第12話 それぞれの秘密

 庭で大泣きした二人を何とか落ち着かせた後、まずは話を聞きましょうと父が応接間に案内した。

 今は私と両親、神殿の使者のお二人がテーブルを挟むようにして座っている。




(うぅ……空気が重い……)



 フレッド様とルイス様は、あの後すぐに突然無礼な行いをしてしまったと丁重に謝罪をしてくださった。でも、父は未だピリピリしている。

 その雰囲気のせいで二人とも縮こまってしまっているし、カーバンクル様は何故か私の膝の上で寝ているし……逃げたくて仕方がない。





「………それで、うちの娘を聖女にするとはどういうことでしょうか。それに聖女様が居なくなっただなんて。神殿は一体どうなっているのですか?」



 重苦しい沈黙が続いた後、父がやっと切り出した。その声は追求するように低く轟き、神殿のお二人はびくっと肩を震わせた。


 領地を任され国の一端を担う伯爵家が、聖女不在という重要事項を知らされていないのは確かに問題だ。

 その上、そんな不穏な空気漂う神殿に娘を招き入れようとしているのだから、父は完全にご立腹なのである。



 神殿のお二人は気まずそうにしばらく互いにチラチラと視線を交わしていたが、やがて意を決したように小さく頷き、ルイス様が話し出す。



「実は……今代の聖女様が南の国の王子様と結婚すると言って神殿を飛び出してしまいまして……」

「まあ……!」



 母は思わずと言ったような感嘆の声を上げ、目を輝かせて身を乗り出す。

 ……母は恋愛小説好きなので、この手の話が大好物なのだ。


 父は母の様子を見て少しだけ頬を緩ませた後、こほんと咳を一つ。母はそれに「あら、いけない」と口元を押さえて姿勢を正した。

 ルイス様は一瞬苦笑いを浮かべたかのように見えたけれど、それ以外は特に気にした様子もなく話を続ける。




「ご存知の通り、南の国とは最近国交を結んだばかりでして、信頼関係が盤石ではありません。そのような状況で聖女様を返せと言いに行けば争いの火種になるでしょうし、それに、あちら側も王子様の所在を掴めていないそうなのです」


「つまり、駆け落ちということですわね?」


「はい。いつからそのような蜜月の関係になっていたのか私共にも分からずで……聖女様は当国の王太子様との婚約が決まっていたというのに……」



 ここまで話し終えると、ルイス様もフレッド様も同時に深いため息を吐いた。

 聖女様が神殿から逃げ出したことで国からはきっと強く咎められただろうし、不在の穴を埋めるのは相当大変なはず。二人が疲れて見えたのもそういうことなのだろう。



「瘴気も昔のように頻繁には発生しませんし、我々が総出で浄化しておりますので、その点は問題ありません。しかしながら聖女様は我が国の平和の象徴。国民が不在を知れば動揺は広がり、それによる混乱はきっと抑えきれないでしょう。神殿は国からの命により聖女様の不在を隠していたのです」



(聖女さまが駆け落ちしたというカーバンクル様のお話は本当だったのね)



 母は伯爵夫人としての振る舞いを気にして何とか抑えているようだけど、その目に宿した輝きのせいで、聖女様と王子様のロマンスに興味津々なのがばればれだ。

 

 私はというと、なんとも言えない気持ちでいる。


 聖女のお役目は誰にでも務められるものではないし、誇り高きものに間違いない。それに、国民に聖女様を嫌う者など誰一人としておらず、全員が崇拝し敬慕していると言って良いと思う。王子様だって同じく掛け替えのない尊い存在のはず。

 それなのに聖女様も王子様も、国も地位も全て捨てて愛する人と歩む道を選んだ……。



(私には理解できないお話ね)



 婚約者のノア様とだってそんな関係ではなかったし、転生前も特定の誰かを特別好きになることなんてなかった。

 きっと今後も大恋愛とは無縁なんだろうな、と諦念の中にある少しの憧れを感じつつ、心にそっとしまい込む。




「――聖女様が不在の理由は分かりました。しかし、だからといってオリヴィアを聖女に、というお話は承服しかねます」



 まだまだ怒り冷めやらぬ父がきっぱりと言う。でも私も同じ気持ちだった。

 そもそもオリヴィアには聖女になれるほどの魔力などなかったはずだし、聖職者が必ず扱えるという光魔法も使えない。転生前の私は言わずもがなだ。

 こちらの世界に来てから管狐たちの存在こそ認識できるようになったものの、本当にそれだけで他は何も変わっていない、と思ったのだけど――

 ここで、フレッド様から衝撃の一言が飛び出した。




「皆さまもご存知の通り、オリヴィア様は聖女様や我々と同じ光属性の魔力を持つお方ですから資格としては十ぶ……」

「えっ」


 フレッド様が何てことないといった表情で放った一言に、思わず驚きの声が漏れてしまう。オリヴィアの記憶を辿っても、光属性の魔力を持っているなんて情報は一切無い。絶対にそんな話は一度も聞いたことがないのだ。

 両親からは「魔力量の少ない水属性だった」としか言われていない。けど、皆様もご存知って――



「ま、待ってください。三歳の時に神殿で受けた魔力属性判別の儀式では、私は水属性だったのですよね?」

「「えっ」」



 これにはルイス様とフレッド様が予想外だったらしく声を上げる。両親の方に目を向けると気まずそうな、難しい顔をしている……。

 神殿のお二人はぽかんとしているし、これは一体――




「お父様、お母様。ご説明いただけますか?」




 今度は私が追求するように言うと、室内はまたしても重苦しい空気に包まれてしまった。

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