転生したら、もふもふ憑きの大聖女になりました 〜おまけに過保護な公爵様もついてます!〜

志波ちもり

第1話 序章

『あ、あるじ……申し訳ございませんでした……』


 鮮やかな紅色の着物を着た見知らぬ小さな女の子が、床の上に正座をして謝罪する。艶のある黒色のロングヘアに、ぱっつん前髪がとても可愛らしい。


 年齢は見た目だけでいえば3歳くらいに見えるけれど、ここまではっきり話せるということは実際は違うのかもしれない。


 とにかく、こんな可愛い女の子に謝られた経験は人生で一度だってなく、あるじ(?)と呼ばれたことも初めてなので、かなり面食らっている。


 一方、女の子は「反省」の二文字を体現するかのように、肩を落としてしょぼくれている。頭には大きなたんこぶ付きだ。


 何か声を掛けた方がいいのかな……と考えあぐねていると、女の子は私の顔色を伺うように視線をチラリとこちらへ向け、大丈夫だと思ったのか胸を張って自慢げにこう言った。


『申し遅れました。私は、″座敷わらし“でございます。』


 ふふんっと鼻を鳴らした何やら得意げな女の子は、″自分はヒトではない“と告げた。




 ――数時間前。



(…………え?)

 眼前に広がる光景を、恐る恐る、視線だけ動かして確認してみる。だって、何もかもがおかしいのだ。


 私の記憶が正しければ(いや絶対正しいのだけれど)、うたた寝する前は6畳ほどの小さな部屋に居た。周囲は色褪せた壁紙で囲まれていたし、建て付けの悪い小窓の傍には年代物の小さな机。その机に突っ伏して少し眠っていただけのはず……。


 それなのに、いま居る部屋はとてつもなく広く、天井もあり得ないほど高い。煌びやかなシャンデリアまで吊るされているし、室内に品よく並べられた西洋風の家具が、この部屋を更に豪勢に見せてくる。


「一体何が――っ」


(……あれ? 私の声じゃない!)

 自分の声に驚きガバッと勢いよく起き上がると、そもそもこれまで横たわっていた場所も、これまた高級感あふれるベッドであったことに気づく。


(本当に、ここはどこなの!?)

 咄嗟に自分の腕を目の前に持ってきて確認する。寝る前より明らかに細いし何だか青白い。手のひらを裏表ひっくり返してじっくり観察していると、髪の毛がするりと前に垂れ下がってきた。


「ピ、ピンクだ………」


 髪の毛がピンク色だった。しかも憧れのサラ艶ゆるウェーブロング。


 もう何がなんだか分からない。目を白黒させながら横に視線をやると、サイドテーブルに手鏡を見つけた。これはもう覚悟を決めるしか無いようだ。


(ふぅ………よし!)

 絶対に記憶の中の自分ではない。ということをよく頭に叩き込み、勇気を出して手鏡を覗く………!


「えっ、誰この美女」


 鏡の中には、見たこともない絶世の美女が居た。

 アメジストのようにキラキラと輝く紫色の瞳。髪色もよく見てみるとただのピンク一色ではなくグラデーションのようになっていて、桜色と撫子色が混ざり合い、とにかく美しいという言葉以外に形容しようが無い。

 しかし頬は痩せこけていて、顔色は青白く不健康そうだ。


「ど、どど、どういうことなの……」


 状況が飲み込めず頭を抱えていると、部屋の外からコツコツと人の足音が聞こえてきた。目的地はどうやらここのようで、足音がこの部屋の前でピタリと止まった。


(どうしよう……誰か来るみたい……)

 隠れるべきかとあたふたしていたせいで、うっかり手に持っていた手鏡を落としてしまった。


 ―――ガシャン!

 鏡が盛大に音を立てて割れる。この大きな物音に、外に居た者がノックもそこそこに飛び込んで来た。


「お嬢様!? 失礼いたします!!」


 中に入って来たのはメイドらしき風貌の女性だった。彼女は部屋に入るなり、ベッド上に起き上がっている私を見て目を見開いた。


 今にも叫び出しそうなので、どうにか落ち着かせようと口を開いたのだけれど、一足遅かった。


「あ、あの「だっ、旦那様、奥様ァァァ!! お嬢様がお目覚めになりましたァァァァァ!!」


 メイドはそのまま勢いよく部屋を飛び出し、どこかへ行ってしまった。



「もう、一体なんなの……」


 私の深いため息は誰に聞かれるでもなく、室内に寂しく広がって消えた。

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