第13話 聖女の器
「――つまり、神殿の儀式では魔力量が少ないながらも光属性であると判定されたのですね?」
観念した両親が私に事の経緯を話してくれた。
まず、私の魔力は光属性で間違いないとのことだった。
光属性と判定された者は通常、十三歳で神殿に入り聖女様にお仕えする。でも私はあまりに魔力量が少なく、神殿に入っても書類の確認や作成など、神殿に入ってまでやる事ではない仕事しかさせてもらえないだろうと神官様から言われたらしい。
本来なら年数が経てば聖職者としての階級が上がり、より聖女様に近い場で仕事をさせてもらえるところを、私にはその機会が一生来ない、とその場で宣言されてしまったのだ。
「神殿側としては、数少ない光属性を持つ方ですので迎え入れたかったのですが、オリヴィア様は、その……過去に例が無いほど魔力量が少なかったので、神殿入りが必ずしもオリヴィア様のためになるとは言い難く、ですね……」
「ルイス様、どうかお気になさらないでください」
言い淀むルイス様を見ているとこちらが何だか申し訳なくなってくる。私が笑いかけるとルイス様は眉尻を下げて微笑んだ。
「オリヴィア様がいつか神殿に入りたいと願われた際には、神殿は喜んでお迎えするつもりでした」
一見やるせない話のように聞こえるけれど、見方を変えれば魔力が少ない者でも神殿入りを果たせるという前例を作れるということで、大変名誉あることだと思う。
それでも父はまだ複雑な表情を浮かべていた。
「どのような形であっても神殿入りは名誉なことだ。しかしそう捉えない者もいる。特に噂好きの貴族達は自分達の都合の良いように物事を解釈して、好き勝手に言うものでね」
(……なるほど)
父の様子から察するに、神殿での判別の儀式の後、貴族達の間で私にとって何か良からぬ噂が流れたのだろう。
噂好きの貴族達には心当たりがあるので、彼らが言いそうなことは大体予想出来る。
(大方、"神殿入りを断られた出来損ないの光属性持ち"とか"万年下働きの役立たず"とかだろうな)
「それで私のために光属性と判別されたことを隠し、水属性と偽って噂を断ったのですね」
両親は静かに頷いた。
「光属性の浄化と水属性の癒しの魔法には近いものがあるから……何かあった時に誤魔化しやすいと思ったの」
「しかし長年我が家に仕えてくれている使用人にはオリヴィアが光属性であることを伝えてある。疑念を抱く者がいればすぐ火消し出来るようにと」
(それで私が目覚めた時に「聖女様のお力が」と囁く声が聞こえたのね)
光魔法の治療の効果で奇跡的に目覚めた、という意味かと思っていたけど、私が持つ光属性のことを「聖女様のお力」と言っていたのかと合点がいく。
「本当は十三歳の誕生日のあの日に全て話すつもりだったの。騙すつもりではなかったのよ。ごめんなさいオリヴィア」
母が私の髪をそっと撫でながら言う。父もすまなかったと言って私の手を取り、その大きな手で私の手を包み込んだ。
【神のまどろみ】を発症してしまい聞けなかった真実。もしあの日に聞けていたのなら、オリヴィアはどんな決断をしただろう。
心優しい子だったから、自分に出来ることがあるのならと神殿入りを選んだかもしれない。
正直、私も神殿に入るだけだったなら受け入れたと思う。事務作業は嫌いではないし、転生前の仕事も一人自宅で黙々とやるようなものだったから苦じゃない。
でも、「聖女様」になるなら話は別。
こんな少ない魔力なら一日に一回浄化をしただけで数日は寝込むことになりそうだし、そもそも自分に浄化魔法が扱えるとは思えない。
とにかく絶対に聖女様のお役目が務まるはずがないのだ。
どうにか諦めて欲しいという願いを込めて、フレッド様とルイス様に尋ねる。
「神殿にお仕えするというお話でしたらまだしも、聖女というお役目は私には分不相応です。光属性の魔力を持つ女性ということでしたら、私なんかよりも優れた方が神殿内にいらっしゃいますよね?」
これにはフレッド様から質問が返ってくる。
「オリヴィア様はカーバンクル様が何と仰っているのか、お言葉を理解されていますね?」
「ええ、神殿が退屈でご飯がおいしくないという件ですよね?」
失礼かとは思いつつ、カーバンクル様が仰っていることそのままだし良いかなと思い答えると、ルイス様とフレッド様のお顔が引き攣った。
「あ、あの。フレッド様、ルイス様?」
「カーバンクル様はそのような事を仰られていたのですね」
「……ん? も、もしかして、カーバンクル様のお声が聞こえているのは私だけ、ですか!?」
フレッド様もルイス様も苦笑いをして頷き、両親も「聞こえないよ」と困ったように首を振る。
私にはあまりにもはっきり聞こえているし、管狐達も普通に会話をしていたから全く気がつかなかった。
膝の上でむにゃむにゃといっているカーバンクル様に視線をやると『そうだよぉ』と眠そうな声が聞こえてきた。
「そんな、あり得ませんわ。私がそのように特殊な能力を有しているなど、信じられません!」
「それについては、恐らくオリヴィア様は何らかの要因により魔力が閉じてしまっている状態かと思われます」
「魔力が閉じる?」
視界の端で管狐たちがぴくっと動くのが見えた気がしたけれど、何も言ってこないので気のせいかと思いルイス様の話に集中する。
「はい。体内に備わる魔力の核が封印されている状態と言いましょうか……詳しく調べてみないと分からないのですが、"聖女とは聖獣と会話をする者。彼女らは例外なく並外れた魔法の才を持ち、膨大な光の力を持つ。"と神殿では言い伝えられております」
両親も思い当たるところが全くないようで、先ほどからずっと混乱気味だ。特に父は最初のピリついた雰囲気もすっかり消えて、目を白黒とさせている。
「そして、歴代の聖女様には聖獣様のお声を完全に聞き取れた方はいらっしゃいません。もちろん伝説の聖女様を除いて、ですが。オリヴィア様にはきっと秘められたお力があるはずなのです。ぜひ一度、神殿にお越しいただけませんでしょうか」
封印の件の調査も含め、ということだろうけれど、もし本当にとんでもない魔力が隠されていたとしたら私は――。
◇◇◇
『何でも受け入れられそうと言ったそばからこれは、流石に笑えないわね』
笑えないと言いながらも楽しそうな座敷童子を横目に、私はかなり悶々としていた。
あの後、神殿には後日改めて伺うと約束し、無理やり話を終わらせた。頭がぐちゃぐちゃで、もうこれ以上何も考えられる気がしなかったのだ。
両親も相当疲れたようで、今日のところはもう休もうということになり今は自室にひとりで居る。
『でもぼくはラッキーだったな〜。ここには話が通じる者がたくさんいるし、ご飯もおいしいしっ』
ご飯もおいしいと言いながら、スイーツを次々にかき込むカーバンクル様。
結局、カーバンクル様は最後まで駄々を捏ねて、何が何でも神殿には戻らないと言うので伯爵家が一時預かることとなった。
フレッド様もルイス様も、オリヴィア様と一緒ならば安心だと言っていたけど、内心では神殿と私との繋がりが出来たことに安堵している様子だった。
(逃げるつもりなんてないんだけどな……というか逃げたくても逃げられないし。はあ)
転生してから何度目か分からないため息を吐く。
「私が聖女様だなんて、こんなおかしな話は無いと思わない?」
『どうして? むしろぼくは君以外に相応しい人はいないとおもうけど』
「恐れ多いお言葉です、カーバンクル様。なぜそのように思われるのですか?」
不思議そうに私を見つめたカーバンクル様に尋ねると、管狐たちがそわそわとし始めた。
そういえばいつもなら『主に面倒事を持ってくるな!』と一番に騒ぎ立てそうなものを、先ほどから珍しく静かにしている。
管狐達の様子を少し気にしつつカーバンクル様に向き直ると、私の手のひらに額を押し付けてふふふと笑った。
『だって、君はこの国の伝説の聖女、アリアドネの子孫じゃないか』
「………………今、なんと仰いました?」
『だ、か、ら〜、君のお祖母さん、アリアドネでしょ! まあ正確にはアリアドネの生まれ変わりだけど。そこの狐たちも知ってるはずだよ。君の魔力封印してるのあの子たちだもん』
反射的に管狐達に首が向く。が、完全に向き切る前に二人は勢いよく床に伏した。
『主ィィィ、申し訳ございません!! 隠していたわけではないのです! ただ諸々と事情が……ううっ』
『悪かった。きちんと一から説明させてほしい』
セイはもうほぼ泣きながら、罰は受けますから一緒に居させてくださいと懇願してくる。
コウは冷静な様子だけど、頭は深々と下げていつもの横柄な雰囲気が全くない。
座敷童子は、『私は何も知らないわよ』と、両手を軽く上げてやれやれといった様子。
カーバンクル様は『ねえ、大丈夫? ぼくやっちゃった?』と管狐達の顔色を近くに寄って確認している。
そんな混沌とした状況のなか、私はぼーっと、この異世界に来た意味がやっと分かるかもしれないなと思った。
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