第2話 かの有名な異世界転生

「これは……ご病気がすっかり治っておられます。発症から三年経過しておりましたし、いつどうなってもおかしくない状況でしたが……奇跡としかいいようがありません」


 メイドに叫ばれてからしばらく。いろんな人たちがこの部屋にやってきた。

 最初は、この美女の両親、次に建物内の使用人さんたち、そしてお医者様だ。

 お医者様が私を診てくれている間、両親も使用人さんたちもみんな「良かった、奇跡だ、やはり聖女のお力が……」などと言いながら涙を流していた。


 一連の流れを見て、自分のおかれた状況に一つの可能性が浮かんでくる。


(これ、『異世界転生』だよね……)


 夢の一言で片付けるには、あまりに五感がしっかりと機能しすぎている。それに、時間が経つにつれてこの身体の持ち主の記憶が自分の記憶として、段々はっきりとしてきたのだ。



 ――この身体の持ち主の名前は、オリヴィア・グレンゴット。ここ、グレンゴット伯爵家の令嬢だ。


 オリヴィアはグレンゴット夫妻が歳をしてからの子供だったこともあり、とても大切に育てられた。本当に幸せで、何不自由ない暮らしをしていた。

 しかし、十三歳の誕生日を迎えた日、オリヴィアはとある病を発症する。


 通称【神のまどろみ】。


 突然意識を失うように眠ったかと思うと、すぐに目を覚ます。発症して半年まではこれを一ヶ月に一回繰り返す程度なのだが、半年を過ぎた頃からその間隔がどんどん狭まっていき、発症から一年半で今度は一生覚めることのない深い眠りについてしまう。


 体内に魔力を送ることで延命措置をとるのだが、根治は不可能。発症者は三年ともたないと言われており、やがて静かに、眠るように神のもとへ旅立つことになる。

 だから、元のオリヴィアはきっと、もう――




「オリヴィア、本当に大丈夫なのね?」


 母マリーが私の頭を優しく撫でながら問う。オリヴィアによく似た、とても綺麗な顔立ちの女性だ。白に近い金色の髪。心配そうに揺れるブルーの瞳がとても美しい。


「お母様、私も何が何だか分からないけれど、体調はとても良いみたいです。看病してくれたみんなのおかげですね」


 記憶の中のオリヴィアならきっとこう言うだろうと思い、にっこりと微笑み答える。落ち着き始めていた室内が、また一段とすすり泣きで騒がしくなった気はするけれど、不治の病から生還したのだからそれもしょうがない。


「まだ混乱しているだろうから今日はゆっくりおやすみ。元気になったらまたみんなでご飯を食べて、一緒に散歩もしよう」


 ぽんぽん、と私の頭に手を乗せたのは父のウィリアム。母に負けない美貌の持ち主で、髪はオリヴィアよりも濃いピンク色。瞳はルビーのように濃い赤色だ。


 両親とも、記憶の中の姿よりもやつれているようで、いかにオリヴィアを心配していたのかが窺えた。



◆◆◆



「ふぅ……解放されたぁ………」


 あの後、父の号令でみんながやっとそれぞれの持ち場に戻り、この広い部屋には再び私一人になった。


 頭はもうすっきりしており、オリヴィアの記憶も自分のものとして完全に定着した。小さい頃の思い出も、両親のことも、使用人のことも、この世界のことだってオリヴィアが知る範囲の事なら全て私の中に入っている。


 ただ中身は転生前の自分のままというか、人格はたぶん転生前の私で、オリヴィアの記憶を共有しているような状態だと思う。


「それにしても……」


 異世界転生とは非現実的だ。物語の世界ではよく見るし、なんならそういった類の作品はすごく好きだった。でも、自分が実際に体験するなんて思ってもいなかった。何がきっかけになったんだろう。

 もしかすると、私自身もお祖母ちゃんから受け継いだあの家で一人寂しく……


「あー! やめよう、やめよう! 考えても分からないし悲しくなるし。まず現状を受け止めて、これからどう生きていくか考える方が大切よね!」


 うんうんと一人頷き納得したところで、私は室内の異変を察知した。

 他にもう誰もいるはずがないこの室内で、微かに話し声が聞こえているのだ。


『……ら、なん……………よ!』


 壁一枚を隔てたようなこもった声なのに、部屋の外から聞こえてくる風ではない。なぜか、身体に響いてくるのだ。


 神経を集中させて音の出所を探ってみると、その声はなぜか私の首元から響いているようだった。

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