第14話 コンッ!
「二人とも。本当に怒っているわけではないから話してくれない?」
何度目かのお願いでやっと頭を上げた二人の顔は、まだくしゃっと歪んでいた。白くてふわふわの頬には、ぺたっと涙の跡が通っているのが見えた。
セイは私のお願いにこくりと頷くと、涙の跡をしっぽでぺっぺと払い、大きく深呼吸をしてから話してくれる。
『お祖母様というのは無論、前の世界での主のお祖母様“ハル様”のことでございます。我々もそのうさぎが現れてから、ハル様がこの国の「伝説の聖女」と呼ばれる存在であることに気がつきました』
「……まさか……本当にお祖母ちゃんが……」
妖を簡単に動かせる時点でとんでもない存在なのではと思っていたけど、伝説の聖女はさすがに予想外すぎる。確かに聖女の如く優しいお祖母ちゃんだったけど、まさかまさかだった。
管狐たちは、カーバンクル様が私に対して"懐かしい匂い"と言ったところで気づいたらしい。
「じゃあここに飛ばされて来た時点では、二人も本当に何も心当たりが無い状態だったのね……」
『はい。我らが元から知っていたことといえば、ハル様が何百年も前に異世界のとある国の窮地を救ったこと、何らかの理由により我らが元居た世界に移り、生まれ変わられたこと。そして、主にはハル様と同じ、一国を救うほどの絶大なお力が遺伝しておられるということで――』
「いやいやいやいや、ちょっと待って。とんでもない重要事項をいろいろと知ってたじゃない」
『もっ、申し訳ございません……ハル様は主を危険な目に遭わせたくないという想いで、お力の封印を願われたので……それから主がこちらへ飛ばされることとなった引き金についてを考えると、どうしても言い出せず……』
余計なことを言うなといったようにコウがセイを小突いた。セイははっと目を見開いたあと、また気まずそうに下を向く。
まあ言いづらといえば言いづらいことかもしれない。でも、流行りものの異世界転生ではよくある引き金だと思うし、私自身は覚悟してた。
「私が死んだから、ってことでしょう?」
『『…………っ』』
淡々と言うと、管狐たちは申し訳なさそうにゆっくりと頷いた。
『主をお守りする役目を任されておきながら、誠に申し訳ございません……』
『守護神が聞いて呆れるよな。……本当にすまなかった』
セイとコウの耳としっぽは、今まで見たことないほどに垂れ下がっている。前の世界の私の死を自分たちのせいだと思い込んでいるのだろう。
「セイ、コウ。こっちに来なさい」
『……はい』
『どんな罰でも受け入れるよ』
そう言ってとぼとぼと近寄って来た二人を、ぎゅっと抱きしめる。
『『主!?』』
「いいから聞いて。あのね、私が死んだとして、それはあなたたちのせいじゃない。そういう運命だったというだけよ。全ての死を回避するなんて無理でしょう? それが出来たら私はとんでもなく長寿になって、人々から化け物扱いされちゃうわ」
『それは、そう、かもしれませんが……』
まだうじうじとしている二人を一旦引き離し、今度はしっかり目を見て言う。
「かもじゃないの! とにかく自分たちを責めるのはやめなさい。やめないのなら、即刻クビにするわよ! 私一人守るのだって、座敷童子だけで十分なんだから!」
『え、私は良いなんて言ってな――』
「分かったわね!?」
『『『はい!』』』
私がすごい剣幕でまくし立てたせいで、座敷童子もつられて返事をしたことに笑いそうになったけど、何とか堪えて厳しい表情で管狐達と向き合う。
そして、二度と自分たちのことは責めない、この世界でオリヴィアとして生きていくために、これからも支えてもらうよう改めて約束をした。
「――よし! それじゃあ後は封印の問題だけね。セイ、コウ、今解いてもらえる?」
『でも、本当に良いのか? 封印を解いちまったらさっきの神殿の奴らにも、そのとんでもねェ魔力が感じられるようになるぜ。そしたら聖女って役目から逃れられなくなる』
「大丈夫よ。あの様子ならどうせ魔力が少なかろうがなんだろうが聖女に仕立て上げられると思うし、聖女になるのなら魔力が多い方が民のためにもなるでしょう?」
『……覚悟決めたんだな』
『ご立派ですよ、主』
「ありがとう。お祖母ちゃんのように偉大な聖女になってみせるわ!」
大好きなお祖母ちゃんに胸を張っていられるように、お祖母ちゃんと同じ、誇り高き聖女というお役目を全うしたいと、今は本当にそう思えている。
『準備はよろしいですか?』
「うん、お願い」
封印の解除には人型にならなければいけないとのことで、セイとコウは人の姿に変化した。
人の姿になるとあまりにも美しすぎて若干圧を感じるし、緊張してしまうから狐の姿の方が良いんだけどなと思いつつ、わがままは言っていられないので黙っておく。
(うぅ……でもやっぱりちょっと怖くなってきたかも……)
二人は二人で準備が必要なようで、険しい顔付きで何やら相談している。その様子を見て更に胃がキリキリと痛んでくる。
(とんでもない魔力を封印しているみたいだし、凄く大変な儀式になるのかも……)
怖い。怖いの一言なのだけど、管狐たちも相当顔色が悪い。二人が頑張るんだから、私もこのぐらい耐えなければ。
『……あの、主、一つお願いがあります』
「な、なに?」
『この封印を解く術というのは、実は我らはなるべくやりたくなかったものです……ですから無事終えたら術については何も聞かず、いつも通りに接していただきたいのです……』
二人はそわそわと落ち着かない様子で、深刻な状況が窺えた。やはりとても難しい術なのだろう。
「うん。わかった、約束する」
危険を共にしてもらうのだから、お願いを聞くのは当然だ。
『ありがとうございます。……では、始めます!!』
二人は大きく息を吸うと、両の手を狐の顔ような形に組み、それを胸の前で合わせた。そして――
『『コンッ!』』
「えっ」
二人が険しい表情で叫んだその言葉を合図に、私の身体が一瞬ぶわっと光った。
魔力なんてものとは無縁の世界に生きてきた私だけど、身体が光を放ったあとは、まるで世界が違って見えた。
宙にはキラキラと輝くダイヤモンドダストのようなものが舞っていて、これが、この世界に自然に満ちている魔力なのだと、なぜか当たり前のこととして感じられる。それに、自分の中にどれほどの魔力があるのかも今は分かるので、驚くほかない。
どうやら私の魔力はその膨大な量もさることながら非常に清らかなようで、自然界に満ちている純粋な魔力と変わらないように感じる。
(カーバンクル様の言うように、聖女に相応しい人間だと自覚せざるを得ないわね……)
そうしてしばらくは初めての感覚に戸惑っていたものの、元々は自分のものだったせいか割とすぐに受け入れられた。
「セイ、コウ。ありがとう。成功したみたいね」
『お加減はいかがですか?』
「世界が違って見えるけど、ちょっと不思議な感じがするくらい。全然嫌じゃないわ。身体もなんだか軽く感じて、むしろ元気になったみたい」
『そうですか、良かったです』
人間の姿のままセイがにこりと微笑んだ。コウも一安心といった表情だ。
しかし。魔力が馴染んでくると、じわじわと気になってくるのは先ほどの術について。
…………コンって言ったよね?
美男子二人が手を狐の形にして、コンって叫んでた絶対。聞き間違いじゃない。
「ねえねえ、さっきの術のことなんだけ――」
『主、お約束は?』
「うぐっ………ご、ごめんなさい」
セイは私の問いをぴしゃりと遮ると、何事も無かったかのように笑顔を向けてくる。但し目の奥は笑っていなかったので、約束通りこれ以上の追求は断念した。
美男子の予想外の可愛い仕草について議論できないのは残念だけど、苦痛を伴う儀式ではなくて本当に良かった。
二人にとっては苦痛以外の何物でもないと思うから、そんなこと口が裂けても言えないけど。
「……さて! それじゃあ神殿に行く日取りを決め、ない、と……あれ?」
話している途中で、突然強い睡魔に襲われた。
遠のく意識の中、みんなが叫ぶ声が聞こえて「大丈夫、少し眠いだけだから」と言いたかったのに声が出ない。
強烈な睡魔に抗えず、私はそのまま眠ってしまった。
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