第7話 ★私の婚約者(Side.ノア)①
「さあノア、こちらはオリヴィアちゃん。グレンゴット伯爵家のご令嬢だ。歳も近いし仲良くするんだよ」
ある日、公爵家にとても可愛いらしいご令嬢が来た。
柔らかそうなピンク色の髪を肩あたりまで伸ばし、紫色の瞳は宝石のようにキラキラと輝いていて美しかった。
当時私はまだ十歳、彼女は七歳だった。
「初めまして、グレンゴット伯爵令嬢。ノア・クインズベルです」
「お初にお目にかかります、クインズベル様。オリヴィア・グレンゴットと申します」
彼女はミントグリーンのドレスの裾をふわりと持ち上げ膝を軽く折り、完璧なカーテシーを見せてくれた。それだけで彼女がマナー教育に真摯に取り組んでいることがわかった。
クインズベル公爵家の教育は物心ついた時から非常に厳しく、この頃の自分は子供らしさなんてとっくに消し飛んでいたと思う。
よって同い年の令息たちとは話も合わず、友人と呼べる者は誰一人としていない。「大人ぶっていて気持ち悪い」と言われるようになってからは、同年代の令嬢令息と話すよりも、大人と話している方が楽になってしまったのだ。
しかしながらオリヴィアは、このご令嬢なら友人になれるかもしれないと期待させてくれる雰囲気があった。
とはいえ、これがただの社交ではなく、婚約者同士の顔合わせということは当時の私も理解していた。
オリヴィアの方もこの事情を知り、且つ理解できていたかは分からないが、私にとっては「賢そうなご令嬢で安心した」というのが本音だ。
十歳のくせに本当に生意気である。
(彼女にとって、この婚約はどんなものだろう)
伯爵夫妻と話す彼女を見ていると、本当に大切に育てられていることが分かる。
いつか両親のような仲睦まじい夫婦になりたいと夢見ているかもしれないし、理想の王子様像があるかもしれない。
私から婚約破棄を申し出ることはないだろうが、せめて彼女には逃げ場を作ってあげたほうが良いだろう。
きっと私は王子様にはなれないだろうから。
いつでも離れやすいように、適度な距離を保ちながら婚約者としての務めは果たそうと、可愛げのない十歳の私は決意した。
◇◇◇
「グレンゴット伯爵令嬢は、好きな花はございますか」
初対面からしばらくして、改めて交流の場が設けられた。
室内に大人たちとぎゅうぎゅう詰めにされては子供たちが緊張するだろうと、両親が四阿にお茶とお菓子を用意してくれた。
今は給仕のメイドと私たちの三人のみ。
グレンゴット伯爵令嬢は大人しい性格らしく、あまり多くを語らない。だから何か好きなものでも知れればと、花の話を振ってみた。
公爵家の庭は広く、母の趣味で珍しい花も多く植えられているから彼女の好きな花もあるかもしれない。
「そうですね……私はオリーブの花が好きです」
「オリーブの花、ですか?」
(オリーブの木はたしかうちには植えられていなかったな)
散歩の口実にでもなるかと思ったが、まだしばらくここからは動けそうにないか……と考えていたら、伯爵令嬢が口を開いた。
「私の名前、オリヴィアはオリーブからきているんです。花言葉は平和と知恵。賢く穏やかに育って欲しいという願いがこめられているのだそうです」
少し照れくさそうに笑うオリヴィアは、本当に七歳かと疑うほど大人びて見えた。
今思えば私も彼女も、それぞれ違った理由で大人の階段を駆け上らされていたのかもしれない。
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