんこぶを作りそうな勢いだったので、慌てて注意を引く。


「セイ。私はだいじょう――――わあ、すごい」


 セイに手を伸ばしたら、手のひら全体が手触り最高の毛に触れて、逆に自分の意識がそこに集中してしまう。白くて柔らかい毛は密度が高くひんやりしていて、手を押し当てるたびに新雪を踏み鳴らしているような高揚感を得る。


 オリヴィアは動物が大好きだったけれど、領地の経営を気にして何かを飼いたいと言ったことはなかったし、転生前の私は何故かずっと動物に避けられていたので、この感覚はオリヴィアも転生前の私も心の底から求めていたものだ。もふもふもふもふ……


『あの、主?』

「………え? あっ」


 セイの声にはっとして見上げると、セイは眉を下げて苦笑いを浮かべていた。


「ごめんなさい!!! 突然触って失礼でしたよね!? あまりにも素敵な触り心地でつい」

『ふふふっ、いえいえ、よいのですよ。ただ恐れ多いだけですから』

『けっ』


 顔は狐なのに、セイもコウも不思議と表情が分かる。セイは少し照れた表情で、コウは何だか不満げ、だと思う。


「本当にすみません。お話を聞かせてもらえますか?」

『ええ。ではまず、主に我らの姿が見えるようになった件からですが、こちらは皆目見当もつきません。我らは主がお生まれになった時から、ずっと誰かしらがお側についている状態でしたが、幼少期ですら声が届いたり、姿が見えているようなことはなかったと記憶しております』


 生まれた時からずっと!? と、目を見張る私にセイは苦笑いを向け、続ける。


『そして、主とお呼びしていることにつきましては、主のお祖母様が生前、"私がもしこの世を去った時には孫を守ってほしい"と、我らに仰られたからでございます』

「お祖母ちゃんが……?」


 セイはコクリと頷く。


『主のその木筒が下がった首飾りですが、それはお祖母様のご遺言によって受け取られたものではありませんか?』


 無意識に右手にぎゅっと握りしめていたペンダントを見つめる。確かに、これはお祖母ちゃんの遺言書の中に私宛で「お祖父さんからの初めてプレゼントでずっと大切にしていたものだから、お守りのようなものだと思って受け取ってほしい」という一文があったため貰ったものだった。


『この木筒は我らの棲家のようなものでして、主のお祖母様は"孫ならきっとずっと身につけてくれるだろうから、私が居なくなったあとはあなた達がどんな危険からも孫を守って"と仰られまして。実際に、主は毎日身につけておられましたね』


 お祖母ちゃんには何でもお見通しだったらしい。でも、大好きなお祖母ちゃんの素敵な恋の思い出が詰まったペンダントだし、それは大事にするに決まっている。"お守りのようなもの"に、本物の護衛がついていたのは予想外だったけど。


『――ということです。お祖母様より託された瞬間から、我らの主はあなた様になりました』


 なるほど、私が主と呼ばれるようになった理由はわかった。

 でも、お祖母ちゃんて一体何者!?

 妖に一言お願いするだけで、それがすんなりと聞き入れられるなんて只者じゃないよね!? 訊ねようとしてセイを見上げると、何やら訝しげな顔をして耳をピンと立て、スンスンと鼻を鳴らしていた。コウも全く同じ様子だ。


『ふむ。何やら我らとは異なる、聖の力を持った人間が屋敷内に入って来たようです』

「聖の力……?」


『はい。我らは元は妖ですが、主に仕えることで神に近しい存在となっております。ですが今感じるのは元より神に仕えし者の気配です。我らと居ることで主が不利益を被るといけませんから、一時木筒に戻り気配を消して眠ります』

「わ、わかりました」


 そういうと管狐たちはするりとペンダントへ戻って行った。


『私は今も妖怪そのものだから祓われたりして。こんなに可愛い妖怪なのにひどいわ。あ〜こわいこわい』


 言葉とは裏腹に余裕そうな座敷童子だったが、「ちょっとお散歩してくるわね」と言い残し、フッと姿を消した。



 神に使えし者……一体誰だろう。

 オリヴィアの記憶を辿ってみるけれど、思い当たる者はすぐには出てこなかった。

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