第9話 人型になれるのなら先に言っておいて
目覚めてから一ヶ月が経った。
この世界の魔力治療は本当に凄いもので、筋力の衰えなんかは一週間で完全に元に戻り、すぐ一人で歩けるようになった。
今日はお医者様から許可が下りたので、リハビリも兼ねて久々にお庭を散歩することにした。
「はあー、太陽のあたたかい光の中を歩くって素敵ね!」
『主のご気分がよいようで何よりです』
大きく息を吐きながら言うと、当然のように首元から声が返ってくる。
あれから管狐たちとは随分距離が縮まった。
心配性な両親はなかなか部屋の外に出してくれず、食事もまだ自室に運んで来てもらっているので、ずっとこもりきりで退屈だった。
その退屈を紛らわせてくれたのが、管狐と座敷童子だったのだ。
ただ管狐たちは両親以上に心配性で、私がちょっとお花を摘みに……とペンダントを外すと『主、どちらへ行かれるのですか。我らもご一緒します』と言って聞かない。
「いつものだから大丈夫よ」
と言っても、
『いいえ、大丈夫ではありません。いつも申し上げておりますが、我らの身に何が起きたのか分かっていない以上また何が起こるか分かりません。それにその身体はずっと床に臥せっていたのですからいつポキリといくか分かりませんし――』
こんな調子でいつまでもお小言を言ってくるのだ。
セイは涼しげな雰囲気で品のあるイメージだったのに、いざ仲良くなってみると姑(しゅうとめ)感が凄い。
『最近まで気にせず一緒に入ってたのに今更じゃねェか?』
……コウは何というか、デリカシーがない。あと口調が荒いところをよくセイに怒られているが、直す気は無さそうだ。私は気にしてないから別に良いのだけど、デリカシーがないのは直した方がいい気がする。
「常に誰かに見られていると知った今とでは状況が違うでしょう。だいたいあなた達、人型に変化(へんげ)したら男性だったじゃないですか!」
そう、管狐たちは人型になれることが判明した。
しかも超絶美男子なのだ。
グレンゴット伯爵令嬢が奇跡的に目を覚ましたという話は貴族たちの間で当たり前のように話題になり、完全に私は時の人になった。
お見舞いの手紙や贈り物、そしてお茶会への招待状がこの一ヶ月山のように届いた。
ご令嬢たちとのお茶会にも徐々に復帰していかなければいけないのに、両親がまだダメだと言って教育も再開されず、「早くマナー面の実践的な復習がしたい」とポツリと呟いた日。『我らが練習相手になりましょうか?』と、管狐たちはいきなり人型に変化したのだ。
「お願いだからそういうのいきなりやるのやめて」
管狐たちの姿をまじまじと見るより先に、部屋の近くに人が居ないか確認する。管狐たちは人間とはちょっと感覚がズレていて、たまに突拍子もない行動に出るからいつもハラハラさせられる。
『んむっ、この、屋敷内に、私たちの姿が見える人間、誰も居ないわよ』
「え、そうなの?」
私用に用意されたお菓子を、口いっぱいに含んだ座敷童子が言う。お嬢様がお菓子をたくさん召し上がってくださった……とパティシエたちがいつも感動しているらしいけど、みんなごめんなさい。私じゃなくてほとんどこの子の胃に収まってます。
『朝方、主が寝ている間にこの屋敷内を偵察して来たのですが、誰一人として我らの姿に気づく者は居ませんでしたね』
知らない間に勝手にそんなことをしていたとは。
もし見える人が居てびっくりさせちゃったら可哀想じゃないと叱ったら、『元は妖ですので、それは我らにとっては誉れです』と言われてしまった。そういうことではない。
『それで、茶会というのはどうすればよろしいのですかね』
セイが、はて、と言った様子で顎に手を当て首を傾げながらこちらを見る。
(うーん。落ち着いてよく見てみたら、これはとんでもない美男子ね……)
セイもコウも、そこに佇んでいるだけで誰もが目を奪われるような、さすが人ならざる者と言うべき異次元の美貌を持っていた。
セイは白銀の髪の毛が腰まで真っ直ぐ伸びていて、動く度にサラサラと揺れる様子が息を呑むほど美しい。
目は少し垂れ気味で、瞳の色は空色。とても優しげな印象だ。
一方コウは、一言で言うと"危なそう"な感じ。
切れ長の吊り目で瞳の色は深い赤色。父ウィリアムよりも、もっと濃い赤に見える。
髪は短髪で、左耳の上には編み込みがある。
雰囲気は全然違う二人だけど、並べて見るとどこか似ているような気もして、二人で一つなんだなあとしみじみと思う。
『主、今何か良くないことを考えてらっしゃいませんか。その笑みはあまり良い意味をはらんでいるようには見えないのですが』
「いいえ、何も」
いけない、いけない。可憐なご令嬢はにやにやと笑ったりしないものね。
「とにかく、茶会の練習は大丈夫です。茶会が何かも知らない方にお相手を任せるわけにもいかないでしょう」
『くっ……』
『アンタ、賢そうな話し方してるくせに結構馬鹿よね』
座敷童子からのキツい一言が浴びせられると、セイはがっくりと肩を落とし、主のために何かしたいのに……などとしばらくぶつぶつ呟いていた。
コウは落ち込むセイを見てケラケラ笑っている。
(私のために、ねえ………あ)
「私のために出来ること、あります!」
『本当ですか、主! 何なりとお申し付けくださいませ! 金銀財宝、どこからでも奪ってまいります!』
「いや、それはやめて。えっと、まず狐の姿に戻ってくれるかしら」
『承知いたしました』
ぼふんっと白い煙を立てて、セイは狐の姿に戻った。
「そのままベッドの上に横になってくれる?」
『は、はい。主の寝台に横になるなど恐れ多いですが、ご命令とあらば……失礼いたします』
セイがベッドにふわりと横たわる。
うん、よし。では失礼して――
『えっと、主? これは一体……?』
「やっぱり冷たくて気持ちいいーーー」
私の頭の下に敷かれ、天然のもふもふ枕と化したセイは戸惑いの声を上げる。でも私にはもう何も聞こえない。正確には、聞こえてはいるけれど頭を包み込むもふもふの感覚に支配されてそれどころではないのだ。
「セイありがとう。私今すごく満たされてる」
セイの柔らかい毛を撫でながら、心の底から感謝する。
『ふふっ、そうですか。主が幸せでいてくださるのなら我も嬉しいです』
毛並みはひんやりとしているのに、セイの言葉が温かくて涙が出た。
わけも分からないまま異世界に来て不安を誰にも吐き出せず、気づかないうちに心に色々と溜め込んでいたのかもしれない。
(ちょっと無理していたのかな……)
オリヴィアの両親に悲しい想いをさせたくなくて、必死で記憶のなかのオリヴィアを演じ、本当の自分が分からなくなっていた。
今更それに気づいてしまい、どうしようもなく涙が溢れ出る。
『ここに来る前の主のこと、俺たちはしっかり覚えてるしこれからも一緒にいる。だから心配するな』
いつの間にか狐の姿に戻っていたコウが、尻尾の先で涙を拭ってくれた。
顔は向こうに向けられていたのでどんな表情をしているのか分からなかったけど、「ありがとう」と言って尻尾を抱きしめたら、耳がへにゃんと垂れるのが見えた。
座敷童子も加わって、その日はみんなで一緒に眠った。
こんなに穏やかな気持ちで眠れたのは、本当に久しぶりのことだった。
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