第10話 座敷童子は素直じゃない

◇◇◇



「なんか、今なら何でも受け入れられる気がする」


 久々のお庭散歩を楽しんでいる最中。

 管狐たちと眠ったあの日のことを思い出して、何の気なしにつぶやく。

 


『え、なに急に。まさかまた自暴自棄?』



 少し先を歩きながら、見たことのない花を見つけては一、ニと数を数えていた座敷童子が立ち止まって振り返り言う。

 いつもだったら私と管狐たちのやり取りを静観してから、キツい一言をお見舞いしてくる流れのはずだけど、今日は珍しくいの一番に反応してきた。



 というか、またとは何だ。またとは。私そんなに自暴自棄になってた!? と、疑問に思いつつ、近くにいるメイドに聞こえないよう小声で返事をする。



「そうじゃなくて、いい意味でね。みんなに慰めてもらってからすごく元気になったの。ここに来る前の私のことを忘れたりしないって言ってくれたのも嬉しくて。やっとオリヴィアとして生きていく覚悟ができたってこと」



 そう言うと、座敷童子は私をじっと見つめたあと満足そうに微笑んだ。


『まあ吹っ切れたっていうなら良かったんじゃない?』

「〜〜〜〜っ」



 もちもちのほっぺたと、吸い込まれそうなほど綺麗でまんまるな目。その目元が少し細められて小さなお口の端がくいっと上がっているのが本当に可愛すぎて悶える。



「くぅ……座敷童子って、そんな笑顔もできるのね……」



 普段勝気な笑みしか見ていなかったために思わず心の声が漏れると、座敷童子は『どういうことよ。失礼ねっ』と言いながら、ぷいっと身体の向きを変えてまたトコトコと歩き出す。心なしか耳は赤い。かわいい。

 令嬢らしくないにやにや顔で座敷童子の後ろ姿を眺めていると、首元から声がかかる。



『あんな風ですが、主のこと心配しているんですよ。屋敷内の偵察の件も座敷童子の提案です。いざという時に主をお守りするためには、この屋敷内の構造を把握しておかなければならないと言い出しまして』

「座敷童子がそんなことを……?」



 座敷童子はちょっと辛口だが、根がいい子だということは一緒に過ごすうちによく分かった。棘があるような言葉にも、どこかあたたかさを感じる不思議な子だ。

 不器用だなあとは思っていたけど、私のことを「守らなきゃ」と思ってくれているというのは予想外だった。


 これを聞いた座敷童子は、はあ、と大きくため息をついた後、前を向いたままで話し出す。



『まったく勝手言ってんじゃないわよ。私は偵察にかこつけて、屋敷内のお菓子を漁りたかっただけ!』

『そうか? お前お菓子になんて目もくれず、いざという時の退路とか戦闘に有利になりそうな場所とか、めちゃくちゃ頭に叩き込んでたじゃねェか』




 ……はい、出ました。コウの固有スキル、デリカシーゼロの発動です。

 ここは照れ隠しだと察して黙っておくところでしょうよ……と思いながら、お菓子を漁りたかった説を信じそうになった自分を脳内で殴りつけておく。



 コウの盛大なネタバラシを受けて、プライドの高い座敷童子は怒り心頭といった様子でぷるぷると震えながら立ちつくし、しばらく動かなくなってしまった。何か声を掛けなければとあわあわしている内に、座敷童子がゆっくりとこちらを振り返る。



(あらあ……めちゃくちゃ怒っておられる……)



 怒っているのは一見して分かるのだけど、その、顔を赤くしながら頬をぷくーっと膨らませる怒り方はさすがに可愛すぎるよ座敷童子……。


 いよいよ口を開いて怒鳴り散らすか……と身構えた、その時だった。座敷童子が表情を一変させ、目を見開いて私の方へ駆け出してくる。



『主、危ない!!!!!』

「え?」



 刹那、脇腹にドスッと衝撃が走る。



「うっ……」



 何かが脇腹に直撃し、勢いのままその場にどさりと倒れ込む。



「お嬢様!!!!!」

『『『主!』』』



 その場にいた全員(・・)が半狂乱で私の無事を確認しに来る。管狐たちもいつの間にか木筒から飛び出し、私の両肩であるじあるじと叫んでいる。

 幸い、柔らかいボールが突然ぶつかってきた、ぐらいの衝撃だったので怪我はない。でも――



(一体、何がぶつかってきたんだろう)



 キョロキョロとあたりを見回していると、すぐ傍にある植え込みがガサゴソと揺れた。



『そこか――!!!』



 そう叫ぶと、セイの身体から紫色の霧のようなものが噴出し、植え込みに向かって一気に伸びた。



『うぇぇっ、なんだコレぇー!』




 なんだなんだ、くるしいまずいと言いながら、植え込みから転がり出て来たのは……




『このぶれいものー! ぼくのこと知らないのか!? この額の石をみろ! みろ!』



 聖獣カーバンクルだった。

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